ぼっちの喧嘩と、仲直りのしかたがエグい。

「許して欲しけりゃ一発殴らせろ」


 それが、彼女の回答だった。

 相変わらずえげつないこと。


「…………なんだそりゃ。こっちは真面目に謝ってんのに」


 俺はボソッと呟いた。俺の小言を、千歳は、彼女は聞き逃さなかった。


「こっちだって真面目だ。それともなんだ? お前は謝れば全て解決すると思ってんのか? そんなの加害者だから言えるんだよ、お前はアレだな。解ったように歩み寄ろうとするけど、全然本質を理解してない。だから、ぼっちなんじゃねえの?」


「う、うるせぇよ! クズに言われたくねえよ! お前はクズだからぼっちなんだよ!」


「チッ! だから好きでクズになったんじゃねえよ! やんのかテメェ!!」


「上等だちと……」


 ☆☆☆


 目覚めると、白い天井と、白いカーテン。


「はっ……!」


 俺は飛び起きる。ふかふかのベッドの上にいるようだ。


「ここはっ……?」


 記憶が……、俺は確か、教室で千歳に殴られた直後、千歳を追って教室を出て、廊下で謝って、口論になって、また……また、殴られて……。


「保健室よ」


 声がした。

 茶髪で、巨乳の、自称幼馴染が、カーテンの隙間から顔だけを出していた。


「さ、紗楽さん。俺は……?」


 起き上がる。頭がぼんやりする。鉛でも入ってるのかと思うくらい、頭が重い。

 でも、我慢する。


「大丈夫なの?」


「大丈夫。それより、俺はどうして保健室なんかに……?」


「廊下で倒れてたのよ。千歳千李と口論になって、西君てば千歳千李を追って廊下に行って、それで……。十中八九千歳千李にボコされたんだろうけど」


 ダサすぎる……。


 女の子に、しかも、自分と頭一つも違う華奢な女の子に、喧嘩で負けるとか……。


「い、今何時?」


「昼休みよ」


「そっか」


 あれから一時間くらいが経っている。


「西君。千歳千李と喧嘩したの?」


 紗楽さんは何故か嬉しそうに聞いてきた。そういえば、紗楽さん、俺の幼馴染であると同時に、千歳のこと嫌いなんだっけ。まあ、幼馴染ではないんだけど。


「喧嘩……って言うのかな。喧嘩したことないぼっちだったから、アレが喧嘩なのか、一方的にキレられただけなのか、分かんねえや」


 もしかしたら、もう千歳とは……。


 でも、仕方ないじゃないか。あれだけ好き勝手に言われたら、そりゃ反論したくもなる。それに、俺は謝った。にも関わらず、殴らせろって何だよ。


 俺は悪くない。俺は悪くねえぞ。


 ──バチン!


 目の前で、何かが破裂するような音がした。


 慌てて顔を上げると、手を叩く紗楽さんがいた。


「こらバカ八尋!」


「はっはいっ!?」


「いい加減にしてよ! どんだけ暗い顔してんのよ! ちょっと……妬けちゃうじゃん!」


 …………何を言ってるんだコイツは。何第二のヒロイン的ポジション気取ってんの? 嫌だ……! お前みたいなウザインが第二のヒロインなのも、千歳みたいなクズインがメインヒロインなのも、絶対に嫌だ!!


 まあでも、怒りよりも落ち込んでる俺がいる時点で、俺は千歳と仲直りしたいってことだろう。じゃなきゃ、あの時も謝ってない。


 ☆☆☆


 二回目のチャレンジ。


 教室に戻ると、千歳は自分席で一人、つまんなそうにぼんやりと外を眺めていた。


 まったく……。


「殴られてもいいぜ。けど、どれくらいの強さかによる」


 俺は千歳の席の隣に立って、そう言った。


「は?」


 ギロッと、鋭く尖った眼光がこちらに向く。

 こ、ここ、こわっ!

 でも、ここで怯んだら、謝れない。仲直りできない。


「そもそも俺は余計に一発殴られてんだ。それも気絶するくらいの強さでな。本当はそれも考慮してほしいが、俺は器がデカイ。もう一回殴らせてやる。だから、もう、ホント、許してください」


 土下座する勢いで頭を下げた。別に土下座はしてない。でも勢い大事! はい!


