小早川紗楽はめげない!!

「ひゃああああああっ!!??」


 俺の部屋に、突然黄色い悲鳴がこだまする。もちろん、俺の。


 俺の城とも言える部屋の、親ですら侵攻を許していない絶対聖域である俺のベットの上に、幼馴染と名乗る赤の他人、小早川 紗楽さんが侵入してきている。

 ブレザーは着てなく、半袖ワイシャツにスカートという格好。

 薄い肌色の太もも、はち切れんばかりに張った胸部、薄紅色のふっくらとした唇。惚れてまう……。


 いや、切り替えろ! 俺! この子は別に俺が好きなわけではない。ただ、自分の幼馴染だからと、使命感に駆られているだけだ。手は、手は出すんじゃねえぞっ! 八尋!


 気を取り直して、俺は紗楽さんに質問をする。


「な、なぜ俺の部屋にいるんだ?」


「幼馴染なんだから当然でしょ」


「当然ではないし! 貴女はまず幼馴染ではないでしょ!」


「そんなことないって。私は幼馴染だし、それにこのシチュ知らないとか、ジブリ観てなすぎだって」


「それはどの作品のどのシーンの話だ! お前ねえ! ジブリを馬鹿にする発言だけは許さないよ!」


「あははは。冗談だよ。でも、西君、全然変わってないね。ジブリ大好きで、なんだか、安心した」


「…………」


 本当に、この子は俺の幼馴染なんだろうか。

 身に覚えがない。でも、俺が子供の頃からジブリが好きなのは、紛れもない事実だ。

 怖すぎる。得体の知れない他人から、いきなり幼馴染だからと馴れ馴れしくされ、朝起きたらいきなり目の前にいる。新手のストーカーか?


 いや、でも紗楽さんは良い人だ。トイレから救い出してくれたし、こないだだってノート見せてくれたし。そんな色眼鏡で見るようなことは絶対にしたくない。


「ジブリは……俺の、子供の頃からのたった一人の友達なんだよ。分かったら、ベッドから降りてくれ」


「あっ、ごめん。……あっ……」


 紗楽さんはベッドから降りるやいなや、突然声をあげ、口元を抑えて、俺の下腹部を凝視していた。


 俺も釣られるように、自分の下腹部を見る。


 ……テントを張っていた。


 慌ててナニを隠す。


「違っ! これはっ……!」


「分かってるわ。私のカラダ、エロいものね」


「エロいかもしれないけど違う! ただの朝立ちだから! 生理現象だからっ!」


 つーか、この人どんだけ自分に自信あるんだよ。


 ………………。


「着替えるから出てってくれないか?」


「あっ、ごめんね」


 紗楽さんは少し頬を染めて、部屋から出ていった。


 それにしても、凄く汚い部屋だ。ゲーム機やラノベの山が山脈のようになって、足の踏み場がない。よく引かなかったな、紗楽さん。


「……はぁ……」


 パジャマから部屋着に着替え、俺は部屋を出る。


 紗楽さんは廊下で健気に立って待っていた。

 半袖のワイシャツ。個人的に紗楽さんの夏服姿はやっぱり可愛いと思う。まあ、紗楽さん自体可愛いんだけどさ。


 すると、紗楽さんはプっと、一笑に付した。


「今日は登校日よ?」


「いや。知ってるよ」


「はぁ!? じゃあなんで着替えるって言って私服になるのよ!?」


「いや、部屋着だよ」


「はぁ!? なにそのこの世で最も無駄なワンクッション!」


「いや、ウチのルールだし。朝起きたらパジャマから着替えるのって割とマジョリティだと思うけど」


「サイレントマイノリティよ!? 聞いたことも見たこともないわよ!?」


 相変わらず自分が強いな、この人は。


「分かったよ。脱ぐ」


「ええ」


 ええ!? ええって言ったよこの人!? ウザいんですが!!


 仕方なく部屋に戻る。そして、制服に着替える。

 紗楽さんは夏服だったが、まだ五月の半ばだ。学校では一応、今日の登校日から夏服が解禁されたわけだが、だからといって別に強制されるものでもない。まだ少し肌寒いし、ブレザー着ていこう。


 ブレザーを着て、俺は部屋を出た。


 また、紗楽さんは俺の姿を見て一笑する。


「あらあら? 今日から夏服おっけーなのよ? 知らなかった?」


「だから知ってますけど!?」


 俺の怒りはピークに達していた。


「着替えればいいんですね!?」


「ええ」


 ええ!? ええって言ったよこの人!?


 再度、部屋に戻る。


 ワイシャツを半袖に着替えて、部屋を出た。


「うん! おっけー!」


 何がおっけー! だ! テメェにはこの殺意が分からないのか!?


