最終話 ドラゴンを召喚したら嫁になったんだが

「ここは……」


 目が覚めると、目の前には見慣れた天井があった。

 起き上がって周りを確認してみると、どうやらここは俺が借りている部屋のようだった。 


「何でここに……俺は確か……そうだ! ヴァイス!」


 ぼやけていた意識がだんだんはっきりしてくると、俺はいつも自分の傍に居た少女の姿を探す。

 しかし、部屋の中には居なかったために俺は彼女を探す為にベッドから立ち上がろうとしたが、力が入らずそのまま倒れ込んでしまう。


「ぐっ……」


 床にぶつかった痛みで顔が歪むが、今はそれよりもヴァイスである。

 あの六竜もどきを倒した後の記憶がない事から、おそらくは魔力切れで気を失ったんだとは思うが……。

 ヴァイスは無事なのだろうか。


「おお、アンセル。目が覚め……って、何やってるんじゃ⁉」


 力の入らない体を必死に起こそうとしていると、不意に部屋の扉が開き俺が探していた少女が現れる。

 

「あぁ、ヴァイス……無事だったか」


 いつも通りの元気そうな様子に俺は思わず安堵する。

 彼女を守りたくて奥の手まで出したのに、もし死んでいたりしたら俺は立ち直れなかったかもしれない。

 

「それは、まぁ……おぬしのお陰で何とか生きておるわい」


 ヴァイスはそう答えながら、俺を軽々と抱き上げるとベッドに座らせてくれる。


「怪我の方はどうなんだ?」


 ドラゴン形態の時しか見てないから何とも言えないが、あれは明らかに大怪我のレベルだった。

 今のヴァイスには傷一つ見当たらないが、人間形態の時には反映されないみたいなことがあるかもしれない。


「それも、もう平気じゃ。何せ、あれから一週間も経っておるからのう。ワシの生命力をもってすれば、どんな大怪我でも一週間あれば完治じゃわい」

「一週間⁉ 俺、一週間も寝てたのか?」


 ヴァイスの怪我が治っているのは何よりだが、それよりもあの戦いから一週間も経っていることに驚きを隠せない。

 魔力切れを起こした場合、気を失う事はあるが自然回復を待ったとしても最低でも丸一日あれば回復するはずだ。

 今まで、魔剣を使ってきてそんな場面に遭遇したことが無いので、驚いてしまうのも無理はない。


「そうじゃ、一週間じゃ。あんなとんでもない魔剣を使えば当然の事じゃがな。何せ、おぬしは一度死んでおったんじゃから」

「は? 死んだ?」


 誰が? 俺が?

 俺は自分の体を改めて見てみるが、特に何か不調は見当たらない。


「うむ。おぬしは間違いなく死んでおった。まず間違いなく、あの六竜もどきを屠った時に使った武器が原因じゃろう」


 俺の奥の手の一つである魔剣……通称『竜殺し』。

 正式名称までは分からないが、竜さえ屠るその威力の高さに、竜殺しという名で今日まで伝わってきた武器だ。

 今までに屠ってきたドラゴンの怨念か、威力の高さ故のリスクかは分からないが、一度使えば寿命を削られるという代物だ。

 どのくらい削られるかはまさに神のみぞ知るといった感じなのだが……ヴァイスの言う事を信じるならば、俺は寄りにもよって大ハズレを引いてしまったようだ。


「だけど、本当に死んだなら何で俺は今生きてるんだ?」

「それは……」


 俺が尋ねると、ヴァイスは何やらバツが悪そうな顔をしてモジモジし始める。


「その……怒らんか?」

「聞いてみない事には何とも言えないけど、多分助けてもらったんだろうし怒る要素がないよ」


 命を助けて貰って怒るような恩知らずが居たら、逆に見てみたいレベルである。


「……さっきも言った通り、六竜もどきを屠った際、おぬしも死んでおったんじゃ。ワシを守って誰かが死ぬなんていうのは、ワシには耐えられんでな。それが特におぬしともなれば、その思いは格別じゃ」