 が、千歳は無表情のまま。


 重たい口を開いた。


「もう、いいじゃん」


「は?」


「もう、やめよう」


 それきっり、彼女は喋ることはなかった。


 ただただ、俺は千歳の席の横に立ったまま、外を眺める彼女の横顔を、見続けた。


 やめるってなんだよ。俺と千歳の関係かよ。偽リア充のことかよ。一ヶ月はやめるなって言ったのお前じゃねえかよ。チキショウ。


 昼休憩が終わり、四限の授業が始まる。


 先生の話など、頭に入ってこない。俺はずっと、千歳を見続ける。

 真面目にノートを取るその姿は、まあ、可愛い以外の言葉では言い表せないと思った。


 でも、俺にとって、千歳が可愛いかどうかは関係がない。


 だって。


 だって……。


 それだけ、アイツと関わるという行為自体が、楽しかった。


 くそ、なんで、なんでだよ。なんで、俺はこんなに仲直りしてえんだよ。


「先生」


 突然、千歳が席を立つ。


「なんか、背後から視線を感じて、気分が悪いです」


「はっ……?」


 先生は一瞬だけ、戸惑いを見せるが、すぐに普段通りの表情に戻る。


「誰だー? 千歳のこと見てんのはー」


「いえ。気分が悪いので保健室に行ってきます」


「あ、お、おう、そうか」


 千歳はスタスタと、教室の後ろから、出ていった。

 その際、扉のすぐ近くの席である俺のすぐそばを通ったが、見事にガン無視だった。


「……ねぇ? アイツ自意識過剰じゃない?」


 女子のヒソヒソ話が聞こえてくる。


「……それな」


「……ちょっと可愛いからってムカつくよね」


「……あんなの可愛くもなんともないわよ。ホント、ぼっちとかウケるよねぇ」


 ………………………………。


 俺は無言で手を挙げた。


 先生の動きがパッと止まる。目が合う。


「せ、せんせ……せっ……ん」


 うわっ、なんか、噛んだ。


 クラスメイト全員がこっちを向いた。


 やばいやばいやばい。


 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。


「ど、どうした? ……えっと……」


 先生は教卓の上にある名簿を手に取る。


「えっと……西……で、合ってる?」


「あの、はい」


「……で、どうか、したか?」


「じ、じょ、女子が俺のことをヒソヒソと話してるんですが……あの、これはモテてるってことでしょうか?」


 …………。


 せ、先生、何か言ってください。


「ど、どうなんでしょう?」


「…………え、知らないけど。まあ、噂話されるくらい人気があるってことなんじゃない?」


「──ぷ、ぷくくくっ……あはっ、あははははは! ウっソでしょーっ?」


 なんか、紗楽さんにめっちゃ笑われた。それにつられるように、リア充達が笑い出す。


「別にお前みたいなぼっちのこと、誰も話してねぇよ」


 笑い声に混じるように、棘々しい言葉が聞こえてくる。


「おっ、お前らっ! さっきぼっちって言ってたじゃん! このクラスのぼっちと言えば、お、俺しかいないだろっ!?」


 笑い声に、俺の言葉はかき消されてるのかもしれない。でも、言った。言ってやった。


 笑いが止み、教室が静かになった。俺は再び、先生に視線を向ける。


「せ、せんせっ……い。あ、えっと、俺、誰とも付き合う気はないです」


「そ、そうか」


「ですから、彼女達の為に、授業は退出します」


「いや、どういう理屈だ」


「紗楽さん!」


 俺が名前を呼ぶと、紗楽さんが立ち上がる。


「どうしたの?」


「の、のの、えっ……のっ……ノートっ……あ、後で見せてください」


「なんで?」


 ええー。このシチュで断れるとか、クソダサすぎるんですがっ?


「嘘よ。任せなさい」


「あ、あり、ありがと……!」


「ええ」


 俺は走って、教室を出た。向かった先は、保健室、千歳の元へ。


「し、しつれ、失礼します……! 千歳千李いますかっ!?」


「いませんよー」


 と、眼鏡を掛けた女の保健医が答える。


 はっ!? どこに行ったんだアイツは!?


「なんちゃって」


「おいっ!」


 保健室の奥の方から、千歳の声がした。


 保健医は椅子に座ったまま、にっと笑う。


「千歳さんに男が来たらストーカーだから追い払ってくださいって言われてたのよ」


「ストーカー!?」


「ええ。でも、千歳さん、少し、いや、かなり自意識過剰じゃない」


「自意識過剰ですけど、俺以外の男は大半がストーカーですから。今度からは追い払ってください」


「あははっ。君、面白いね。さっきまでベッドで寝てた子でしょ? 君が寝てたベッドで寝てるわよ、千歳さん」


 ほ、ホンマですかっ!?

 もしかしなくても、千歳は俺の残り香をオカズに……!?


「ファブリーズしたからね!?」


 ベッドから顔を出す千歳。


「千歳っ!」


「あっ……うっ……」


 目が合い、逸らされた。


「仲直りし……」


「死ね! 死ねばいいと思う!」


 もう、やばい。激おこプンプン丸ムカ着火ファイヤーですよ、ええ。


「だからっ! 用を聞いてくれ!」


「全男子生徒の肉便器君が私に何の用かしら?」


「どんな認識だ!? ゲイってレベルじゃねえぞ!?」


「私、君ともう関わりたくない」


 怒ってるってレベルじゃねえ。絶縁寸前だ。

 でも、


「俺は関わっていたい」


。とにかく、千歳との縁をとこんなところで切りたくない。

 別に、友達ではないし、もしかしたらあと一ヶ月の付き合いなのかもしれない。性格もゴミで、クズで、ぼっちだ。でも、それでも、楽しかったのだ。

 もうちょっと、あとちょっと、約束を守っていたい。


 ──なんて、建前を言うのが、


 俺の心にあるのはただ一つ。


 ──超絶美少女のお前と、偽でいいからもっとリア充してたいっ! 俺のことを散々馬鹿にしてきたあのクソリア充共のあの羨ましそうに俺を見るあの眼を、もっと心に焼き付けておきたい! そして……。


