第18話 ちょっとマジになってみたんだが

「うらああああああああ!」


 右手に持つ剣を一閃し、モンスターを薙ぎ払う。

 カエルに似たモンスターは、断末魔の叫びをあげながら倒れ伏すがすぐに別のモンスターが湧いて出てくる。


「あぁ、くそっ! どんだけ居るんだよ!」


 もうどれだけのモンスターを倒したか分からない。

 思わず愚痴をこぼしたくなったのも仕方のないことだと思いたい。


「愚痴を言っている暇があるなら手を動かせ!」

「さっきから動かしまくってるわ!」


 俺の愚痴を聞いてモルドレッドが叱咤してくるが、負けじと俺も言い返す。

 まじで今までにないくらいに本気で働いてるのだから、少しくらい大目に見て欲しいものだ。

 魔剣達を使えばもっと楽に戦えるのだろうが、魔力をあほみたいに消費するのでリスキーすぎる。

 それゆえに普通の武器を使っているのだが……モンスターもまた強力な為にすぐダメになってしまう。

 武器は無限ではなく有限なので、どっちにしろ在庫が尽きてしまえば手詰まりなので何ともし難い状況だ。


「君はフォーギュスター家の者だろう⁉ 強力な召喚獣を召喚したりはしないのか?」

「……」


 迫りくるモンスターを屠っていると、モルドレッドがそんな事を聞いてきたので俺は思わず黙ってしまう。


「どうした? 何故、黙っている」

「召喚獣が呼べたら確かに楽だが、それはできないんだ」


 召喚獣と言ってもピンキリではあるが、少なくとも最低限の戦力にはなるので呼べたら確かにいいだろう。

 だが、俺は召喚することができない。

 そして、それは実家……というか両親と仲が悪い事にもつながるのだ。


「どういう事だ?」

「俺は……」

『グルアアアア!』

『ガアアアアア!』


 召喚獣を呼ばない理由を話そうとしたところで、二つの咆哮が聞こえてくる。

 方向が聞こえてきた方向を見れば、そちらでは二体の白いドラゴンが戦っていた。

 言わずもがな、一体はヴァイスでもう一体は六竜もどきである。

 ヴァイスと同じ白いドラゴンだったというのは予想外だったが、まぁ区別はつくから良しとしよう。


「うーむ、どっちがヴァイス殿か分からんな……」


 二体のドラゴンの戦いを眺めながら、モルドレッドがポツリと呟く。


「え? いやいや、ヴァイスがどっちかなんてのはすぐに分かるだろ」


 まったく、このドジッ娘は何を言っているのやら。

 確かに色は似てるが、流石に遠目で見ても区別がつく。

 ……って、そういえばモルドレッドはヴァイスのドラゴンの姿を知らなかったな。

 なら、区別がつかなくても仕方ないな。


「ほら、右の方のドラゴンがヴァイスだよ」

「……なるほど」


 俺が親切に教えてやると、モルドレッドは何か納得がいかないといった様子で頷く。


「これも愛の為せる業か」

「何か言ったか?」


 何やら聞こえないくらいの小さな声で呟くモルドレッドに尋ねるが、何でもないとはぐらかさられてしまった。

 気にはなったが、今はそんな事をしてる場合ではないので俺は直ぐに戦闘へと戻る。


「それで! さっきの話の続きだけども! 実は俺、生物の召喚がくそほどに苦手なんだよ!」


 そうなのだ。

 召喚術の名門に生まれながら、俺はその才能を受け継ぐことができなかったのだ。

 代々、強力な召喚獣を従える一族からすれば、俺のような存在は汚点でしかない。

 一応、武器や防具などの無機物は召喚できるが、それを両親は良しとしなかった。

 当然、俺への扱いも雑で良く言えば放任主義。悪く言えば、見捨てられたと言っても過言ではない。

 そこへ、たまたま王都へと来ていたラピスと出会い、なんやかんやでウェーディンで育てられたというわけだ。

 実家とは未だに確執があり、できれば今後も近づきたくない場所である。


「そういうわけだから! 俺の! ことは! アテにすんなよっと!」


 襲い掛かるモンスターを払いのけながら、俺はきっぱりと言い放つ。


「……すまない」


 俺の言葉から、何かを察したのかモルドレッドはそう謝ってくる。

