リア充になった俺と三人の女の子その2

 紗楽さんを探して、校舎内をウロウロしていると、アイツと出会った。


「あ、よ、よう」


 手を挙げて挨拶をすると、ソイツは。


 …………。


 無視して通り過ぎていった。


「……は?」


 俺は振り返って全速力で追いかけ、肩を掴んだ。


「わっ。なに?」


 白々しい演技しやがって。気づいてただろ、お前、千歳、ええ?


 千歳はジト目を向ける。


「離してくれない?」


「あっごめん」


 俺は慌てて千歳の肩から手をどかす。

 千歳は俺の方を向くと、ため息を漏らした。


「まったく。せっかくリア充になれたのに、私と関わっててももう意味ないでしょうに」


「俺だって。別に、お前と関わりたいわけじゃねえよ」


「男のツンデレが許されるのは小学生までよ?」


「誰がクズぼっちにデレるか」


 チッ、と舌打ちをされる。え、何? 俺何かしましたかっ?


「で? 何か?」


 面倒くさそうに、千歳は聞いてきた。


「いや何か? ってなんだよ。会話のテンポが早すぎて、何を話したいか忘れちゃったよ」


「あっそ」


 と、くるっと俺に背を向ける。


「私暇じゃないの」


「いやぼっちだろ!」


「ぼっちが放課後予定ないとでも?」


 いや、経験則で知ってるから。


「私はね、お前の抜けた穴を埋めるために、必死にぼっちを探してる最中なのよ。でも、失ってみて初めて分かったわ」


 ……千歳。


「やっぱお前以上のぼっちはいねぇわ」


 だろうなっ! 言うと思ったわ!


「──暇ならついてくる?」


 突然、千歳はそう言った。

 俺がリア充になってから、少し冷たかったから、そんなことを言われるとは思ってもみなかった。


 ……え、待って、どこに?


 ポカーンとしてると、千歳は情報を捕捉してくれる。


「これから私、ぼっちを集めるために読書部に行くんだけど」


 うむ。是非とも協力したいところだけど、俺その部の人めっちゃ苦手だわ。いや、苦手ってか、嫌いだわ。


 満面の笑みを浮かべ、俺は言う。


「また明日!」


「──セーンパイっ!」


「どぅわっふぉい!?」


 背中に大型の捕食獣がのしかかるような、重みを感じた。その重みの中に柔らかな感触があった。というか、全体的に柔らかい。けど、まあ、俺を先輩と呼ぶ、後輩の知り合いは一人しかいない。


「……い、壱膳いちぜん……?」


 俺の背中に乗っかったまま、女の子が返事をする。


「はーい!」


「重いから降りてくれ」


「女の子に向かって重いとか、ぼっち先輩チョー失礼ですね」


 そんな俺と壱膳を、ものすごい尖った目で睨みつける千歳と、目が合った。


「別に西君に恋愛感情があるわけじゃないのだけれど、なんかムカつく光景ね。目障りだわ」


 すると、背中の体重がパッと軽くなる。そして千歳に飛びつくように、ツインテールの女の子、壱膳が千歳の前に駆け寄る。


「ごめんなさいお姉様! みやびはお姉様を不快にさせるつもりはありません!」


 千歳は壱膳の顎をクイっと持ち上げ、


「よくってよ、みやび。でも今度から気を付けなさい。コイツは触れたものを懐妊させる超能力を持ってるのだから」


「せめてセックスはさせろよ!」


「ツッコミがキモいわ」


 つーか、コイツらいつの間に仲良くなってんだよ。お姉様とかどこぞの百合アニメかなんかか?


「え、壱膳、顔のそれ何?」


 真面目に百合百合してるところ申し訳ないが、壱膳の顔のそれが、美少女×美少女という最高の世界観をぶち壊していた。


 壱膳はちょび髭付きの鼻眼鏡をしていた。


「あー、これですか?」


 壱膳はちょび髭を触る。


「鼻眼鏡です」


「いや知ってっし! じゃなくて、なんでそんなのしてんの!?」


「可愛い後輩が必死になってキャラを作ってんのに、そんな無粋な質問をするんじゃないの」


 と、千歳が言った。


「私、千歳お姉様に殴られたじゃないですか? 実はあの時、鼻骨骨折してしまいまして。それを隠すために鼻眼鏡をしてるんです」


 笑って話す壱膳。笑えねえよ。つうか、このぼっちは女の子の大事な顔に何してくれてんの?

