第16話 なんかヤバイ雰囲気なんだが
――薄暗い遺跡の地下で、カツンカツンと俺達の足音だけが響く。
長い間誰も入らなかったせいか、非常にカビ臭い。
「それにしても、随分と広いな……。人が入った形跡もないし、よく今まで隠し通せたものだな」
最後尾を歩くモルドレッドがそんな事をポツリと呟く。
「強力な結界が張ってあったからのぅ。ワシくらいにならんと、結界があることすら見抜けんじゃろう」
モルドレッドの問いに答えるように、先頭を歩いているヴァイスが口を開く。
ちなみに、俺は真ん中を歩いている。
先頭を歩けば、モンスターが出た時に真っ先に襲われるし、かといって最後尾を歩けば後ろから不意打ちを喰らったら対処できない。
故に、真ん中がベストポジションなのだ。
え? 男らしくない? はは、ちょっと何言ってるかわかんないですね。
「……初めて会った時から思ってたんだが、本当にヴァイス殿は何者なのだ? 隠遁している武人に鍛えられたとは聞いたが、それにしては結界などの魔術にも詳しいようだし……」
「…………まぁ、色々あったんじゃよ」
モルドレッドの問いに対し、ヴァイスはしばし悩んだ末にそう答える。
まぁ、六竜だというのが秘密である以上はそう答えるしかあるまい。
「人間、誰しも触れられたくない過去があるんだから、深く気にしない方がいいって」
「む、確かにそうだな。すまない、少し踏み込みすぎたようだ」
ヴァイスをフォローするように俺が発言すると、モルドレッドは申し訳なさそうに謝ってくる。
隠し事をしているのは俺たちなのだから、逆にこっちが申し訳ない。
せめてヴァイスが六竜でなければ、ある程度は話せたんだけどな。
……いや、そうするとヴァイスを召喚した経緯も話さないといけなくなるからやっぱ無理だな。
「ま、機会があればいずれ話そう。いずれ、な」
「その機会が来る時を楽しみに待っているよ」
そんな感じに、他愛ない会話をしながら俺達は地下を進んでいく。
地下は割と広いらしく、一本道ではあるがもう結構な時間を歩いている。
とりあえず、モンスターは今のところ出会う気配はない。
「この遺跡は、いったい何のための建物だったんだろうな」
歩き始めてからしばらく経った頃、モルドレッドがポツリと呟く。
「さぁのう……アンセルは知っておるか?」
「いや、俺も知らんな……。文献にも残ってないし、詳しい事は……あ、でもラピスが言うには何かの研究施設だったとかなんとか」
それも結構昔の話らしいから、結局何の研究施設かまでは分からないそうだが。
不自然なまでに情報が少なく、この遺跡は謎が多いのだ。
「研究施設、か。こんな人気のない場所に建てたくらいだからきっと、ろくでもないものなんじゃろうな」
「そ、それは流石に偏見じゃないだろうか」
ヴァイスの言葉に戸惑うモルドレッドだったが、あながち的外れではないように思う。
何せ、先ほどから気にしないようにしてはいたが、地下に充満している魔力がひどく禍々しい。
最初はそうでもなかったが、中に進むほどに強烈になっていった。
正直言えば、今すぐ帰りたいくらいだ。
が、俺が帰りたいと言ったところでヴァイスとモルドレッドは帰らないだろう。
となると、俺一人で帰らなければいけなくなる。
こんな薄暗くてヤバイ雰囲気プンプンの所を一人で帰るなど、それこそ無理な話だ。
なので、結局彼女らについていくしかないという事になる。
まぁ、ヴァイスの傍が一番安全というのもあるが。
「お? なんか、扉みたいなのが見えてきたな」
それからまたしばらく進んでいると、ようやく扉らしきものが見えてくる。
長い間放置されていた割にはしっかりとした鉄製の扉だ。
俺から見ても分かるほどに強力な結界が施されていて、明らかに何かありますと訴えかけていた。
「恐らく、この先が最奥じゃろうな」
「しかし、結界が張られていて簡単に開きそうに……」
モルドレッドが言い終える前に、バキンと派手な音がする。
「ん? 何か言うたかの?」
見れば、そこには呆気なく扉を開いているヴァイスの姿があった。
先ほどまで存在していた結界は、無残に消え去っている。
なんていうか……うん、やっぱ六竜って規格外だわ。