「……す、ストーカーっ……!」


「もうストーカーでもいい!」


 そして──


「──俺をぼっちにしないでくれっ!」


 俺は千歳に飛びついた。


「ひぃっ」


 千歳はヒョイっと、ベッドから飛び降り、俺をかわす。


「俺はお前をぼっちにはしない!」


 ベッドから転げ落ちた千歳は、ベッドを掴んで立ち上がる。


「分かった……! もう、分かったからっ……!」


「いや、お前は分かってない。ぼっちの辛さを! だから簡単に縁を切るとか言えるんだ!」


「言ってないっ! もう分かったっ! 本当にっ!」


「じゃあ俺のことが好きだと言え!」


「はぁー!?」


「別に好きになってもらわなくて結構!!」


「はぁッ!?」


「俺の望みはただ一つ。仲直りの証にハグをしよう」


「嫌っ! つうか……! いい加減にっ……して、……よっ……」


 等々、千歳は倒れた。

 やったぁぁぁぁぁぁああああ!!!

 ついに、あのクズ王を地にねじ伏せたぞっ!


 どうよ、このクラスでディスられ、笑われたストレスと、千歳に散々罵倒されまくったストレスを、弱ってる千歳にぶつけてやったぞっ!


「はっはっははははは!」


 ゴツん。


「い、痛えぇぇぇえええっ!?」


 脳天に、思いっきりゲンコツが飛んできた。


 背後には保健医。


「何してんのッ!? 本当に気持ち悪いわよッ!?」


 ガーン。さほど仲良くない先生に、真顔でキモいと言われるショック!


 保健医は千歳の元へ駆け寄る。


「大丈夫っ!? 千歳さん!」


 お腹を抑えてうずくまる千歳。苦しそうな表情で、顔を上げる。


「……は、はい」


「えっ、千歳、本当に気分が悪かったのかっ!?」


「……当たり前だっ……!」


 マジで睨まれた。


「お、お腹が痛いのかっ!?」


「別に。今日はなだけよ」


「ホントに大丈夫かよっ!?」


「人より重いだけだから、気にしないで」


 言いながら、千歳は苦痛に顔を歪めていた。


 アレってなんぞ??


 千歳は腹を抑えて立ち上がる。


「ちなみに。気分が悪いのはアレだからじゃない。君がめちゃくちゃウザいのと、気持ち悪いかったから」


 その、さっきから『君』って呼ぶのやめてくれないかな。他人行儀でなんかモヤモヤします。いつものように『お前』と吐き捨てる感じで言ってください。とか言うと十中八九キモいと思われるので言わない。……もう充分キモいね。


「それで。いいのか? 許してくれるのかっ!?」


「ええ」


 千歳はベッドに入った。そして、深呼吸。


「で? は私をレ◯プでもしにきたの?」


 お前って呼んでくれた……。

 普段通りの接し方で接してくれる千歳が、なんだか普通の女の子に思えた。千歳はそういうことできないと思ってたから。千歳にしては合格点。


 俺は頭を下げた。


「本当に悪かったと思ってる」


「そりゃ良かった。私も君が悪いと思ってた」


 なんでやねん!!

 堪えろ、俺。


 俺は顔を上げる。そして、真面目な顔で、真剣に、ある提案をした。


「なぁ。俺達、この関係やめないか?」


「は?」


 意味不明そうな顔。違う、最後まで聞いてくれ。


「偽リア充なんてやめて、これからは本当の友達にならないか?」


 言ってやった。初めての友達申請。ゲームではない、リアルでの、初めての友達申請だ。


「嫌です」


 ええー。


「でも、ナプキン買ってきてくれたら考えてやらんでもない」


 死んでも嫌だ。お前は年頃の男子がレジでナプキンを差し出す気まずさを理解しているのか?


「なら、でいましょうよ」


「えっ!?」


 風が吹いた。屋内ですが……。


 千歳の髪が靡く。その髪を手で優しく抑える。

 赤く染まったほっぺたと、柔らかい笑顔。


 俺は、単純に、その美しさに見惚れていた。

 ただでさえ可愛い千歳の、ベストショット。俺はその光景を脳裏に焼き付ける。


「な、仲直り……してくれるのか?」


「馬鹿ね。喧嘩するほどの仲じゃないじゃない、私達。ビジネスよ、ビジネス友達。所詮私達はリア充なのよ」


「そう、だな」


 こうして、ぼっちとぼっちのエグい喧嘩は終幕を迎えた。



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