 すると、千歳は何故か胸を張る。


「どうかしら? この鼻眼鏡は私がプレゼントしてあげたの。ドンキで。さすがの私も可愛い後輩の鼻骨を折った責任は感じてるのよ」


「だったらもっと反省してほしいよ」


「いいんです、お姉様。私、この怪我がお姉様との初めての共同作業ですから。一生治したくないくらい、大切にします。というか、治りそうになったらまた折ります」


「やめろ!」


「おっしゃ。その時は手伝ってあげるわ!」


「お前もやめろ!」


 なんなのコイツら。面倒くさい奴同士が絡むと、二乗面倒くさくなるの?


「そんなことより、お姉様! どうして土曜日来てくれないんですか?」


 土曜日?


「土曜日に雅とデートしましょうって、言ってるのにぃ」


「あのね、私は休日稼働はしない主義なの」


「ええーそんなぁー、いいじゃないですかぁ!」


 壱膳は千歳に抱きつく。が、千歳はかなり嫌そうな顔をする。

 千歳、ベタベタされるの嫌いだもんな。

 千歳は腕でグッと壱膳を押し返す。


「もぉ、千歳お姉様ったら」


「まったく。本当に雅は誰に対してもビッチね」


「そんなことないですよ〜」


 ああ、そっか。

 壱膳のやつ、千歳とこんなにベタベタしてるけど、千歳には自分の気持ちを伝えてないのか。


「お姉様ったら、土曜日、行かないって言うんですよぉ」


 今度は俺の腕に抱きついてきた。つうか、壱膳ってこんなキャラだったっけ?

 腕に柔らかい感触。ああ、やばい、今夜のおかずだこれ。


 ……? なんだ、壱膳の奴、やたら体を押し付けてくる。それに、壱膳のポケットにめちゃめちゃ硬い何かが入っているようで、それが腰に当たって少し痛い。


 すると、壱膳はグイッと俺の手を引っ張って、その硬い物に当てる。


「……これ、何か分かります?」


 ボソッと、俺の耳元に息を吹きかけるように、小さな声で呟いた。


「……作業用のカッターです」


 ドキッとした。別の意味で。


「……貴方と千歳お姉様が付き合ってると知った日から、毎晩欠かさずにやってることがあるんです。何だと思います?」


「お、おな……」


「違います」


 キレ気味に即答された。


「……このカッターで肉を切る練習です」


 何この子、サイコパスか何かなの?


「もぉ! ぼっち先輩からも言ってくださいよ!」


 俺の体に、ポケットに入ったカッターを押し付けられる。


 ひぃぃいいっ!?


「い、行った方がいいと思うぞ」


「お前に言われたくない。つうか、よく人前でイチャイチャできるわね。しかも彼女がいるのに。ああ、これだからぼっちは」


 この人は気づいてない。今の俺の状況を。背中にカッター当てられてるんですよっ!?


「えっ、ぼっち先輩彼女出来たんですかっ!?」


 壱膳は驚いてた。


「知らなかったの?」


「へぇ。……じゃあもう使えないですね」


 カチカチカチ。


「千歳っ! 土曜日、行った方がいいと思うな! 俺の母ちゃん、お目覚めテレビの占い考える仕事やってるんだけど、この一ヶ月お前の星座を一位にし続けてやれるぞ!」


「マジ!? そんな仕事あるの? つうか、アレって素人の人が考えてんの?」


千歳は思いのほか食い付いた。


「そう! 何人かでね! それで、俺の母ちゃんの当番の時は、毎回俺の星座を一位にしてもらってる!」


「へぇ。でもなぁ、じゃあ、さそり座を一ヶ月最下位にしてよ。それなら行く」


 千歳は笑顔で言う。


「は? さそり座? なんで?」


「お前の息臭い幼馴染いるじゃない?」


 ああ、紗楽さんか。


「さっきアイツにドヤ顔で言われたの」


『結局顔じゃないのよ! 体なのよ! あっははは』


 顔と体も大差ないと思うんですが……。


「て。まあ、関わるとろくなことないから無視したけど、なんか凄い嬉しそうにしてたから、すげえ不幸になんねえかなって思ってさ」


 ……まじか。

 紗楽さん、そんなに楽しみにしてくれてたのか。まあ、俺に対して恋愛感情はないんだろうけど、でも、素直にそう思ってくれるのは嬉しい。でも、俺はそう思ってくれる人を、無下に、ぞんざいに扱おうとしていたのか。そう思うと、なんか、罪悪感にさいなまれた。