「やっぱり、西君は夏服が似合うなぁ」


「はいはい。分かっ……え」


 ドキッとした。


「い、いや、べ、べべ、別に、似合ってねぇし」


「ううん。似合ってるよ。カッコイイと思うよ!」


「さ、紗楽さん……」


 なんか、殺意が消え失せていく。


「さ、紗楽さんも、夏服似合ってるよ」


「あら、上手ね」


「いやいや。お世辞抜きで」


 こんな彼女がいたら、本物のリア充になれるんだろうな。ウザいけど。


「まあ、それはいいんだけど。西君の部屋栗の花でも育ててる?」


 栗の花? 俺の部屋って栗の花の匂いがするのか? どんな匂いだよ。きっと、秋を感じられる甘い良い香りなんだろうなぁ……。


「栗の花の匂いがしたんだけど……」


「育てないよ」


「ふぅーん」


「朝ごはん食べに行こうか。紗楽さんは朝ごはん食べた? 食べてないなら一緒にどう?」


「あっ、うーんと、ほら、私、あそこから入ってきたから……」


 と、言って紗楽さんが指差したのは、廊下と階段の境目に設置された大きな窓。


 よく見ると、紗楽さんは靴を履いていた。


 は?


「それじゃ、外で待ってるわね」


 窓を開け、紗楽さんはそこから飛び降りた。


 は?


 ここ、二階だよ。


「いや、いやいや。…………不法侵入じゃねえかッ!」


 俺は走って下に降り、リビングにいた両親に叫んだ。


「二階の戸締りもちゃんとして!!!!!」



 ☆☆☆



 玄関を開ける。うわっ、さむ。


 半袖から出てる肘から先の腕に、春風が吹き抜け、鳥肌が立つ。


 クソ、あのリア充クソビッチめ。


「あっ、おっそ〜い!」


 リア充クソビッチこと、超ダイナマイトボディ、茶髪の紗楽さんが門の前から顔を出す。ニコッと微笑むその笑顔に、思わず照れて顔を逸らす。


「あっえっ……と、どうも……」


「さっき会ったばっかりでしょ?」


 紗楽さんは笑う。


 女子と二人で登校するとか、人生初だ。

 そういえば千歳と関わるようになってから、チャラい方向の人生初を体験しまくっている気がする。

 これもそれも全部、偽リア充になったおかげなのだろう。


 通学路を紗楽さんと楽しく話す。すごく、楽しかった。

 そして、俺は改めて思う。


 ──リア充になりたい! と。


 ……俺がリア充になれたら、なれたら、どうなるんだろうか。千歳は? 紗楽さんは? 二人との関係が変わってしまうんだろうか。


 ……いや。


 いつまでも、この状況が続くわけじゃない。いつかは終わるんだ。この馬鹿馬鹿しい高校生活も。白々しい青春も。


 いつか終わるのなら、俺は自分の手で終わらせたい。終わらせてみたい。



 リア充になって、終わらせたい。



 ☆☆☆


「おはよ」


 朝の自由時間。一限の授業が始まる前のちょっとした時間。ぼっちだった頃は苦痛だったあの自由な時間。その時間に、俺は女の子に挨拶をする。


 窓側の席で、一人、頬杖ついてぼけっと外を眺めている、黒髪の女の子。

 大きく丸みがある瞳がこちらに向く。


「ん」


 一言。千歳千李は視線を外に向けたまま、たった一言だけを返す。


 ……相変わらずだな、コイツは。少しは紗楽さんを見習ってほしい。


 まあ、普段通りだから、別になんとも思いませんけど。思いませんけど!


 気を取り直し、俺は会話をする。


「なぁ? 栗の花ってのは、どんな匂いなんだ?」


 千歳はこっちを向いた。アイドル然とした、可愛らしい顔。やっぱり、何度見ても、少し緊張してしまう。


「さぁ?」


 短く、答える。


「栗ご飯とか美味いし、ご飯とか進む匂いなのか?」


「おえっ……。お前、自分で何言ってんのか、分かってんの? おぇっ」


「なぜそこで嗚咽する?」


「ググれカス」


 イラ。


 数分後……。


「ふぁっ!?」


 グーグル様で出てきたのは、まあ、凄い下ネタで……。ご飯が進むとか、自分で言ったことだけど……もう、おえっ……。


「それで? なんで、急にそんな話しだしたんだよ?」


 それは紗楽さんが俺の部屋でその匂いが……えっ……マジですかっ!?


「いや……別に……」


 マジか。帰ったらファブリーズしよう。

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