二章

ラブコメの神様が降りてきた!

 それは突然やってきた。


 休日、自分の部屋、カーテンを閉じ、陽の光が射さない真っ暗な部屋で、電気も点けず、ただひたすら平積みされたラノベを読む。


 真っ暗で文字も読めないが、なんかこう、夜行性の暗視能力ってカッコよくない?

 読めないけど。


 とか考えてると、ベッドの上に置いておいたケータイが鳴る。


「あ、電話だ。……えっ?」


 自分で言ってすごい驚いた。

 だって、家族以外の誰かから電話が掛かってくるとか、人生初ですし。


 相手はもちろん『千歳 千李』だ。


 と。すぐに電話は切れた。


 えっ、何の用だったんだろう。嫌な予感しかしないし、正直、休日くらいアイツと関わらないで過ごしたい。


 ブブ、とメッセージが表示される。


『千歳:出ろ』


 うざ。と、思ったのもつかの間。次々とメッセージが送られてきた。


『千歳:早く出ろ』

『千歳:電話に出ろ』

『千歳:マジで。早く』

『千歳:死ねぼっち』


 何だこいつ!? 関わりたくねぇ……。


 でも、電話しないとマジでしばかれそうなので、俺は仕方なく、千歳に折り返しの電話を掛けることにした。


『おい、マジでいい加減にしろ。私の貴重な時間を無駄にすんな』


 何から何までこっちのセリフだわ。


「えっと、あの、何の用ですか?」


『そうそう。その話しがしたかったのよ。西君、昆虫って興味あるかしら?』


「昆虫?」


『そうそう。昆虫好き?』


「まあ、小学生の時にオヤジと山に捕まえに行ったことがあったっけ。懐かしいなぁ、そういえば俺──」


『お前の昔話なんて微塵も興味がないわ』


「うっ……」


『で、好きってことね?』


「まあ、好きか嫌いかで言うなら好きだな」


『なら、ウチに来てくれない?』


 ふぁっ!?



 ☆☆☆



 虫籠を持って、俺は千歳の家に向かった。

 しかし、ぼっちの俺が女子の家に行くなど、夢物語かなんかだろうか。リア充ってすげえ。まあ、偽ですけど。

 しかも、相手はあの千歳千李だ。超美少女級の最強女子高生。振った男は数知れず。……が、クズだ。振った男より敬遠してる男の方が多いのが事実で、押し出しコールドゲームなんて日常茶飯事である。


 メッセージで送られた住所に辿り着く。


 まあ、割と普通の二階建ての一軒家。いやさ、クズを育てた環境がどんなもんか一応気になってみたりしたけど。普通って。


「と、とりあえず、ぴ、ピンポン鳴らせばいいのかなっ……?」


 初訪問でキョドる俺。いや、女子の家以前に人の家にお邪魔するのが初めてだから。このインターホンを鳴らすだって、緊張する。

 どれくらいの強さで押せばいいのか、どれくらいの長さ押してればいいのか、さっぱり分かりません。


「あっえっ……お、押しますよー?」


 誰に確認してんの!?


 ──ガチャ。


 扉が開いた。


「あっ」


「ん?」


 見知らぬ女子が家から出てきた。清純派で、大和撫子な風貌の女子。どことなく千歳千李と似ているような……。一瞬で理解した。


「お、お姉さん……?」


 千歳よりも、少し大人びた感じがしたので、そう判断した。


「あっ、えっ、せんちゃんのお友達さんですか?」


「千ちゃん? 千歳千李のこと?」


「あはは。千歳千李だってっ!」


 少女は笑う。千歳が見せない純粋な笑顔で。


 いや、いやいやいや。千歳千李のことを千歳千李以外で呼ぶ人間なんて存在しませんよ?


「まあ、人見知りだもんね」


 人見知りってレベルじゃねえよ!