 俺としては、ヴァイスが守れれば本望だったんだが、確かに残された奴らにとってはたまったもんじゃないよな。

 あの時は、俺も冷静じゃなかったし。


「おぬしを死なせたくない。その思いから、ワシはあることを決意したんじゃ。……それが、例えおぬしに恨まれる結果になろうとも死なれるよりはマシだと考えた」

「……それで、そのある事って言うのは?」

「ワシの魂の半分をおぬしに分け与えたんじゃ」

「何だって?」


 一瞬、ヴァイスが何を言っているのか分からず俺は思わず聞き返してしまう。


「じゃからな? 残りの寿命が無くなってしまったおぬしを生き返らせるには、足りない寿命を増やすしかないんじゃ。幸い、ワシは六竜の内の一匹。寿命だけは腐るほどあるでの……魂を半分削った所で大した差は無いんじゃ」


 寿命が半分って、人間からすればとんでもないんだがそこはやはり種族の違いだろうな。

 だが、聞く限りではやはり怒る要素が見当たらない。

 それどころか、わざわざ文字通り命を削ってまで俺を助けてくれたのだから感謝しかない。


「そ、それでここからが本題なんじゃが……ワシの魂を分けた事で、おぬしは人ではなくなったんじゃ。そして、寿命に関しても人よりも遥かに長生きするようになった」

「……」

「おまけにな、ワシの魂を半分与えた事でおぬしとワシは離れることが出来なくなったんじゃ。そうじゃの……この街の中なら平気じゃが、それ以上離れるとお互い死んでしまうかの。……おぬしを死なせたくないというワシのエゴで勝手なことをしてすまんかった。じゃが! ワシはおぬしに恨まれてもいいから生きててほしかったんじゃ!」


 そう叫ぶヴァイスは目が潤んでおり、今にも泣きだしそうだった。

 ……俺の体には今、ヴァイスの魂が入っている。

 そう認識してみると、確かに体の中に暖かい何かを感じるような気がしないでもない。

 その影響かどうかは知らんが、ヴァイスの事もいつもより愛しく感じる。

 俺の中の魂とヴァイスの中の魂が惹かれ合ってるせいかもしれない。

 

 そして……俺は人間をやめてしまった。

 もちろん、人間でなくなってしまった事はショックではあるが、寿命が延びたという点ではハーレムを作りやすくなったと考えればむしろ利点だろう。

 それになにより、人間でなくなったという事は……。


「そうか。人間じゃないなら、合法ロリとも付き合えるんだ」

「へぁ?」


 そう、人間の時ならば人間の常識に囚われ、いくら年上でも見た目が少女の子と付き合うのは無理があったが人間でないならその常識に囚われることもない。


「よし、ヴァイス。俺と結婚しよう」


 そして、俺は何ら迷うことなくこれ以上ないくらいの決め顔でヴァイスにプロポーズをする。

 ビバ人外。


「あ、あほかー! いくらワシでも、そんな理由で求婚されてもちょっとしか嬉しくないわ!」

「ちょっとは嬉しいのか」


 顔を真っ赤にして怒るヴァイスだが、口元は非常ににやけているので顔が赤い理由が怒っているからなのか照れているからなのか判断がつきにくい。


「なんじゃもう! おぬしに嫌われると思ってビクビクしてたのにもう! 悩んでたワシがバカみたいじゃろ!」

「やーい、ぽんこつー」

「ポンコツじゃないわい!」

「ははは、まぁさっきのは場を和ませるための冗談としてだ」

「……本当に冗談じゃろうな?」


 流石に冗談がきつすぎたのか、ヴァイスは疑惑に満ちた目でこちらをジトリと睨んでくる。

 ……本当に冗談ダヨ?


「本当に本当だって。……ヴァイスには感謝してるよ。こんなどうしようもない俺を助けてくれたんだから」

「おぬしを愛してるんじゃから、当然じゃ!」


 ……こいつは、本当にどこまでもストレートに愛情表現をしてくるな。

 そこがヴァイスの良いところでもあるんだが。


「と、ところでさ! 六竜もどきを倒した後って、どうなったんだ?」


 俺は若干の気恥ずかしさを感じながら、やや強引に話題を変える。

 ヴァイスが大丈夫だとわかったら、次に気になるのはその件である。


「それは、私から話そう」


 俺のそんな問いに答えたのは、ヴァイスではなくモルドレッドだった。

 どうやら、俺とヴァイスが話している間にやってきたらしい。


「アンセル殿のお陰であの六竜もどきは完全に死亡した。それに伴い、魔力が断たれた影響でモンスターも湧かなくなり一掃するのは苦ではなかった。改めて礼を言う。君は英雄だ」

