第1話 仮初の嫁が出来たんだが
「いや、それにしても驚いたぞ。まさか、呼び出されたと思ったら求婚されるとは思わなんだ」
「ちょ、ちょちょっと待った! 求婚⁉ 誰が⁉」
ヴァイスの突然の発言に一瞬呆然としかけたが、すぐに我に返ると俺は慌てて尋ねる。
俺は、いったいいつ求婚をしたのだろうか。
そもそも、彼……いや、彼女だったのか?
見た目からは性別の判断が全然できない。
「む? 婿殿がワシに求婚したではないか。嫁が欲しいと」
「いや、確かに言ったけど……なんでそれがヴァイスに求婚したことになるんだよ……」
いったい、どういう風に解釈すれば求婚したことになるのだろうか。
「し、しかしじゃな。わざわざワシのようなドラゴンを呼び出して、嫁が欲しいと言われれば、ワシが求婚されたと思うじゃろ?」
「ヴァイスのようなって、『願いを叶える龍』を呼び出したら、そりゃ願い事を言うに決まってるだろ」
「え? なんじゃ、その『願いを叶える龍』って」
……あれ? 嫌な予感がしてきたぞ。
「え、えーと、つかぬことをお聞きしたいのですが……ヴァイスさんは、『願いを叶える龍』様であらせられない?」
「何で急に敬語なんじゃ。ワシと婿殿の仲じゃろうに。まぁよい……何を勘違いしてるかは知らんが、ワシにそんな力はないぞ」
なん……だと……?
「じゃ、じゃあ! なんで、出合い頭に「何を望む?」なんて聞いたんだ?」
「そりゃ、わざわざワシを呼び出したからには何か理由があったと思ったからのう。定型句みたいなもんじゃよ」
ヴァイスの言葉に、俺は衝撃を隠し切れない。
まさかのドラゴン違いである。
そりゃ、『願いを叶える龍』でないなら、いきなりあんなことを言われれば求婚したと思われても仕方な……。
「いや、ねーよ! それでも、勘違いするには無理があるだろ!」
「じゃから、ワシは聞いたではないか! 本気かと! そしたら、婿殿は種族も年の差も気にしないと言ったではないか! 勘違いしても仕方なかろう!」
「うぐ……っ」
ヴァイスの言葉に、俺は思わず言葉を詰まらせる。
確かに、求婚されてるという前提で改めて考えてみれば、俺が本気でヴァイスを口説き落とそうとしてるように見えなくもない。
だが、それでもやはり無理が無いだろうか。
「ワシ……千年ほど生きているが、その……今まで異性と付き合ったことはなかったんじゃ。だから、初対面とはいえ、求婚されたのは嬉しかったんじゃぞ?」
千年……。
そのあまりの年月の長さに、俺は眩暈がする。
三十年ですら長いと感じていたのに、千年となればどれほどの感覚なのか想像もつかない。
彼女は俺とどこか似ている。
「まぁでも、ワシの勘違いならば仕方あるまい。早とちりしたワシが悪いんじゃしな……迷惑をかけたのぅ……」
ヴァイスはしょげた様子でそう言うと、俺をそっと地面へと降ろす。
「さて、ワシは帰ることに……」
「な、なぁ!」
えらく落ち込んだ様子で帰ろうとするヴァイスに、俺は意を決して声をかける。
流石にこのまま帰すのもしのびないと思わず引き止めてしまったのだが……何て声を掛けたらいいのだろうか。
「その……さ……とりあえず、お試しっていうのはどうかな?」
「お試し、じゃと?」
「あ、あぁ。ほら、人間とドラゴン。本人同士は問題ないと言っても、種族が違うと常識が変わってくるだろ? だから、ある程度一緒に暮らして問題が無いか確かめるんだ。それに、お互いの事何も知らないしな」
別にお試しで結婚しなくても友達とかでも良かったんじゃないかと後で気が付いたが、この時は俺も混乱してそこまで気が回らなかった。
「婿殿……」
「それに! 勘違いとはいえ、そっちを呼び出した俺にも責任はあるしな! うん! だから、罪滅ぼしってわけじゃないけど……どうかな?」
「……」
流石にダメか?