 むしろ、戦力になれない俺の方が謝るべきなんだが、彼女はどこまでも生真面目なようだ。

 そんな事を考えていると、俺は突然言い知れぬ寒気を感じる。


『アンセル! 危ない!』


 寒気の正体を考える前に、ヴァイスの焦ったような声が聞こえる。

 思わずそちらを見れば、六竜もどきがこちらに向けて巨大な火球を放ったところだった。

 まずい、と思った瞬間俺達の前に大きな影ができる。


『アグゥ⁉』

「ヴァイス!」


 そして、それがすぐにヴァイスだと判明する。

 どうやら、六竜もどきが放った火球をヴァイスが盾になって防いだようだ。

 火球を真正面から受けたヴァイスはグラリとそのまま地面に倒れ伏してしまう。


『アンセル、無事じゃったか?』

「俺は無事だけど、何でこんな無茶を……」


 本来のヴァイスならば、もどき如きの攻撃なんざ屁でもないはずだ。

 

『アンセルは……ワシの大事な夫じゃからな。最優先で助けるのは当たり前じゃろう。もっとも、助けるのを優先しすぎてこのざまじゃがな』

「……っ」


 ヴァイスの弱々しいその言葉に、俺は思わず息が詰まる。

 元々、ヴァイスは俺が手違いで呼び出してしまったのだ。

 そして、求婚されたと勘違いし、今の妙な関係が出来上がった。

 長年連れ添ったとか、深い関係とか、そういう間柄ではないのに、何故彼女はここまで必死になるのだろうか。


『さて……』


 俺がそんな事を考えていると、ヴァイスは自分を奮い立たせ無理やり立ち上がる。

 正面は六竜もどきの攻撃により、悲惨な状況になっている。

 素人目から見ても、安静にした方が良いとわかる。


「ヴァイス、無理はするな!」

『ふふ、無理くらいさせてくれ。おぬしを惚れさせるのに比べたら、これくらい屁でもないわ』

「なんで……なんでそこまで本気になれるんだよ……」

『何でじゃろうなぁ? まぁ、アンセルを愛しておるから、かの? 知っておるか? ワシはな、愛する者の為ならばどこまでも頑張れるんじゃよ』


 俺の力ない言葉に、ヴァイスはフフッと笑いながらそう答える。


「……」

『最初は勘違いから始まったかもしれない。千年も恋人はいなくて焦ってただけかもしれない。じゃがな、おぬしと共に過ごすことでワシはおぬしに改めて惹かれたんじゃ。そして、本気でおぬしと添い遂げたいと思うようになったんじゃ』


 ヴァイスはそこまで話すと、一呼吸おいて続きを話し始める。


『あ奴に勝ったらおぬしがワシに惚れてくれると聞けば、そりゃ頑張るしかないじゃろう』


 そんな……その場の雰囲気でつい言ってしまった言葉に、ヴァイスは本気で……。

 

『なぁに、思いの外強くて手こずってはいるが所詮は紛い物。ワシの敵ではない……ガハッ⁉』


 言葉の途中、何かの影が横切ったかと思うと突然ヴァイスが倒れ伏す。


『愛だのなんだのとくだらんな。これが、我の元になったかと思うと恥ずかしさすら覚えるぞ』


 気づけば、六竜もどきが弱ったヴァイスを足蹴にしていた。


「てめぇ! ヴァイスからどきやがれ!」

『ふん、矮小な人間風情が我に指図するでない。こやつも、こんな人間如きに恋をするから弱くなるのだ』


 六竜もどきはそう言うと、足蹴にしているヴァイスをさらに力強く踏みつける。


『グアアアアアア⁉』


 やはり、俺をかばった時のダメージが大きいのか、ヴァイスは苦しそうに暴れるが六竜もどきの拘束を外せないでいた。

 俺達が居なければ、ヴァイスもここまで苦戦することは無かったのに……。


『アンセル……そこの小娘と共に逃げろ……。こやつだけは、ワシの命に代えても始末して見せるでの』


 こんな状況になりながらも、なおヴァイスは俺の事を心配しそう言い放つ。


『黙れ! 高尚なるドラゴンが人間に媚びを売るな!』

『アガッ⁉ グッ!』

「アンセル殿! ここは、彼女の言う通り一旦退こう! ギルドに救援を要請し、戻ってくるんだ!」


 後ろでモンスターを捌いているモルドレッドがそう叫ぶが、残念ながら俺は退く気は無かった。

 

