高2になって初幼馴染ができました。

「西君って千歳千李と付き合ってんの?」


 男子トイレで女子生徒に聞かれたその質問。


 目の前に立つその女子生徒。顔や名前は分からない。だが、『紗楽』と呼ばれていたこと、クラスメイトであるということだけ、俺は知っている。いや、もう一つ、知ってることがある。

 この女子生徒、超巨乳じゃねえか!


 なんだこの生ける伝説的巨乳は。体そのものがリア充ではないか。まあ、超絶美少女なくせにクズぼっちの人間を知ってはいるが……。でも、強気な態度から分かるように、陽キャラな女の子って感じだ。


 それにしても妙だ。


 何故だ。何故、そんな質問をする?

 そして、その寂しそうな目。もしかして、いや、もしかしなくてもこれはというやつなのではないだろうか。


 今まで散々、自分でぼっちぼっちと思い込んできたが、ここにきて全校生徒の共通認識が覆されるのか。

 なんか、心なしかこの女の子がめちゃめちゃ可愛くみえる。


 そんな女の子に、俺はサイコーにイカす言葉を放つ。


「お前には、か、関係ねえだろ」


 決まったー!! 斜め四五度のこの顔の角度。ついでに照れ隠しの、人差し指の裏側で鼻の下を擦る。


「かっ、関係ないって何よ!? お、教えなさいよっ!」


 うん。誰だか分からんがなんてチョロインなんだ、惚れてまうやろー!


「もぅ! はぐらかさないでよっ!」


 か、かわええ!!


 マジで誰だか知らんし、アンモニア臭いけど、超絶かわいいサラちん!


 なんだこのリア充的状況は。

 男子トイレとはいえ密室で女子と二人っきり。しかも、巨乳。

 千歳なんかと絡まなくても、ちゃんとリア充なれんじゃん、俺。こうなりゃあんなクズとは縁を切るしかないな。※このクズはものの十分前に、千歳との時間と大切に思ってたと言った人間と同一人物です。


「で? 西君は千歳千李と付き合ってんの?」


「はっ? え? つ、付き合って……ますけど?」


 ごめんなさい! 嫉妬されたいんですボク!


「────!?」


 すると、サラたんは声にならない声を発して、絶望に顔を歪める。


 そ、そんなっ!? そんなに絶望してくれるなんてっ!? ごごごびぃいぃいいー! リア充に嫉妬されるとか、たまんねぇぜっ!


「そんな……ど、どうして……?」


 サラちょんは今にも泣き出しそうに、声を震わせて言う。


 俺はしたり顔で答える。


「アイツを、ぼっちひとりにさせたくねえんだ。だけど──」


 俺は息を吸う。ここからが勝負だ。

 俺はサラやんに、一歩近づく。そして、サラりんの顎に手を差し出して、クイっと、上げる。大きな黒い目と、目が合う。それにしても黒いな。あっ、これ、鼻の穴だ。

 が、そんなことはどうでもいい。構うことなく俺は続ける。


「お前さえ良ければ、俺の女にしてやっても……いいぜ?」


 決まったぁぁああ!! ドSキャラ!!


「いや、結構です」


「そうかそうか。何なら、俺がレクチャーしてあげても、いいんだぜ?」


「いや、結構です」


「安心しろよ。いくら俺でも千歳ほど変態じゃねえから。まあ、サラたんがどぅぉうしてもお外でしたいっていうんなら、外でしてやってもいいよ! まっ、出すのは中だけどね!」


「いや、結構です」


「えなんで?」


「なんでって、なんで私が西君の女にならなきゃいけないの? それに私が千歳千李の次って時点で有り得ないわ。あと、サラたんとか呼ばないでください。あと、なんで西君にレクチャーされなきゃいけないんですか? 明らかに経験無いですよね? あと何ですかその下品な下ネタ? 気持ち悪いっていうか引きました。あと」