「ん……お姉ちゃん……?」


 すると、少女は頷いた。


「そうですよ。私、千ちゃんの姉じゃないですよっ?」


「えっ、じゃあ……」


「はいっ! 妹ですっ!」


 ええー。なんか、心なしか、めちゃめっちゃ可愛く見えるのは気のせいか。

 この子なら付き合ってもいい。どうせ千歳の妹だ。性格はクズ……良くてゴミ程度だろう。彼氏なんているはずもない。


 すると、俺のいやらしい視線に気づいたのか、妹さんは、


「あっ、私彼氏いるので」


「えっ誰? 彼の名前と住所教えてよ」


「やだなぁ〜、嘘なんかついてないですよ」


「君が嘘ついてたかどうかは関係ないよ。いいから。彼の名前と住所だけ教えて。あ、中学生以上なら教えなくていいよ。勝てないもん」


「喧嘩する気ですかっ!? 中学生以上って実質小学生じゃないと勝てないんですかっ!?」


「あはは。冗談だよ。さすがの俺でも小六には勝てない」


「しょぼい! 史上最強にしょぼいよ! この高校二年生!」


 しかし、千歳の血縁者とは思えない柔らかな物腰。凄まじいな。


「でも、珍しいですねぇ。千ちゃん、あんまり家に人呼ばないんで。しかも、男の人ですよ」


「あっ。別に俺は今、フリーだから。安心しなよ」


「普通に気持ちが悪いのでやめてくださーい」


「……ごめん」


 すると、妹さんが俺の手にある虫籠に視線を向けた。


「あ、千ちゃんに呼ばれたんですよね? 大変ですね。呑気にそんな虫籠まで用意して。さ、どうぞ、中に入ってください」


「あ、えっ」


 入れ替わるように、妹さんは家から出る。


「私、ちょっと避難するんで」


 避難??


「あ、はい」


「家、両親いないんで」


 しゅぽー!!!!


「変なことしないでくださいねっ!」


「了解致しました!」


 と言って、俺は扉の取手に手を掛け、


「あっちょっ!」


 ガチャン。と、俺は勢いよく扉を閉めた。


 室内はまあ、キチンと整頓されたごく普通の一般的な家。


 なんか、アレ、なんか、人の家の匂いだ。なんか、金木犀? の香りがする。


 上がっていいのか?


 と、玄関すぐの扉からひょっこり、見知った顔が出る。


「あっ、お邪魔します」


「早く上がれ」


「あっ、はい」


 俺は靴を脱いで、家に上がる。

 人生初です。女の子の家にお邪魔するの。


 リビングらしき部屋の、大きなテーブルに千歳は座っていた。

 青いパーカーに短パンという、普通の部屋着なのだが、白い綺麗な足が、俺をドギマギさせる。やっぱ、可愛い人はどんな服着たって可愛い。


「あの、昆虫」


「ああ。私の部屋にいる」


 なんとっ!? 人生初の女子の部屋ですか!? 一生無いと思ってたのに、すげぇ、リア充すげえ。


 千歳はリビングを出る。俺は千歳の後に続く。千歳が階段を上がる。短パンの隙間から、淡い桃色の布生地が見える。俺は慌てて視線を下に向けた。

 ……喉が、乾く。


 階段を上がると、L字型の廊下の一番奥の部屋に来る。

 扉の中央部には『senri』と書かれたプレートがある。


「開けるよ?」


 俺は息を呑んだ。


「ああ」


 俺が頷くと、千歳は扉を開ける。


「…………」


 酷く、殺風景な部屋だ。

 家具はベッドとクローゼット、そしてパソコンだけ。他に何かあるかって? 何もありません。なんだろう、こう、女の子の部屋ってぬいぐるみとか、電マとかあるものだと思ってたわ。いや、ラノベ知識なんでリアルがどうかは知らんけど。


「……うむ。まあ、いいや」


「何がいいんだ?」


「いや、こっちの話。で、昆虫は?」


「ああ。クローゼットの中」


 俺は千歳の部屋に入り、クローゼットを開ける。

 開けた瞬間、ブワッと良い匂いがした。服が何着か掛けられただけなのだが、凄い、良い匂いがしたのだ。多分俺はこの匂いを一生忘れないだろう。へへへ。


 クローゼットの下の方に、小さなタンスが設置されていた。


 俺はおもむろに手を伸ばす。


「あっちょっ! 勝手にっ!」


 開けると、綺麗に畳まれたその、あの、パンツやら、ブラやら……あの、勃ちました。


 すると、千歳に頭を叩かれた。


「昆虫!」


「あー昆虫ね。どこにい──」


 カサカサ。

 カサカサカサカサカサカサ。


 ……………………ん?


