やさぐれクズとやっと現れたメインヒロイン

「すげぇ!!」

「観た?」

「観た観た」

藤花ふじはな 咲良さくらってなぁ?」

「ああ。ウチのクラスだよな?」


 何やら、最近、あるクラスメイトの女子が話題だ。が、彼女が何故、話題に上がってるのか分からない。だって、知り合いいないもん。


 名前は藤花ふじはな 咲良さくらという。しかし、俺はこの女子生徒を知らない。顔も出てこないし、名前だって初めて聞くくらいだ。


 そんなことを千歳に言うと、


「ああ、そういえばお前、クラスメイトの女子誰一人として知らないゲイって設定だったわね」


「設定じゃないし! ゲイじゃないし!」


 クラス中が普段とは違う雰囲気で昼休憩を迎えているなか、俺と千歳は普段通り、いつも通りの昼休憩。千歳の席で二人でお弁当を囲う。


 俺のツッコミをスルーして、千歳は腕を組んで話を続ける。


「しかしねぇ、あんなのただのオタサーの姫だと思ってたけど、まさかクラスメイトどころか、今や学校中で話題だものね」


「千歳は何で話題になってるのか、知ってるのか?」


「知ってるも何も、私が今日朝から機嫌が悪いのはそのせいよ」


 機嫌悪かったんですか。


「キモオタ共にチヤホヤされて良い気になりやがって。オタサーの姫は所詮オタサーの姫よ。街でナンパとかされたこともないくせに」


 と、言って、弁当に入っているハンバーグを、行儀悪く箸をぶっ刺して口に運ぶ。


 しかし、クラスの男子生徒の注目を集めてる藤花咲良をひがんでるのは、何も千歳だけじゃない。

 教室内に広がる殺伐とした雰囲気。

 咲良ちゃんを囲む男子生徒は気づいてないかもしれないが、輪の外にいる俺には分かる。

 殆どの女子から、溢れんばかりの殺気が放出されてることを。


「なぁ? ちょっとお前、話しかけこいよ」


 男子生徒の声。


「ええー!」


「いいじゃん、いいじゃん。行っちゃいなよ」


「……たく、しょうがねえなぁ」


 男子生徒が、教室の真ん中の方に歩いていった。

 俺はそれを目で追う。


 教室の真ん中に、一人ぽつーんと、サンドイッチを小さな口で食べる女の子がいた。

 印象に残らないような、丸顔の、大人しそうな女の子だ。髪型もポニーテールで、衣替えで殆どの生徒が夏服にシフトチェンジをしているなか、彼女は未だにブレザーを着ていた。寒がりさんなのかな?


 ──まさか。


 男子生徒はその女子生徒の隣に座る。女子生徒は一瞬、体をビクつかせるが、男子生徒が話しかけると、優しそうな笑顔で相槌を打ったりしていた。


 ──まさか、あんな地味目の女の子が、クラス中で話題の渦中の藤花咲良なのか。


 もっと、もっと派手目な感じだと思ってた。


「チッ。よく見たらブスじゃない!」


 昼飯を食べながら、聞く悪口は何故だか食べ物を不味くする。


「そりゃ、千歳と比べたら、殆どの女子がブ……、可愛くないでしょうよ。でも、だからって、せめて食事中は、そういう話はやめてくれ。飯が不味くなる」


「飯が不味いのは元からでしょ。人のせいにしないでよ。お前の母ちゃんの料理が下手なだけよ」


「お前ねぇ……」


 本当にクズだな、お前は。


 すると、突然、教室に怒鳴り声がした。


「なんだお前はッ!?」


 俺と千歳はもちろん、クラス中がある一点を見つめる。教室の中央、藤花咲良と、その隣に立つドラえもん体型の男子生徒、そして、床に尻餅をつく先ほどの男子生徒。


「我輩が咲良ちゃんを守るでありますよ!」


 アレは、クラスでも重度のオタクと評される大滝君じゃないか。

 藤花咲良を守るために、リア充男子に立ち向かうとは、大滝君は漢の中の漢だ。


「テメェ……!」


 地に尻をつけ、リア充の男子生徒は大滝君を睨む。


「うっひっ……」


 なんか、情けない声が大滝君から聞こえてくる。


「わ、我輩は、さ、咲良ちゃんのためなら例え魔王の巣窟だって、メタル装備で特攻する覚悟でありますよっ!」


 メタル装備で魔王の巣窟ってなんだよ。体張ってるようで全然微塵もこれっぽっちも体を張ってないからな!


