トイレの個室から救い出してくれた謎の少女
「2組の千歳千李っていんじゃん?」
一面真っ白い壁に囲まれた密室。そこには自分一人しか存在しない、しえない。だから、心が楽だった。しかし、声が聞こえてくる。壁一枚の向こう側から。
一瞬で心臓の鼓動が早まる。だって話題の中心にいるのは、俺、西八尋の唯、ただ一人の知り合いだったからだ。
千歳千李。トップアイドル並みのルックスで一部の男子生徒からは人気が高いが、いかんせん性格が控えめに言ってクズなので、大多数の人間から嫌われてる、まあ、ぼっちだ。
かくいう俺も、ぼっちなのだが……。
壁に耳を当て、聞き耳を立てる。
ジョロジョロジョロ。
「……うっ……」
テンションだだ下がり。
あっ、一応、ここ、男子トイレの個室ね。
「千歳千李?」
ションベンをする男子生徒の会話が再開される。
「ああ、俺、アイツ嫌い」
ぷ。開口一番ディスられてやんの。
「まあ、性格はゴミだが、顔はマジで可愛いから、俺は許容範囲だな。千歳みたいな女を性奴隷にしてえ」
ゲスか!?
「百歩譲ってセフレな。で? その千歳千李がどうしたって?」
「ああ、そう。最近、男と一緒にいるじゃん」
なんだと!?
「ああ、最近一人でいないよな。ぼっちのくせに」
それって、もしかしなくても……俺のことではないのだろうか!?
「付き合ってるらしいぜ」
誰だよ!!
待て待て。それじゃアイツは俺に偽リア充になろうだの言っておきながら、自分は一人で本物のリア充になったってことか? ふざけんなあのクソアマ! 俺がお前と関わることで何を犠牲にしたか知ってんのか!? ぼっちの有り余る貴重な時間を無駄にしやがってクソッ!
……いや、違う。違うだろ。
俺と千歳は今や同志なんじゃないのか。千歳が脱ぼっちをしたなら、祝福をしてやるべきなんじゃないのだろうか。
俺は、何に怒ってんだ。
「…………」
怒ってるんじゃない。
では、俺のこの胸にある感情は、一体何だろう。
「あ」
今、分かった。怒りよりももっと簡単な感情だ。
──悲しみだ。
千歳においていかれて、悲しんでる俺がいる。
きな臭いじゃないか。なんで、教えてくれなかったんだろうか。恥ずかしかったのか、それとも、そこまでの仲じゃなかったからか。
どちらにしても、教えてくれなかった結果がある時点で、悲しんでる俺がいる。
もう、千歳と関わるのはやめようか。リア充になった彼女に、いつまでもぼっちである俺が関わってると、彼女にとって嫌なことが起きるかもしれない。いや、きっとそうだ。経験上、分かる。
あれ、俺って、こんなにも、千歳との時間を大切にしてたんだな。
なんか、泣けてくる……。
「付き合ってるって言っても、ぼっち同士の傷の舐め合いだろ?」
──がたん。
相手もぼっちだった!?
しかし、俺以外にこの学校にぼっちがいたとは。
「西八尋って、俺、ゲイかと思ってた」
──がたん。
お、俺ぇぇぇえええ!? いや、待て。ゲイってなんじゃーい!?
「なんか、さっきからうんこ便所の所が騒がしいんだが……」
やべっ。
俺は慌てて口を塞ぐ。
「ん? 誰かいんのか?」
やばい。どうする?
俺は便器に座って、肩身をブルブルと震わせて、時が過ぎるのを待つ。もうそれしかできない。
「おーい。誰が入ってんだー?」
「返事くらいしろや!」
ドン!
扉が思いっきり蹴られた。
クソ、リア充のそういうところが大嫌いだ。徒党を組んだら途端に強気になる、一人じゃ何もできない弱い人間だ。少しはぼっちを見習えよ。
「ははは。お前、蹴るのはやり過ぎだって」
仕方ない、飽きるまで待つしかない。
「なんか、誰が入ってたか気になるなぁ」
「次の授業ってなんだっけ?」
「生物」
「おっ、なら、ワンチャンサボって待ってみるか。うんこ君のこと」
死ね! マジで死ね!
「──ねぇ! 和也いるー?」
突然、女の子の声がした。
もう一度言うが、ここは一応男子トイレである。
扉の向こう側で、慌てふためく男子生徒達。当然か。何度も言うが、ここは男子トイレなのだから。
「和也。生物の和田先生が呼んでたわよ?」
「お、お前、紗楽ここ男子トイレだぞ!?」
「知ってるわよ。男なのにそういうの気にするの?」
「するわ!」
「ちっさ。いや、そんなことはどうでもよくてさ。和田先生が呼んでたわよ。さ、行こ」
「分かったよ」
なんか、よく分からんが、俺は事なきを得たようだ。
紗楽とやら、マジで助かったよ。顔分かんないけど、感謝します。次が生物な時点で多分クラスメイトの女子だろうけど。
「ふぅ……」
俺は満を持して扉を開ける。
目の前には、茶髪で巨乳の見知らぬ女の子が立っていた。
「──ふぁっ!?」
俺の男子トイレで女子と遭遇した第一の感想は、『嵌められた!?』だ。
今までやりとりは俺を炙り出すための猿芝居。女子もグルで、俺の正体を暴こうとしようとしていたのだろう。くそ、リア充め。爆発してグチャグチャの肉塊になればいいのに。
しかし、周りに男子の姿はない。
「……あ、えっ……」
それにしても、こう言ってはなんだが、かなり図体のデカい女だ。身長は俺と同じか、それ以上はある。そして、なんと言っても胸だ。人間の頭部でも入ってんのかってくらい、デカい。あっ、メロンの方がよかったすか?
胸をマジマジと見てると、女の子はあからさまに不快そうな顔をする。『うわ、こいつ胸凝視してる、キモッ!』って思ってるよ。絶対。
「聞きたいんだけど」
突然、喋り出した。
「ふあっ! ふぇっ!? え、何がですか!?」
そして、俺は声を聞いて、ある事に気がついた。
この声、さっき俺を窮地の底(便所)から救い出してくれた紗楽様ではないだろうか。
ええ、何でも、どんな質問でも答えますとも。
「西君って千歳千李と付き合ってんの?」
「……は?」
その声は、どこか悲しげで。
その目は、どこか寂しげで。
その表情は、どこか懐かしさを感じた。
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