我ながら、何で召喚できたか不思議でならない。
「ほれ、二人とも。呆けとらんでさっさと中に入るぞ」
俺とモルドレッドが呆気にとられていると、そんな事などお構いなしにヴァイスはさっさと中へ入ってしまう。
もうちょっとこう……躊躇うとかしようよと激しくツッコみたい。
が、それをヴァイスに言った所で無駄だとわかっているので、俺は軽く溜息を吐きながら扉の先へと進む。
中は、割と広めの研究室といった感じだった。
何に使うか分からない実験器具がそこかしこに散らばっている。
もっとも、永い間放置されていたせいかほとんどが原形を保っていない。
何かの液体だったであろう薬品も固形化してヒビが入っている。
そして、中央には白く輝く水晶玉がフワリと浮いていた。
一見神々しく見える光だが、実際にはものすごく禍々しい魔力が漏れ出していた。
おそらくは、これが魔力の源だろう。
「なんだ、あの水晶玉は? 凄く恐ろしい気配を感じるのだが」
最後に部屋に入ってきたモルドレッドは冷や汗を垂らしながらつぶやく。
アレには触れてはいけないと、俺の本能が告げていた。
「とりあえず、アレは放置してまずは情報収集じゃ。もしかしたらアレに関しての記述が見つかるかもしれんからな」
「分かった」
「了解」
ヴァイスの言葉に、俺達は何か文献が残っていないか部屋を探索し始める。
「ヴァイス、大丈夫か?」
あの水晶玉を見てから、険しい表情を浮かべているヴァイスに俺は話しかける。
「ん? あ、あぁワシは大丈夫じゃ」
とてもそうは見えないんだが、本人が大丈夫だと言い張っている以上、俺には何もできない。
ヴァイスの状態も気になるが、まずはあの水晶玉の正体を探らなければ。
それからどのくらいの時間が経っただろうか。
俺は、一冊のボロボロの本を見つける。
例に漏れず、本も経年劣化により今にも脆く崩れ去りそうだった。
細心の注意を払いながら、俺は本をめくり中身を確認する。
どうやら古代文字で書かれているようで、すぐには内容が理解できそうにはない。
時間さえかければ解読できるだろうが、流石にそんな悠長にしている時間は無いだろう
「何か見つけたのかの?」
「あぁ、これなんだけど……」
俺は、ヴァイスに見つけた本を見せる。
「ふむ、これまた随分古い文字で書かれているのう」
「読めるのか?」
「もちろんじゃ。ワシを誰だと思っておる。古代文字を読むくらい朝飯前じゃ」
ヴァイスは自慢げにそう言うと、フフンと鼻を鳴らす。
流石は千年喪女。
長生きしているのは伊達じゃないという事か。
「それじゃ、まずはワシが読んでから内容を聞かせてやろうかの」
「本自体が脆くなってるから、うっかり破いたりするなよ?」
「むぅ、そこまでワシはドジっ子じゃないわい!」
プンスカと怒るヴァイスだが、前科がありまくるので正直あんまり信用できない。
「ごほん! とりあえず、ワシに任せおけい!」
ヴァイスはわざとらしく咳払いをすると、古代文字が書かれた本を読み始める。
「……」
「ヴァ、ヴァイスさん?」
本を読み始めたかと思うと、どんどん体から怒気というか殺気が漏れ始めたヴァイスに戦慄を覚えながらも話しかける。
「どうやら、これは日誌のようじゃの。もんのすごい不快なことが書かれておるわ」
あのヴァイスをここまで不機嫌にさせるなんて、いったいどんなえぐい事が書かれてるんだろうか。
気になるけど聞きたくないような、複雑な気分である。
「とりあえず、要約するとあの水晶玉は危険じゃから触らない方が……」
ヴァイスが言い終わる間際、パリンと何かが割れる音が聞こえる。
若干の既視感を覚えつつも、俺とヴァイスが音のした方を見ると呆然としたモルドレッドの姿が見えた。
「ち、違うんだ……その部屋が暗くてついぶつかってしまったんだ……」
オロオロしながら言い訳をするモルドレッドの目線の先には、粉々になった水晶玉があった。
「あ……」
ヴァイスが何かを喋ろうとした瞬間、部屋全体が激しく揺れたかと思うと頭に衝撃が走り、俺はそこで意識が途絶えるのだった。
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