「おい、ヴァイスからどけよ。クソトカゲ」

『人間が指図するなと言っているだろう。なんだ? 力づくでどかせるか?』

「アンセル殿! 無茶だ! ヴァイス殿でも敵わなかった相手に勝てるわけがない!」


 後ろで尚もモルドレッドが叫ぶ。

 確かに、こんな奴相手に普通ならば勝てはしない。

 ギルドからラピス含めた手練れたちを集めて討伐隊を組んだ方がよっぽど勝てるだろう。

 だが、奴は侮辱した。

 ヴァイスの想いを踏みにじり、あまつさえ恥とまで言い放った。

 ヴァイスは確かにポンコツだし千年喪女だしちょろいし、ロリにしか変身できないしと散々だ。

 だが、ヴァイスをよく知らない奴が侮辱していい理由にはならない。

 なんで俺がこんなに腹が立っているかは分からないが……目の前の六竜もどきだけは生かしてはおけないと理解できる。


「……モルドレッドは逃げていろ。俺の近くに居ると危険だから」


 普通ならば、無謀と言える戦いだ。

 だが、残念ながら俺は普通じゃない。

 確かに生物の召喚こそできないがその代わりに無機物の召喚はできる。

 武器コレクターでもある俺は、古今東西あらゆる場所からあらゆる武器を集めたのだ。

 そして、目の前の敵を屠れるであろう武器も持っている。

 ならば最初からそれを出せと言われるかもしれないが、これは俺の持つ魔剣の中でも最もリスキーな武器の為に最終手段として残しておいたのだ。

 そもそも、ヴァイス一人で余裕だと思っていたしな。

 だが、もはやそんな事は言っていられない。

 ヴァイスを犠牲にして生き残るくらいなら、心中覚悟で挑んでやる。


『クハハハハ! 矮小な人間が我に挑むか! 面白い! 何ができるか見ててやろうではないか! そして、希望ごと貴様らを打ち砕いてくれよう!』


 強者特有の傲慢さで六竜もどきはそう言い放つが、今はそれが有難い。

 なにせ、こいつは呼び出すのに多少の時間がかかるからな。

 俺は、六竜もどきに近づきながら呪文を唱え始める。

 まだ呼び出してすらいないのに、凄まじい勢いで魔力が消費されていくのを感じるが、気にしてる暇はない。

 地面に魔法陣が現れると、俺はそこに手を突っ込み目的の物を引っ張り上げる。

 

 ――それは、かつて神と称されるほどの英雄が使ってたと言われる代物だ。

 一振りすれば山を裂け、二振りすれば海が割れ、三振りすれば世界が分かたれる。

 実際にそんな効果は無いのだが、それでもドラゴン程度なら容易く屠ることができる伝説の武器。

 

『な、なんだそれは……何なんだそれは!』


 ここで六竜もどきもようやく、その武器の異様さに気付いたのか戸惑いを隠せないでいた。

 999体のドラゴンを狩り、999体のドラゴンの怨念と血を啜り刀身が赤く染まった魔剣。

 刃渡りは成人男性ほどもあり、分厚く、重く、剣と呼ぶにはあまりにも些末な作り。

 怨念により呪われたソレは、絶大な効果と引き換えに使用者の寿命を奪う。

 一日か一年か……もしくは残りの寿命全てか。

 どれほど奪われるか分からないが、奴を倒せるのならば安いものだ。

 

『う、うおおおおおお!』


 六竜もどきは、小物さを発揮し叫びながらこちらへと攻撃してくるが、一歩遅かった。

 魔剣は既に全体が露になっており、俺の手に握られている。


「屠れ、竜殺し」


 かつて、千体の悪竜を屠ったとされる伝説の魔剣を軽く一振りすると、刃から竜さえ屠る巨大な衝撃波が放たれ……1000体目のドラゴンを真っ二つにするのだった。

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