偽リア充君の青春ラブコメが痛すぎる件!!

坂本 森太

一章

re:ぼっちから始めるリア充生活

 人間には二種類の人間がいる。『ドクペを飲める人間』と『ドクペを飲めない人間』。


 同じように、ぼっちにも二種類のぼっちがいる。


『ごくごく普通の、極めて普通のぼっち』と『突出した才能を持つ、通常の人間とは思考回路が違う天才型ぼっち』。


 おそらく、ぼっちのほとんどが前者を占めるだろう。時々、厨二病全開の痛いぼっちもいるけど。


 無論、俺もその一人だ。


 何の取り柄もないぼっち。何の取り柄もないからぼっちなのだろう。


 でも、実際友達なんていらないし。いたところで面倒くさいだけだ。……嘘だ。ホントは友達は欲しい……。いや、欲しいのは明るくて面白くて趣味が合って鬱陶しくなくて面倒くさくなくてあまり干渉してこなくて休日出勤ナシの便利な友達だ。

 分かってる、そんな人間など、いないこと。

 だから諦めた。


 が、なんなのだ、この状況は。


 友達など、人と関わることをやめた俺の席の目の前に、見ず知らずのが立っているではないか。しかも、ドクペを持っている。コイツ、飲める人間かっ。


西にし 八尋やひろ


 美少女は唐突に、俺の名前を呼ぶ。

 一年半、この学校に通っていたが、教室内で俺に話しかける人間など、先生とイキりDQNの山下君ぐらいしかいなかった。


「ちょっと! 聞いてる!?」


 なんか、怒られた。


「あっ、えっ……はい。聞いてます……」


 すると、教室内がざわついていることに気がついた。


「ぼっちが……」「ぼっちは……」「ぼっちだろ」「ぼっちだから」


 ぼっちぼっちうるせえよ。ぼっちうつすぞ。


 すると、美少女は手に持っていたドクペで、俺の机を思いっきり叩いた。


 バコン! と、大きな音が鳴り、教室が静まり返る。


「……ちっ、……うるせえクズ共。……殺すぞ」


 …………。

 え、今、この美少女が言ったの? 気のせいかな……?


 呆気に取られいると、美少女の大きな丸みがある目がこちらに向いた。そして、ニコッと笑う。


「…………」


 ドキッとした。

 なんて可愛いんだ……。控えめに言って、アイドルグループのセンターレベルに可愛い。いや、その肌の透明感や、顔の小ささ、笑顔の素敵さ、女優と名乗っても軽く信じてしまうくらい、可愛い。


「あのさ、黙らないでくれる?」


「あっ、ごめん」


「まあ、私の美しさに、言葉を失う気持ちも分からなくはないけど」


 ……ん?


「で、何かな? その、あんまり注目されるの得意じゃないから。手短にしてもらえる?」


「ええ。要件は一つよ。お前ってぼっちなんでしょ?」


 すると、クラス内がクスクスと笑い出す。


 死ね!


 いや、死ね!


 なんなんだコイツ。だからリア充は嫌いだ。自分より弱い立場の人間を、人権を無視するかのように蔑むことでしか笑えないクズだ。


「別に」


 俺は横を向いた。


「えっ、あれっ……? えっ……ぼっちじゃ……ない?」


「ぼっちですがっ!? それがどうかしましたかっ!?」


 つい、大きな声を出してしまう。クラス中の視線が、ホントに、小五の時の手首の骨折より痛い……。


 しかし、その言葉を聞いて一人だけ、美少女だけが、優しく天使のように微笑む。


「実は私も──ぼっちなの」


 俺は、その美少女の言葉が、理解できなかった。『ぼっち』という言葉がゲシュタルト崩壊しているような、頭の中で何度その言葉をリピートしようと、まるでその言葉の意味が頭に入ってこない。


