高2になって初彼女ができました。

「……え……えっと……」


 夕暮れの、オレンジ色に光る教室。

 目の前にはクラスメイトの少女。身長は平均くらい。やや細身で、髪型はポニーテール。丸顔で綺麗って感じではないけど、可愛い感じの、大人しそうな雰囲気の女の子。クラスメイトの藤花ふじはな 咲良さくら


 俺は頭を掻く。


 なんて答えればいい……。


『私と付き合ってください』か。


 告白されるのも人生初だし、多分、女の子に好意を抱かれること自体、人生初なんだと思う。


「……あー」


 でも、どうして俺なんだ。


 昼間のこと忘れたのか? パンツの色を聞くような変態なんだぞ。俺は。……まさか? パンツの色を知られたいような変態なのか? 藤花ふじはな 咲良さくらは。


 となると、毎朝校門の前で、


「今日のパンティ何色だぁい?」


「西君の好きな色ですよ」


「……え、赤? かな?」


「残念」


「黒?」


「いいえ。違います」


「白かな? あ、ストラップとか?」


「どれもこれも違います」


「もったいぶらないでくれよ。何色なんだよ?」


「実は……透明なんです」


「…………そ、それって、つまり。……ゴクリ」


「はい。ノーパンです」



ダッハー! たまんねぇ!

……まあ、全て妄想なんですけど……。



「あの、だ、ダメ……で、しょうか……?」


 不安そうな顔で、藤花咲良は聞いてきた。


「……ダメって言うか…….」


「分かってます。私、可愛くないし、魅力ないし……」


「そ、そんなことはないと思うぞっ? 少なくとも、俺が関わってきた女子の中だったら、……うん、三番目……くらい?」


 実質最下位。まあ、何はともあれ銅メダルだ。


「そんなこと言ったら、俺だって。魅力は、ないだろ?」


「はい」


 はい、じゃねえよ!!


「でも、付き合いたいんです」


 俺に魅力はないけど、俺と付き合いたい? 『ぼっちを冷やかして面白がってる』? いや、こんな真面目そうな女の子が、そんなことするはずがない。

 だとしたら、可能性は一つだけ。


「一応聞くけど、千歳のこと嫌い?」


「千歳さんですか?」


「ああ」


「少し怖いですけど、仲良くしたいとは思ってます。怖いですけど」


 …………うむ。紗楽さんパターンだと思ったが、違うか。


 なんでだろう。凄く、警戒してる自分がいる。


 千歳に告白された時は(間違いだったけど)、二つ返事で了承した。何が違う? 藤花咲良が千歳みたいに超絶美人じゃないから? いや、関係ない。じゃあ、なんでだろう。


 分からない。


「──お困りのようね!」



 声がした。凄く、聞き馴染みのある声。

 ドヤ顔で、千歳千李が教室のドアの所に立っていた。


 出たなおじゃま虫! 愛と勇気にすら見限られたぼっちめ!


「話は聞かせてもらったわ」


「うんこに行ってたんじゃないのかっ!?」


「あら? 私の大便は綿飴なのよ。廊下で出してきたわ。そしてもう食べたわ」


「うなわけあるか! 昭和のアイドルかお前は!」


「昭和のアイドルが学校の廊下でうんこすると思う? そしてうんこを食べると思う? そもそも、うんこの話はどうでもいいわ」


 確かに。


「でも、良かったじゃない。お前、彼女欲しいとか言ってなかったっけ?」


「……いや、まあ、それは、そう……なんだけどさ」


 どうしても、首を縦に振れない自分がいる。

 別に、付き合いたくないわけじゃない。

 別に、リア充になりたくないわけじゃない。


 でも、


「──俺は……付き合う気はないよ」


「呆れた。まさかお前がそこまでヘタレだったとはね」


「俺は言われた通り、一ヶ月は偽リア充だ。リア充にはならない。言い出しっぺはお前だろ、千歳」


 自分で言ってて、これじゃない感がすごい。自分の中にあるよく分からない感情が、怖く感じた。

 同時に、千歳に対して憤りを感じる。


「ふぅん。だってさ。どうする?」


 千歳は藤花咲良を見る。

 藤花咲良はもじもじと下の方を見ながら、ゆっくりと口を開く。


「……えっ……と、無理強いは、したくないので」


「何を悪びれてるんだ? コイツは産まれながらに生粋のぼっちだ。何だかんだ文句は言うが、なんだかんだ付き合ってくれるぞ」


「お前が言うな! お前が言うな! お前が言うな! って全部同じツッコミになっちゃったよっ!?」


「ほら、頭がおかしいだろ?」


「はい」


 千歳の問いに、藤花咲良は頷いた。


「『はい』っておい!」


 千歳は俺を指差す。


「こんなクスリをキメてそうな奴のどこがいいんだ?」


 キメてねぇよ。


 藤花咲良は首を傾げる。


「私も……その、よく分かりません」


「よく分からないって……やばくない? お前、今のところ私の中でクソビッチよ? クラスの座席表でヤッた奴に印付けてくビンゴ大会でもやってんの?」


「座席表でビンゴ……?」


 と、藤花咲良は頭の上にクエスチョンマークが出ている。

 そんな遊びあるのかよ、怖すぎだろ、お前。


「でも、私は西君しかいないと思いました」


 真っ直ぐとした目。俺は少し、照れて、反射的に両手で顔を隠した。それを見て、千歳は一言。


「キモ」


 グサ!


「じゃあお前はどうして西君と付き合いたいの?」


「そ、それは、ぼっちだからです」


 グサ!