「止まんねえな!?」


 サラ……紗楽さんは、ふぅーと、一息吐いて、


「で、なんで千歳千李と付き合ったの?」


「あー……いや……」


 つうか、なんでこの紗楽とかいう女子は、そんなにそこにこだわるんだ。別に俺と付き合いたいわけでもないのに。


「もしかして、千歳千李のこと、嫌い……?」


 すると、紗楽さんは物凄い剣幕な顔で怒鳴る。


「もしかしなくても嫌いよ! あんな性悪クソビッチ!」


 あー、なんか、なんか分かってきたぞ。

 この人、千歳にムカついてるだけの人間で、千歳に彼氏ができたから怒ってるだけだ。この人にとって、俺はどうでもいい存在、取るに足らん道端のぼっちと同じってことだ。


 他の人なら別にどうでもいいけど、紗楽さんはトイレから救い出してくれた恩人だ。謝るべきだ。


「えっと、あの、紗楽さん、すみません。嘘ついてました」


 俺は頭を深々と下げる。


「俺、千歳千李と付き合ってません。見栄張りました」


「えっ……」


 彼女はすごく戸惑っている。


「じゃあ、つまり、西君と千歳千李は付き合ってないってこと?」


「はい。そうです」


 終わった。なんか、疲れたな。真っ白な布団に飛び込みたい気分。


 また俺は、普段と変わらない、ぼっちへと戻る。

 でも、楽しかったな。リア充と少しでも絡めて。リア充に嫉妬されて。本当に、楽しかった。


 これは、神様がくれた、俺への誕生日プレゼントなんだろう。まあ、誕生日あと四ヶ月後なんですけど。


「本当に、ごめんなさいでした」


 俺はもう一度、深々と頭を下げた。


「なんだぁ……よかった……」


 ええ。心配せずとも、千歳千李に彼氏はできませんよ。多分、永遠に。


「西君があんなクズに取られたと思ったわぁ……」


 ええ。西君はあんなクズには取られませ……えっ?


「…………いや、えっ、西君が……なんて?」


 すると、紗楽さんはみるみると、顔が赤くなっていく。


「と、とと、当然でしょ!? 私が西君の心配するのは!」


「とととと当然ではありませんがっ! そ、そそそれはどういう意味なのでしょうか!?」


「ちがっ……それは、その……」


 もじもじと、制服の裾をイジイジして、紗楽さんは言う。


「──幼馴染だから」


 ……は? はっ? はぁ!?


「私と西君は幼馴染じゃない」


「いや、違いますけど!?」


 すると、紗楽さんは驚いた顔をして、剣幕に迫ってきた。


「いやいやいや! 忘れちゃったの!? 西君! 小さい頃、よく遊んだじゃないっ!」


 知らないんですが、こんな陽キャラ。

 そもそも、小さい頃から友達のいない俺に、幼馴染なるものが存在するはずもない。


「本当に覚えてないなんて……」


「いや。根拠がないよ。信じろって方が難しくない?」


「私だって、高校で偶然再会して、声をかけたかったわよ……! でも、西君嫌われてるんだもん。話しかけづらいよ!」


「嫌われてねーよ!! ぼっちなだけだよ!!」


 なんなんだ、この自称幼馴染は。


「それに、あの大っ嫌いな千歳千李と仲良くなっちゃって、……私、どうすればいいか、分からなくて……そしたら男子トイレで誰か困ってて、それで、もしかしたらって思って……そしたら西君で……。西君困ってて、それで、居ても立っても居られなくて……本当は男子トイレとか……マジ無理……、うっ……おぇっおぇぇぇおぇぇえええ……」


 うわ、ゲロ吐いた。

 トイレなんだから便器に吐けよ!


 床にボトボトと、黄土色の液体のような……おえっ……、くっさっ、ゲロくっさ!


「でも……やっと、やっと西君に、幼馴染だってこと、言えた」


 ゲロ吐かれながら言われても……。


「とりあえず、男子トイレ出よ」


 俺は紗楽さんの肩を抱いて、男子トイレを出て、保健室に連れて行った。


 ☆☆☆


 放課後。


「ちょっと。さっきの授業、どこ行ってたのよ?」


 出た。クズぼっち。


「いや、千歳、これには訳があってだな」


「まあどうでもいいけど」


 なら聞くなよ。


「そういえば、トイレに行くって言ってたわね。ちょうど時を同じくして、トイレに謎のゲロが落ちてたらしいわよ」


「……いや……」


「やっぱり! 掘られる痛さに耐えきれず、戻したのね?」


 何がやっぱりなのか知らんし、なんでそんなに嬉しそうなの貴女。


「お前と話してると、八割方ゲイの話になるなって思って、ちょっとここで豆知識。ゲイってのは男が好きな男のことじゃなくて、同性愛者って意味なんだ。だから、『ゲイ女』っていう単語もなくはない」


「知ってる。何もかも、ね」


 と、千歳は不敵な笑みを浮かべるのだった。

 えっ。

 あっ、なに、こわ。

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