「…………あっ、えっ……と」


 あっ。まさか、俺をからかってるんじゃないだろうな? いや、何故だかこの美少女が嘘を言ってるようには思えない。


「それで、ぼっちなお前に話があるのよ」


 美少女は言う。


「一緒に、リア充にならない?」


 風が吹いた。

 心が踊った。


 一筋の涙が溢れた。


 それは、その言葉は、リアルぼっちの俺にとって、生まれて初めての、だったからだ。


「その、俺の……どこがいいの? 君の言った通り、俺はぼっちだ」


「むしろ、ぼっちだからよ」


 こんなに、清々しいことはあるだろうか。初めて、ぼっちであることを肯定されたような気がした。


 美少女の顔を見る。やっぱり、凄く可愛い。


「よし。いいよ。ぼっちの俺でよければ」


「よしゃあっ!」


 美少女はガッツポーズ。


 まじか。それは照れる。しかし、友達すらろくに作れな……作ろうとしなかった俺に、こんな可愛い彼女ができるなんて。お父さん、お母さん、心配かけてごめんよ。俺、立派な大人になるよ。この子の為に。


「じゃあ早速、どうやったら友達ができるのか考えましょう」


「いやいらないだろ。それよりさ、放課後はマックでハンバーガー食べる? それともモスでハンバーガー食べる?」


「は?」


 とても、微妙な顔をされる。


「あっ、ロッテリアの方が好きだった?」


「どんだけハンバーガー食いたいのよ! 何でお前とマックやらモスやら行かなきゃいけないのよ。死んでもイヤ!」


「イヤってなに!?」


「それより、どうして私とチームを組んだのに、友達いらないとか言うわけ!?」


 友達思いだな。案ずるな、俺は美少女ちゃんのことを最優先できる男だよ。


「なにニヤけてんの、気持ち悪い」


「いやぁ……でへへ」


「キモ!」


「君さっきからキモいだのイヤだの何だよ!?」


「やっぱりチーム解散しようかしら」


「あと、さっきからチームって何さ? バディ的な? 仲村トオル的な?」


「ちょっと何言ってんのか分かんない」


 なに!? 海猿観てねーのかっ!?


「それじゃ、西君は友達いらないってこと?」


「彼女がいればね」


「じゃあ友達が必要ね」


「何故そうなる!?」


「だって彼女いないじゃない」


「彼女はいるだろ!」


 てか、お前だろ!


「あぁ、二次元ね」


「そうそう愛花タンがカワイイんですよぉ〜って違うわ!」


「ノリツッコミが気持ち悪いわね」


「…………」


 コホンッ、と美少女は咳払いをした。


「話分かってる? 私と西君で脱ぼっちを目指して頑張ろうってチームを作るって話じゃない」


 ハァァァアアア!?


 初めて聞きましたが!? え、じゃあ、あの告白は? 『一緒にリア充になろう』ってのは? 言葉のまんまの意味かよぉっ!!


 ダサい、ダサすぎる……。


「あれ? もしかして、本当に分かってなかった?」


「いや! まったくもって俺の認識通りだった。俺と君は意思疎通が以心伝心してるようだ」


 それっぽい四文字熟語並べて適当に誤魔化した。


「まあ、つまり、ちゃんと理解してるってことね」


「ああ!」


 少しでも舞い上がった数分前の俺を殺したい。


「で、君はその脱ぼっちチームで何がしたいの?」


「あのさぁ? さっきから君君うるさいのよ。クラスメイトなんだから名前を呼べ、お前も」


 お前はお前かよ!


「……あー、いや……」


 俺、この美少女の名前知らないんだけど。だって仕方ないじゃん。友達作りたすぎて男子のことしか考えてなかったんだから。知らないよ、女子の名前なんて!