「この子、西君と喧嘩したいんじゃない?」


「奇遇だな、千歳。俺もお前と同じことを思った」


 藤花咲良は顔の前でブンブンと手を振る。


「ち、違いますっ! その、失礼なのは分かってます!」


「分かってて言うとか、なおのことタチ悪いわよ?」


「それが分かってんなら、お前も毒吐くのやめたら?」


 正論を言ったつもりだったが、ギロッと殺人的な眼光を向けられる。


「この学校でぼっちなの、西君しか思い浮かばなくて……」


「ぼっちが食いたいだけの異常性癖でもあるの?」


「異常……ですよね。正直、私もよく分かりません。付き合うならどう考えたって楽しい人の方がいいですし」


 グサ!


「なら告ってくんじゃねえよ! って言いたそうな顔ね」


 千歳が代弁してくれた。けど、もっとオブラートに包めよ。否定はしないけど。


 どうしよう。もう俺には、この子と付き合う気はない。それに多分、このまま教室で話していても、この子のこと好きになることはないだろう。このまま長引いてもしかたない。


「えっと、さん。俺、君とは付き合えない。ごめん。だからもっと別の人を探してくれ、さん」


「その、藤花ふじはなって呼ぶのやめてください」


 振った相手には名前も呼ばれたくないってかっ!?


「クラスメイトなんですから、


「──は?」


 なに? え? なに?


「芸名って……えっ……なに? 芸名ってっ……?」


 テンパる俺に、千歳は。


「やっぱり、知らなかったのね」


 お前は何を知っているというんだ!?

 そして、誰だこの子は!?


 はっと、頭の中で嫌な考えが浮かんだ。


 俺は素早くポケットからスマホを取り出し、検索エンジンで『藤花咲良』と検索した。


「……えっ……」


 四角い画面に表示されたのは。


「……せ、いゆ、う……?」


 藤花咲良は頷いた。


「えっ……いや、だって……」


「はい。声優です」


 画像検索には女の子の画像が表示されている。


 俺は顔を上げて、目の前の藤花咲良と、画面の中に映る声優の藤花咲良を見比べる。


「別人……みたいですよね。修正ガンガンやりましたから」


「言わないでっ……! 業界の闇を言わないでっ!!」


「でも、そこに映ってるの、私です」


「…………まじ……?」


 俺はウィキペディア先生を開く。


「……まじ……かよ」


 結構、主要キャストは一、二本しか出ていなかったが、若干一七歳の新人声優としてはかなり、いやとても順調なくらいだ。


「で? 藤花咲良の本名は分かるの?」


 千歳が口を挟む。

 黙れぼっちッ! 俺は今、集中しているんだッ!


「ほら。コイツはやめておいた方がいいわよ? 人の名前もろくに覚えないで、男の尻ばっか追いかけてるような男よ?」


「……付き合う」


 俺は呟いた。


「は?」


「俺っ! 藤花咲良と付き合う!」


 俺は藤花咲良の手を取った。


「声優と分かった途端手のひら返しかよ」


「構わない。なんと言われようとも!」


 声優と付き合う。これ以上のステータスがこの世にあるだろうか。

 女IT社長に馬車馬のように鞭で叩かれる並の良さが、そこにはある。

 ダイナマイトバディナースにお医者さんごっことしてア◯ルを開発される並の良さか、そこにはある。


「喘ぎ声が聞きたいだけだろ?」


「な、な、なな、何を言うかっ! 俺は純粋に、この、この人のことが好きなんだよっ!」


「ざぁんねぇーん! 声優がアニメ声で喘ぐわけねぇだろ! ヴァァカ!」


「聞こえなぁぁぁあああいっ!」


 俺は全力で耳を塞いだ。そして、再び、藤花咲良の手を取る。

 柔らかくて、小さな手だこと。可愛らしいねぇ。


「行こう! 二人の愛のネバーランドへっ!」


「嫌です!」


「だろうな! ネバーランドは海賊が蔓延はびこって危険だもんな! 案ずるなティンカーヴェルよ! この俺が守ってやるよ! ……って嫌ってえぇえっ?」


「私、西君とは普通にお付き合いしたいんです。西君の日常を、ぼっちの日常を知りたいだけなんです」


「…………ん? ん、ん、ん? ん、ちょっと待って?」


 俺は手を離し、ポケットからスマホを取り出して、スマホの画面に視線を落とす。


 出演欄の一番下、最新部分のところに。


『ぼっちな俺に彼女ができるなんてありえないっ!!』


 え、これ、え。去年ぐらいにラノベでめちゃめちゃ流行ったやつやん。


 ぼっちの主人公が何故かヒロインからむちゃくちゃモテるっていう。ぼっちがモテるわけねえだろ。


『天龍寺 音ノ葉』と、太字で書いてあるではないか。音ノ葉といえば、この作品のメインヒロインで、ラノベ業界でもトップクラスに人気のある正統派ヒロインだ。


「えっと……もしかしなくても、えっと、役作りの為……に、えっ……」


「はいっ! どうしてもぼっちを好きになるヒロインの心情が理解できなくて……! ですから、一日だけでもいいんですっ! 私と付き合ってください!」


 おま、お前っ、最初から言えよぉ!!


 俺は膝から崩れ落ちた。


「あひゃはははははははは!!!」


 千歳が腹を抱えて笑う。


「やばっ……! ちょっ、ぷはっ、笑わせないでっ……! ひひひ……、ぷくくく、ださっ……クソダサっ!」


 やばい、泣きたい……。


 そんな俺の肩に、手が乗っかる。


「それで、私と、一日だけ、付き合ってくれますか?」


「もちろんですっ……!! 一日でいいので、付き合わせてください……!!」


 俺は藤花咲良の手を握り、何度も頭を下げた。

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