まぁ、結婚のお試しとか聞いたことないしな。
それでダメだったらこの話は無しとか不誠実にもほどがある。
「婿殿ぉ!」
「ぎゃああああああ⁉」
俺がおそるおそる様子をうかがっていると、何をとち狂ったのかヴァイスはその恐ろしい顔を一気に近づけてくる。
短い会話の中でも、彼女は危険な存在ではないとわかってはいたが……それでも、突然近づかれるとビビってしまう。
チビッてないか確認してしまったほどだ。
……俺の名誉のため、確認の結果チビってはいなかった事だけ報告しておこう。
「婿殿! ワシ、頑張るからのぅ! おぬしに好かれるよう頑張るから!」
「分かった! 分かったから離れて! 近い近い!」
ガバリと大きく口を開きながら捲し立てるヴァイスを落ち着かせるべく、俺は必死に宥める。
口が開かれたことで、鋭い大きな牙が何本も見え凶悪さが増している。
……ちょっとだけチビったかもしれない。
◆
「さて、これからどうするんじゃ? 婿殿よ」
話し合いもひと段落着いたところで、ヴァイスが話しかけてくる。
「というか、そもそもここはどこなんじゃ?」
ヴァイスは、改めて周りを見渡しながら首をかしげる。
今、俺達が居るのは森の中にある遺跡だ。
遺跡と言っても、建物として残っているわけではなく床や柱などそれっぽいものがあるだけだ。
『願いを叶える龍』がどれほどの大きさか分からなかったので、混乱を避けるために人気のない場所までやってきて召喚の儀式を行ったというわけだ。
それに、嫁欲しさに他人|(?)の力を借りようとしてるのがもしバレたら、俺は恥ずかしすぎて外を出歩けなくなってしまう。
……尤も、そこまでして召喚したのが別人ならぬ別ドラゴンだったわけだがな。
俺、生物の召喚は苦手なんだよなぁ。
もう少し真面目に欠点を克服しておけばよかった。
「婿殿?」
「あぁ、ごめんごめん。なんだっけ」
自己嫌悪に陥りかけていたところをヴァイスに声を掛けられ、俺は我に返る。
いかんな、こうやってすぐに自分の世界に入ってしまうのも悪い癖だ。
「ここがどこかと聞いてるんじゃよ。それと、これからどうするかも」
あぁ、そういえばそんな話してたっけか。
「ここは、名前は知らないけど森の中の遺跡……だと思う。願いを叶える龍を召喚する為に、人気のない場所を探してたらここを見つけて、使わせてもらったんだ」
「なるほど、遺跡か……」
「何か問題でもあったか?」
何やら意味深っぽく呟くヴァイスに尋ねてみるが、彼女は何でもないという風に首を横に振る。
「いや、気にせんでくれ。おそらく、ワシの思い過ごしじゃろうしな」
そんな事を言われると一層気になるんだが、深くツッコめる程俺の肝は据わっていない。
まだ、彼女とは知り合ったばかりなのでどこに地雷があるか分からないから、慎重になるべきだろう。
とりあえず、タメ口は大丈夫そうではあるが。
「それで、これからどうするかなんだけど……とりあえず、街に戻ろうかなって思ってるんだ。ただ……」
「何じゃ? ワシと婿殿の仲じゃ、遠慮せずに言うてみい」
ヴァイスの方を見ながら言いよどむ俺を見て、彼女は首をかしげながらそんな事を言う。
出会ったばかりなのに、俺と彼女の仲と言われてもリアクションに困るが、言わなきゃ言わないで話が進まないので結局言わなければならない。
「えーと、大変言いにくいんだけど……ヴァイスの……その、今の姿だと街に行ったときに大騒ぎになるんじゃないかなって……」
初めの会話で、割とポンコツな部類のドラゴンだと俺は分かっているが、ヴァイスを初めて見る人にとってはそうではない。
初見からすれば、彼女は強大で凶悪なドラゴンに見える事だろう。
そんなドラゴンが街に来たらどうなるか?
結果は火を見るよりも明らかである。
騒ぎが起きる程度ならばまだいいが、もし討伐隊とか差し向けられたら目も当てられない。
しかも、手違いとはいえヴァイスを召喚したのは俺だ。
主犯格として捕まってしまえば、極刑は免れないだろう。
というわけで、できればそういう事態は避けたいというのが本音である。
「あぁ、そういう事か。確かに、定命の者達からすれば、ワシの今の姿は恐ろしく見えるであろうな」
自分の姿に自覚があるのか、ヴァイスは納得したように頷く。
「ならば……ふんっ!」
ヴァイスは全身に力を入れたかと思うと、全身を白い煙のようなもので覆われていく。
そして、その煙は段々と小さくなっていくではないか。
「ま、まさか……」
これはもしかしてあれか? 人型になるんじゃないか?
昔ながらの英雄譚ではドラゴンはよく人型に変身をする。
しかも、ほとんどが美男美女である。
もし、ヴァイスが美女に変身した場合、俺は躊躇わず求婚する自信がある。
千歳とかドラゴンとかは関係ない。
いくらきれいごとを言ったところで、人間見た目がすべてである。
見た目が美女なら、全てが許容されるのだ。
まぁ、それでも性格が最悪だったりとかは遠慮したいので限度はあるが。
そうこうしている内に、煙はやがて俺の腰くらいまでの高さにまで小さくなる。
もちろん、先ほどまで見上げるような大きさだったヴァイスの姿は無い。
……ていうか、少し小さくねーか?
俺が半ば嫌な予感を感じていると、ついに煙が晴れヴァイスの姿が露になる。
「どうじゃ、婿殿。これならば、問題ないであろう?」
そこには、俺の腰くらいの大きさにまで小さくなったヴァイスの姿があった。
人型ではなく、あくまで先ほどの間でのドラゴンの姿がそのまま小さくなっただけだ。
…………そんなこったろうと思ったよ、どちくしょー!
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