「うーん……」


「もしかして、名前分かんないの!? クラス替えして二ヶ月経ってんのに!?」


「いや違うし」


「じゃ私の名前呼んでよ」


「……いやぁ……ちょっと俺、記憶が……曖昧で……うん、フルネームは分かんない」


「別にフルネームじゃなくていいわよ」


「まあ、田中じゃないことだけは分かるから、もうこの話はやめようや」


「どんな理屈だ! 信じられない! クラスメイトの名前すら分からないなんて! 本当に友達作る気ある!?」


 別に。


千歳ちとせ 千李せんりよ。名前知らなかったなんて今まで大変だったでしょう? 二人称がいちいち『美少女』だと」


「別に」


 つーか、よくコイツは恥ずかしげもなく自分のことを『可愛い』だの『美少女』だの言えるな。


「すまん。男子の名前しか覚えてなかった」


「なるほど。ゲイなのね」


「違う! 友達を作るためだ!」


 疲れる……。

 俺は一息整える。


「千歳さんは」


 と、千歳は人差し指を立てて俺の話を止める。


「千歳でいいわ」


 なるほど。呼び捨てで呼べと。ハードル高いな。


「ち、千歳は脱ぼっちチームで何がしたいの?」


 名前の部分、声が裏返った。だが、千歳はスルーして話を続ける。だから、俺も気にしないようにできた。


「そりゃもちろん、友達を作るのよ」


「聞き方が悪かった。どうやって友達を作るの?」


「そうね。まあ、端的に言えば研究と実験の繰り返しかな」


「それは自分を研究するということ?」


「そうね。あと、リア充も。リア充になりたいのにリア充のリの字も知らなかったら意味がないでしょ?」


「なるほど」


「まあ、私なりにお前のことを研究してみて、どうして友達ができないか分かったわ」


「ほう。言ってみろ」


「でも、タダじゃ教えられないわね」


 なんなんだコイツ!? チームじゃねえのか!?


「どうやったら、教えてくれる?」


「一ヶ月、このチームをやめちゃだめ」


 クソ嫌だ。


「……いや、自分で探すよ。それに、友達も自分で探した方がいいと思うぞ?」


「綺麗事ね。この学校に『ぼっち』という肩書きを背負ったお前の友達になろうと思う物好きはいないわ」


 ピクッと、頬が揺れる。


「言い切れないだろ」


「言い切れるわね」


「じゃあ何だ、言ってみろよ」


「やめなきゃね」


 く……。まあ、一ヶ月くらいなら、いいか。どうせ、俺の青春の1ページは白紙だし……。


「分かった。条件を呑もう」


「まいど。約束よ」


「分かってる」


 千歳は頷いた。そして、口を開く。


「──メリットがないからよ」


 ……は?


「いや、人と交流を持つのにメリットは必要ないだろ。何故なら友達になれることがすでにメリットであるから」


「それはお前の主観であり持論でしょ?」


「いや、そもそも友達作りにメリットなんているのか?」


「だからお前はいつまでたってもぼっちから脱却できないの。友達作りとはメリットデメリットの延長線上にあるの。あの子と友達になればどんなメリットがあるのか、デメリットになることはないか。メリットがあるなら必要以上に絡むし、メリットがなくなったり、デメリットが生じた場合は即、えんがちょね。残念だけど、それが現実なのよ。ぼっち君。……あっ、間違えた。西君」


 ……ナチュラルに名前を間違えられたが、今はそんなことどうでもいい。


 確かに、そうなのかもしれない。


 今まで俺は自分には何の取り柄もないから友達が出来ず、ぼっちなのだと思っていた。……いや、待て待て、それだとまるで俺と関わることがデメリットみたいじゃないか!


「その理論だと俺に友達ができないのはおかしい!」


 確かに俺はぼっちで、根暗で、部活動も委員会も無所属で、バイトもしてなくて、特にこれといった趣味も、熱中するものもなくて、メリットは何もないのかもしれない。けど、ぼっちだからと蔑まれるほどのデメリットは────。