「そうだっ! ぼっち先輩も……」


 無理だ。紗楽さんに、やっぱり土曜日無理です、とか言えない。


 でも、俺には藤花咲良が……。


 いや、俺によくしてくれる紗楽さんの方が大事だろ。

 そもそも藤花咲良とは、付き合ってると言ったって、お互いに好意があるわけじゃない。

 だけど、藤花咲良は俺の為にわざわざ忙しいスケジュールを空けてくれたんだぞ。

 くそッ、どうしたらいいんだ!?


「ぼっち先輩! どうするんですか?」


「今それどころじゃないから!」


「ええー、先輩が決めてくださいよ」


「どっちでもいいと思う!」


「なら、決まりですねっ! ぼっち先輩も土曜日、付き合ってください! 私達のデートに!」


 はぁぁぁ!?


「いやっ! いやいやいや! 土曜日は本当に無理っ──」


「……へぇ。口答えできるんですねぇ」


「──っ矢理でも、スケジュールにねじ込みます! でゅっへへへ」


 殴り殺したい……。自分自身を……。




 ☆☆☆




 壱膳は満足げに帰っていった。

 不満そうな顔をしている千歳と、俺。


「お前のせいで面倒くさいことになったわ」


「奇遇だな。俺もだ。いや、俺は元々……うっ……お腹が……」


「はっ? えっ、月経? ついに西君にも月経が来たの!?」


「違えよ!」


「じゃあ何?」


「いや、まあ……」


 俺は順を追って、千歳に事情を話した。


「へぇ……、大変ね」


「そんな他人事みたいに言うなよぉ……、助けてくれよぉ……」


「そんなの自業自得じゃない。これだからぼっちは。スケジュール管理が出来ないと怖いわぁ」


 返す言葉もないです……。


「とりあえず、幼馴染ちゃんは切り捨てなさい。ついでに縁も」


「そんな簡単に言うなよ。縁だって切れるもんならすぐ切ってるっての」


「じゃあ日曜日にズラせば?」


「いや、紗楽さん、日曜日用事あるって言ってたし。しかもそれだと紗楽さんのデート練習の前日に藤花咲良とのデート本番を迎える。本番の後に練習するとか、馬鹿か? モチベーションが死ぬわ」


「じゃあ藤花咲良とのデートを来週にしなさい」


「無理です。わざわざ今週の土曜日にスケジュール空けてもらったんだし」


「ああもうこの際、二つともドタキャンしちゃいなさいよ」


「そんなことできるわけねえだろ……」


「ふむ、なら、解決方法は一つしかないわね」


 千歳は一呼吸置いた。そして、透き通るその綺麗な声で、こう言った。



「トリプルデートをするのよ!」



 と、トリプルデートっ!?


 何だそれっ? ダブルデート的な? 俺の代わりとして、男子を二人用意して、大所帯でデートすると。いや、俺にそんな男友達いるわけねえだろ。


「三人の女子と同時にデートするの! それも別々に! それもバレずに!」


 俺一人が?


「……あー……なるほど……、え、でもさ、現実的考えて無理くね?」


「同じ場所でデートすればいいじゃない。遊園地とかなら案外イケると思うわ! 何より、私も協力してあげる」


「マジ? なんか、お前の自信を見てると、俺もイケそうな気がしてきた」


「ええ。私も協力するしね!」


「ああ! やっぱり、持つべき友はぼっちだぜっ!」


「ええ! リア充とオタサーの姫をぶっつぶしてやりましょう!」


 俺と千歳は、熱血スポ根漫画の主人公とその親友みたく、ガッチリと固い握手を交わした。


 これで、これで、デートトリプルブッキングはなんとか、ひと段落しそうだ。……多分。

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偽リア充君の青春ラブコメが痛すぎる件!! 坂本 森太 @boruo-sacamoto_0711

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