「英雄だなんて……俺はそんな柄じゃねーよ」


 もとはといえば、俺がヴァイスを召喚したのが原因だから何とも言えない。

 俺がヴァイスを召喚しなければ、こんな事は起きなかったのだから。


「謙遜するな。君がこの街……いや、世界を救ったのは事実なのだから。あのドラゴンを放置すれば、間違いなくこの世界は危機に瀕していただろう。それほどに、奴の存在は強大だったのだ」


 なんだか、俺が思っている以上に話の規模がデカくなっている気がする。


「それに伴い、君には報酬が出ることになった。ついては、私達と共に王都へと来てほしい」

「……報酬だけ送ってもらえませんかね」


 俺としては、出来るだけ王都へは行きたくない。


「君の事情も分かるが、事が事だけにそうもいかないんだ。すまない」


 そんな事を言われたら、俺はもう何も言えなくなってしまう。

 仕方あるまい……ここで断って、後でさらに厄介なことが舞い込んできても困るしな。


「分かった。王都についていこう」

「そう言ってもらえると助かる。王都へ行く際は、予め伝えるからそれまで準備をしていてくれ」


 モルドレッドはそう言うと、言いたいことは全て言ったとばかりに部屋から出ていこうとする。


「あぁそうだ」

「ん?」

「あの時の君は、かっこよかったぞ」


 モルドレッドは、若干顔を赤らめながらそう言うと今度こそ部屋から出ていった。

 ……あれ、これもしかして脈ありなんじゃね?


「むーっ!」


 モルドレッドの言葉を反芻していると、ヴァイスが不機嫌そうに俺の脇腹をつついてくる。


「やめなさい、くすぐったいでしょ」

「おぬしが、ワシの目の前でまた他の女にデレデレしておるからじゃろうが!」

「いや、あんなこと言われたら普通期待しちゃうでしょ」


 だって男だもん。仕方ないよね。

 モルドレッドの言葉を借りるならば、俺は英雄らしいし?

 英雄色を好むっていうしね。


「はぁ……まぁ、そういう所を含めておぬしを好きになったんだから諦めるしかないか。それよりも、本当に良かったのか?」

「何が?」

「ほれ、王都じゃよ。本当は行きたくないんじゃろ? おぬしの事情については……その、モルドレッドから聞いておるしな」


 あぁ、俺が半ば勘当されたっていう話を聞いたのか。

 ま、ヴァイスにはいずれ話すつもりだったし別にいいか。


「いや、最初はそう思ってたんだけどさ。いい機会かなって」

「何がじゃ?」

「ん、俺の嫁さんはドラゴンだって自慢するのにさ」


 フォーギュスター家は、召喚術の名家ではあるが今までにドラゴン……しかも六竜を召喚した奴が居るという話は聞いたことがない。

 無能と蔑み、見下してきた俺がドラゴンであるヴァイスを召喚したと知ったら、きっと愉快なことになるに違いない。


「よ、よよよ嫁じゃと⁉ そ、それはつまりあれか? 仮初の関係をやめるとかそういう事かの?」

「さぁてね」


 何やら期待に満ちた眼差しで見てくるヴァイスに対し、俺は不敵な笑みを浮かべる。


「あっ、さてはまたワシをからかったな⁉」

「ははははは! あ、痛い⁉ それはちょっと素で痛い!」


 頬を膨らませて怒るヴァイスだったが、その攻撃が思いのほかマジだったので俺は思わず逃げる。

 会話をしている内に体力も戻ってきたらしく、動けるようになっていた。


「あ、待たんかこら!」


 そして、それを見て追いかけてくるヴァイス。

 千年間彼氏が居ない喪女で、ポンコツで、やきもち焼きで――。


「待てと言われて待つ奴がいるか!」


 そして世界で一番強く、そして愛おしいドラゴン。

 これから先がどうなるかは俺にも予想できないが、彼女と一緒ならきっと退屈しないだろう。

 いつかは仮初でなく本当の夫婦になる日が来るかもしれない。

 

 ――――そして、いつか出会った時の話を聞かれたら俺はこう切り出すだろう。


 ドラゴンを召喚したら嫁になったんだが……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嫁が欲しいと願ったらドラゴンが嫁になったんだが 已己巳己 @Karasuma_Torimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