「むしろデメリットの塊よ」


「いやそこまで落ちぶれてねーわ!」


「えっなんで!? ぼっちなのよ? そんな奴と関わってみなさいよ。自分だってぼっちだと思われるじゃない。あっ、いや、って! クラスの女子が言ってたわよ!」


 グサッ! なんか、心が、心が痛い……。

 なんて心を抉るフォローなんだ。


「じゃあなんで、千歳はそんなぼっちと関わろうとするんだよ?」


「話聞いてなかったの? 私も『ぼっち』だからよ」


 つまり、もうぼっちだから、今更どう思われようが、関係ないということか。


「じゃあ、千歳と友達になれば、どんなメリットがあるわけ?」


「別に友達なんて言ってない。チームに入ってる、言わば仲間みたいなものよ。だからメリットデメリットは関係ないわ」


「都合良いな」


 そんな俺の呟きに、千歳は面倒くさそうな顔をする。


「ったく、しょうがないわね。じゃあメリットを言うけど、私と仲良くなれる!」


 と、千歳はドヤ顔で言う。


「それさっき俺が言ったやつ! 完全に矛盾しまくりだし、言ってること無茶苦茶じゃねえか!」


「あら、どうして? 私のような美少女と、仲良くなれるのに?」


「確かにお前は美少女だが、ぼっちだぞ」


「ぼっちだが、美少女よ? 『ぼっち』なだけの西君よりは、メリットがあるんじゃないかしら?」


「このっ……!」


 言い返せない。

 俺は唇を噛み締める。


 友達になるメリットに『人脈』というのがある。

 この人と友達になれば、あの人と関わることができる。特に異性の人間が友達になる時、この戦法を取ることが多い。


 例えば、この、千歳 千李と仲良くなりたい男子がいるとしよう。その男子は千歳と関わるために誰と仲良くするか。それはぼっちの千歳の唯一の友人である『俺』と、仲良くしようとするはずだ。


 反論しようがない、完璧な方便。


「……まあ、分かった。でも」


「まだ何か不満?」


 と、千歳は不満そうな顔をする。


「いや、どうしても、何故俺なのか、そこだけがどうしても引っかかる。単にぼっちってだけなら、このクラスにだってあんまり馴染めてない人だっていることにはいるじゃないか」


 と、俺が指差したのは、いつも教室の隅っこ一人ゲームに打ち込む、真面目でひたむきな眼鏡の彼。彼に親近感を覚える俺の、友達候補第一位だ。


「は? キモオタじゃない。休日にエロゲでブヒブヒシコシコしてると思うと……おぇっ……。それに、ジミーズ結成してオタサーの姫になるとか……オタクの肉便器だけは絶対にイヤ!」


「はっ!?」


 テメェ……! 俺の友達候補を馬鹿にしやがって! 女じゃなかったら殺してたわー。


「なら、女子の友達とか作ればいいだろ」


「だって。女子って怖いんだもん。平気で人の悪口言うのよ? 軽い人間不信に陥るわよ」


「お前が言うな」


「それに、ぼっちが友達できない理由、西君なら分かるでしょ」


 …………確かに。


 ぼっちは悪循環に陥る。ぼっちという印象だけで人から敬遠されたり、白い目で見られたり、友達を作ることの障害になる。

 ぼっちは一生ぼっち。抜け出すにはそれ相応の覚悟と、勇気と、きっかけがなければ、そう簡単には脱ぼっちはできない。

 かつての俺もそうだった。友達を作ろうと励むものの、ぼっちという肩書きのおかげで、あんまり快く対応してもらえなかった。


 千歳 千李だって困っている。性格はゴミだが、コイツも俺と同じで『ぼっち』。この日本社会に馴染めず困っている、俺と境遇は全く同じだ。

 そう思うと、何故だか放っておけなくなってしまった。


 脱ぼっちを目指す千歳と手を組んで、俺はぼっちを脱却してリア充になることができるのだろうか。


 分からない。


 分からないが、今のこの偽リア充という境遇を、利用しない手はないと思った。


「分かった。これから俺と千歳はチームだ」


 千歳はニコッと笑う。

 そして、手を差し出した。


 俺は、その手を握る。


「よろしくね。これから私達は脱ぼっちを目指す偽リア充よ。西君」


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