「チッ。覚えてろよ、大滝」


 リア充はそんな捨て台詞を吐いて、去っていった。


「ふぅ〜。大丈夫だったでふか!? 咲良ちゃん!」


 大滝君は藤花の方を見る。


 俺も、千歳の方を見る。千歳は何やらニヤニヤしていた。


「なにか?」


 地雷は踏む前に処理する。


「ちょっと西君、話しかけてきなさいよ?」


 はぁ。まったく、部下を地雷原に突っ込ませるとか、なんてアホな上官なんだ。


「ただ話しかけるのもつまんないわね。賭けをしましょうよ」


 千歳は人差し指を立て言った。


「賭け?」


「ええ。西君がこれから私が言う質問を彼女に聞けたら、好きなおかずを一品あげるわ」


 俺は弁当を見る。まあ、大方食べたい物は先に食べたし、受けてもいいか。

 俺は頷いた。


「じゃあ、オタサーの姫のが今まで食べた男の数」


「聞けるか!!」


「はぁ!?」


 なんで、そんな心底呆れるような顔をするんだ。


「もっと違うのにしてくれ」


「じゃあ、マンゴーとアワビどっちが好きか聞いてきて」


「だから聞けるか!! どんな二択だ。お前は俺を前科持ちにしたいのか!?」


「もちろんリア充にしたいのよ。西君が人見知りたから私が話題を提供してやってるんじゃない」


「お前の提供する話題は世間一般だとセクハラっていうんだよ」


「そんなに言うならお前が考えろよな」


「最初からそのつもりだよ」


 俺は考える。初絡みのクラスメイトに話しかけても、気持ち悪がられない会話を。

 ダメだ。どう考えても、キモいなにコイツ私に気があるのエンドだ。

 気なんてねぇよ。俺はただパンツの色が知りたいだけなんだよ。


「ほら、行ってこい!」


 いつの間にか、俺の椅子の横に立っていた千歳に、思いっきり横から突き飛ばされ、隣の机に激突し、吹き飛ばした。


「……む。貴様は」


 キリッとした大滝君が俺を睨む。

 俺は立ち上がる。


「あっ、どうも」


「ぼっちの西殿でございますな?」


「あ、ぼっちの西です。ておい!」


 俺は頭を掻く。やばい、何て話せばいいか分からない。


「……えっと……」


「む? 我輩になにか用でも?」


「いや、大滝君じゃなくて……」


 俺は藤花咲良を見る。


「む。ぼっちだからと戦闘は避けてきましたが、西殿がそのつもりなら、徹底抗戦も考えなければいけませんな」


 いつだ。いつお前が俺との戦闘を避けようとした!?


「いや、あの、一つ聞きたいんだけど」


「む! 我輩を無視するでありまふかっ!?」


「──あのっ! 大丈夫ですっ」


 女の子の声がした。透明感のある透き通った可憐な声。一回聞けば、耳に残るような、そんな声。


 大滝君は振り返る。


 目を喰いしばるように、藤花咲良は立っている。彼女が、喋ったんだよな。


「で、でも、男子と親しくすると、スキャンダルが……」


「えっと、大丈夫です。。西君も、そういう話をしにきたんじゃ、ないですよね?」


「あ、まあ。うん」


「そうでふか」


 大滝君は素直に、少し横に移動し、俺と藤花咲良の間には誰も、何もない。


「えっと、あの……」


 正面から見た藤花咲良は、可憐で、清純で、儚げで、どこか俺と似ていて、とても切ない表情をしていた。


「あの──」


 俺は大きく息を吸う。


「──パンツ何色ですか?」



 ☆☆☆


 結論を言おう。


 大滝君に殺されかけた。


 オタクからはリンチにあい、リア充からは白い目を向けられ、女子から忌み嫌われるという、最悪の時間を過ごすことになった俺こと、西八尋。

 ことの発端となったのは今日の正午過ぎくらい、昼休憩の時間だ。

 何故か最近、男子生徒からの人気がある『藤花咲良』という女子生徒に、『パンツ何色ですか?』と聞いた。そんな奇行に走ったのも、全部このクズぼっちこと千歳千李のせいだ。


 学校一の美少女である千歳は、ニヤついていた。


「まさか、自分で考えるとか言って『パンツ何色ですか?』って聞くとはねぇ。もしかして西君って生粋の変態?」


「うるせえよ。何人の男とやったかとか、マンゴーとアワビどっちが好き? とか聞けるかよ。パンツの色聞いた方がマシだ」


「だからお前はヘタレぼっちなのよ」


 と、言って千歳は席を立つ。


「どこ行くんだよ」


「大便よ。変態さん」


 軽く、引いた。


 でも、どんなに可愛い女の子でもうんこするんだぁ。まあ、アイドルとアイドル声優はうんこしないから俺はその事実だけを胸に生きてくとしよう。うん。


「……あの」


 とか考えとると、突然、声がした。

 振り返ると、教室の入り口付近に、渦中の藤花咲良が立っていた。


 少し顔は赤らんでるように見え、佇まいと雰囲気だけで、この人は人見知りなんだろうなってのが伝わってくる。

 が、俺も人見知りなので、何も言ってやれない。


「あの、えっと……お、お一人ですか……?」


 小さな声だけど、透き通った良い声だ。


「お、お一人……です、ね……」


 やばい。なんか、話しづらい。パンツの色聞いた直後はさすがに話しづらい。


「あの、今日はお話がありまして」


 でしょうね。


「お昼のことだよね……?」


「お昼?」


「ほら、パンツ……」


 言ってて恥ずかしくなってきた。何でパンツの色なんて聞いてしまったんだ、俺!


「あのさ! 忘れてくれると助かる、かな。本当はアレ、言わされてたんだよね。あの、ほらクラスメイトの……」


「千歳さん……ですか?」


「そ、そうそう」


 この際だから、千歳に全責任を押し付けてやろう。


「俺は言わされただけなんだよ、ホントに。うん」


「──付き合ってるんですか?」


「は?」


「つき、付き合ってるんですか?」


 彼女は恐る恐る聞いてきた。

 またか。前にもあった。誤解させるために、偽リア充になったけど、効果がありすぎだ。親しい異性の友達を通り越して、実は付き合ってる疑惑まで浮上するとは。


「全然、付き合ってないよ」


「ほ、本当ですかっ?」


「いや、本当だって」


「好きってことも」


「ない」


「本当ですか?」


「だから、本当だって」


 しつこいな。


「……あの、もしよろしければ、なんですが……」


 藤花咲良は目をぎゅっと瞑る。耳まで真っ赤なその顔で、勇気を振り絞るように、続けた。




「──私と、私と付き合ってくれませんかっ!?」




 それは、それはあまりにも唐突で、やっと始まった俺の、本物の青春ラブコメだった。

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