 んん??


「えっ、なんか、今、黒く光る何かが……」


 頭の中で、状況を整理しようとした瞬間、黒く光るGさんが床をサササと、移動するのが目に映る。


「えっ」


 Gさんはそのままクローゼットの外へ出……バタン。

 千歳が勢いよくクローゼットの扉を閉めた。一気に視界が暗くなる。くっ、こんな時に夜行性の暗視能力を保有しとけば……。とか考える暇なく、気配がする。目の高さくらいに、ke.ha.iが。


「ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!??????? アギャアアアアアアアアっ! どゅううだっ、出してくれぇぇえええ!! 千歳ぇぇえええ!!! どゅうばばぁぅぅあああああ!!!」


 俺は全力でクローゼットを蹴り破った。


 外に飛び出す。


 目の前には白い足。

 俺は勢いよく立ち上がり、今世紀最大級の大声で叫んだ。


「ゴ◯ブリじゃねえかッ!?」


「昆虫よ」


「ゴキ◯リを昆虫呼ばわりする人間はいないっ!」


「何とかして」


「できるか!」


 千歳は不満そうな顔をする。


 くそ、ふざけんな。


「分かったよ! 殺虫剤ある!?」


「あったらお前呼んでない」


 クズかっ!? あ、クズか。


「このままじゃ夜も寝れんのよ」


 確かに。ゴキ君と同じ部屋で寝るのは恐怖以外の何物でもない。実害がないのに幽霊かそれ以上の恐怖を与える、マジで人類の唯一の天敵だ。


「新聞紙で潰……」


「すな」


 はぁ!?


「ここフローリングじゃない。見て。カーペット。そんなところで潰さないで。手で捕まえて」


「ごめん千歳、俺、無理です。帰らせてください」


「いやいや」


 千歳は扉の前に立つ。ゴキ◯リを何とかするまで、部屋から出さない気だ。


「嫌だ! 素手で処理とかっ……死んだ方がマシだっ……!」


 すると、俺の足元に、サササと。


「うぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」


 俺はダッシュで、千歳に飛びついた。

 当然、俺の重さに耐えられるわけもなく、


「ちょっ……!?」


 ドン。と、千歳を床に押し倒してしまう。


「あっ……ごめ……はっ!」


 俺の右手が、千歳の柔らかな部分に当たっていた。

 でもなんか、やっぱり小さい。いや、平均が分からないけど……。試しに、揉んでみる。いや、バレないかなって……軽くね……、軽く。


「あっ……んっ……」


 優しく、バレないように揉んだつもりだったが、明らかに反応された。

 いつかの、青姦芝居の時より、よりリアルな素の反応を見せる。

 耳まで真っ赤にする千歳の、少し荒い吐息が、首元にかかってくすぐったい。

 千歳と目が合う。


「……あっえっ……と、その……すまん」


「いいからどけ変態!」


 と、突き飛ばされた。後ろに仰け反って、地面に手をついた瞬間、


 ──グチャ。


 と、地面についた左の手のひらに何かを潰したような感覚……いや、◯キブリを潰したような感覚。

 鳥肌が全身に伝染し、恐る恐る、手を離す。


 グチャ……、と、なんか、なんか……おぇっ……。


 俺が青ざめていると、


「何よ?」


 千歳が何も知らずに話しかけてきた。


「……あっ……い、いや……、えっ……ううん。何でもない。あの、千歳、多分、ゴキブ◯はもう大丈夫だよ。うん」


「はぁ!? どんだけゴキ◯リ嫌いなのよ? お前なんて捻り潰してやるからね」


 なんだその湯婆婆の子供が言いそうなセリフは。


「これを見ろクズ!!」


 俺は潰れたゴ◯ブリのへばりついた手のひらを千歳に思いっきり見せた。


「いぃぃぃやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 俺はささやかな反撃に成功した。


「帰れッ! 二度と来んな! 死ね!」


 俺は、無事、千歳の家から出ることに成功した。

 しかし、その後一週間は右手の感触と左手の感触に悩まされるのだった。それはもう地獄でした、はい。

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