嫁が欲しいと願ったらドラゴンが嫁になったんだが

已己巳己

プロローグ

「定命の者よ……我を呼び出し何を望む……?」


 思わず見とれてしまいそうなほどに真っ白な鱗を纏い、射貫くような瞳でジッとこちらを見下ろしながら厳かな声でソレは話す。

 目の前には、見上げんばかりの巨大な白いドラゴン。

 そこに居るだけで威圧感を放ち、神々しさすら感じる。

 通常、ピンキリとはいえドラゴンと言えば、腕利きの冒険者が束になってようやく勝てるような存在だ。

 俺のような雑魚がドラゴンと出会えば、一瞬で挽肉にされるだろう。

 だが、目の前のドラゴンと対峙し、俺が感じたのは死の恐怖ではなく……達成感だった。


「成功した……」


 右手に抱えた本をギュッと掴みなおし、俺はポツリと呟く。

 悲願を成し遂げるため、俺は神にも縋る思いで彼を召喚したのだ。

 俺の願いは、人外の力を借りなければもはや叶わない。

 諦めかけていたある日、俺は『願いを叶える龍』の存在を知る。

 とある魔導書に『願いを叶える龍』を召喚する為の方法が書かれていたが、誰も成功しなかったためにガセだと思われていた。

 だが、実際はどうだ!

 俺の呼ぶ声に応え、『願いを叶える龍』は俺の目の前に現れたではないか!


「……? 定命の者よ、何故なにゆえなにも喋らぬ? さぁ、汝の望みを言うがよい」

 

 おっとしまった。

 感動のあまり、ドラゴンを放置してしまっていた。

 本には危険は無いと書かれていたが、それでも呼び出しておいて無視をしていたら、悪気が無かったとはいえ機嫌を損ねてしまうかもしれない。

 俺は、落ち着くために深呼吸をすると、目の前のドラゴンを見据えて口を開く。


「嫁が……欲しい!」

 

 俺は、全身全霊の……万感の思いを込めてそう叫んだ。

 嫁。それはモテない男の夢。男を包み込んでくれる母性の塊。


「ほ、本気か? おぬし……」


 渾身の願いを聞き、ドラゴンは戸惑ったような様子を見せる。

 俺は、ドラゴンのその言葉にコクリと頷く。

 俺の名前は、アンセル・フォーギュスター。

 今年で三十歳で、生まれてから一度も彼女ができたことはない。

 ……そして、童貞である。

 今まで自分なりに努力はしてきたが、どういう訳か異性にモテたためしがない。

 たまに告白しても、「君はいい人だとは思うけど、そういう目では見れないかな」などと断られてしまうのが常だ。

 そしてこの間、めでたく三百回目の失恋を迎えてしまったというわけだ。

 もう、これは神にでも縋らないと無理だと思っていたところへ『願いを叶える龍』の存在である。

 まさに渡りに船とはこのことだ。

 次、また召喚が成功するとは限らない。

 故に、俺はこのチャンスを逃すわけにはいかないのだ。


「し、しかしじゃな……」


 だが、いまいち俺の熱意が伝わっていないのか、ドラゴンは渋る様子を見せてきた。

 ここが正念場だ。何としても、嫁が欲しいという事を伝えなければならない。

 いや、最悪嫁じゃなくてもいい。

 可愛い彼女が出来るだけでも儲けものである。


「しゅ、種族の差とか……」

「種族の違いなど些細な問題だ!」


 そう、今の時代……たかが種族の差で結婚を躊躇うなどナンセンスにも程がある。

 異種族間で結婚など珍しくもない。


「もちろん、年の差も気にしない!」


 種族が違えば、当然寿命の長さも変わってくる。

 エルフなど、それが顕著だろう。

 俺が知る限りでも、エルフはかなりの長命だ。

 例えば、人間で言えば百歳はしわくちゃのババアだが、エルフの百歳はまだまだ若い。

 見た目が美人ならば、百歳だろうが千歳だろうが俺にとっては些細な問題である。


「……どうやら、本気のようじゃな」


 どうやら、ようやく俺の熱意が伝わったようである。

 魔導書には、とくにリスクなどは書かれていなかったが、もし見返りに何かを要求されたら寿命の数年くらいはくれてやるつもりだ。

 ……それくらい切実なのだ。


「しかし、おぬしも変わり者であるな。それとも、定命の者は皆こうなのか?」

「いや……どうだろう。個人差はあるけど、割と普通の事だと思う……思いたい」


 まぁ、全くモテないという点では確かに珍しいと言えなくもないかもしれないが、嫁が欲しいというのはいたって普通の願いではないだろうか。


「そうか。……おぬし、名は?」

「アンセル……フォーギュスターだ」


 俺が名乗ると、ドラゴンは満足げに頷く。


「ふむ、良い名だ。アンセルよ、我……いや、ワシの名はヴァイスじゃ」


 ドラゴン……ヴァイスがそう名乗ると、俺を掌に乗せて顔を近づける。

 口から剥き出しの鋭い牙が何本も見えて思わず委縮してしまうが、ヴァイスの宝石のような金色の瞳に見つめられると不思議と見とれてしまう。


「浮気は許さんぞ……? いや、女にモテるのは男の甲斐性かもしれんが、それでも良い気はせんのでな」

「もちろんだ。俺は一筋だからな」


 可愛い嫁さんが出来たら、浮気なんてするはずもない。


「そ、それならばよい。……その、不束者ふつつかものじゃが、よろしく頼むぞ? 婿殿よ」


 ……なんだって?

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