第12話 また面倒なことが起きそうなんだが

「アンセルさーん、お待ちしてましたー……って、なんかすっごいボロボロですけど、何かあったんですか?」


 依頼の報告の為にギルドへとやってくると、若い女性の職員が俺の顔を見て軽く引きながらも話しかけてきた。


「いやー、ちょっと依頼で色々あってね」


 まさか、隣に居るヴァイスにやられたなんて言えるはずもなく、俺は口から出まかせを喋る。

 

「俺の事は気にしないでくれ。それで、待ってたってどういう事? リラちゃん」


 俺は目の前のギルド職員……リラを見ながら尋ねる。

 少々小柄で若く見られがちだが、これでも二十歳を超えているれっきとした大人である。

 俺が84番目に振られた女性でもある。

 え? 見た目が若いのに求婚したのかって?

 求婚した当時は俺も若かったからセーフである。

 彼女は人当たりがよく、荒くれ者達が集うこのギルドでもマスコット枠として愛されている。


「……のう、アンセルよ。まさかこんな小娘にまで粉をかけてはおるまいな?」

「ハハハ、マサカ」


 ヴァイスの鋭い言葉に、俺は棒読みで誤魔化す事しかできなかった。

 

「あー、懐かしいですね。何年か前にアンセルさんにプロポーズされましたよね、私。あの時はびっくりしちゃいましたよ」


 と、ヴァイスの剣呑な雰囲気を知ってか知らずかリラちゃんはのほほんとした表情で爆弾を投下してくれる。


「ほぉ?」


 案の定、ヴァイスは気が弱い奴が見たら気絶しそうなほどの目でこちらを睨む。


「……まぁ、数年前らしいから大目にみてやろうかの」


 が、すぐに考えを改めたのか何とも慈悲深い事をおっしゃるヴァイスさん。

 アナタが女神か。

 思わず惚れてしまいそうだぜ。


「あはは、仲がいいんですね」


 このやり取りを見てそう言えるリラちゃんは、中々の大物だと思う。


「って、そうそう! こんな話をしてる場合じゃないんです! ギルドマスターがアンセルさんの事を呼んでましたよ! 戻り次第、すぐに執務室に来るようにって言ってました」

「……マジで?」


 リラちゃんから放たれる信じ難い言葉に、俺は思わず耳を疑ってしまう。


「マジです。……アンセルさん、また何かやらかしたんですか?」

「またって何だよ、またって。俺は、そんな毎回トラブルを起こしてないからな」


 女性関係以外は。


「今はそういう事にしておいてあげます。これ以上ギルドマスターを待たせられませんから、早く行ってあげてください」

「行かなきゃダメぇ?」

「駄目です」


 可愛く聞いてみても、リラちゃんは取り付く島もないといった感じだ。

 仕方ない。あんまり気は進まないが、あの人が呼んでるなら行かないわけにもいくまい。


「あー……そういう訳だからさ。ヴァイスは先に帰っててくれるか?」

「何じゃ、ワシも一緒に行くぞ」

「え、来るの?」


 俺としては、できればヴァイスには先に帰っててもらいたいのだが。


「なんじゃ、もしかしてワシに言えないやましい事でもするのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……」

「ならば、ワシも連れてゆけ。ワシは、アンセルと離れるのは嫌なんじゃ」


 何ともこっぱずかしいセリフを真顔で言えるものだ。

 ……仕方あるまい、こうなったヴァイスは非常に頑固だからな。

 覚悟を決めるしかあるまい。


「はぁ、帰りたい……」


 俺は憂鬱な気分になりながらも、ヴァイスと共にギルドマスターが待つ執務室へと向かうのだった。



「おい、ババァ。来てやったぞ」


 勝手知ったるなんとやらで、特にノックもせず俺は無遠慮に執務室の中へと入る。

 こんな風に中に入れるのは、ギルドの中でも恐らくは俺だけだろうな。


「なんだい、入るなり随分な挨拶じゃないか」


 中に入ると、やや呆れたような声が返ってくる。

 その声の主は、革製の高級そうな黒いソファに腰かけていた。

 薄紫色の長い髪にやや褐色の肌。

 以前服屋で出会ったジョディにも負けず劣らずのデカい胸。

 煽情的な服装に身を包んでおり、彼女を初めて見た男は間違いなく見惚れるだろう。

 そして髪から突き出る長い三角の耳が、彼女を人間でないと証拠づけていた。

 

「ほぉ、随分美人じゃないか。のぅ、アンセルや?」


 「どうせ、こやつにも求婚したんじゃろう? そうであろう?」みたいな目でこちらを見てくるヴァイス。

 だが、期待を裏切るようで悪いが、残念ながらこの人にだけは求婚はない。


「ヴァイス。言っておくが、この人に関しては惚れた腫れたは無いって断言できるぞ」

「あらら、アン坊はアタシと恋仲になりたかったのかい? 言ってくれれば、いつでもアン坊の妻になってやるのに。おっぱい好きだろ? もちろん、こいつも自由にしていいんだよ?」

「うるせぇ、ババァ! だからそういうんじゃないって、今言ったとこだろうが! おっぱいは好きだけど!」


 おっぱいに罪は無いからな!

 まったく、この人はすーぐ俺の事をからかうんだから。

 どこまで本気で、どこからが冗談なのかがさっぱり分からないから苦手だ。


「まぁ、アン坊をからかうのはこのくらいにして……お嬢ちゃん、見ない顔だね。何て名前だい」

「人に名を尋ねる時は、まず自分からと教わらなかったかのう?」


 仮にもギルドマスターに対してこの態度は、中々のもんだな。

 俺も人の事は言えないが、俺は例外みたいなものだ。


「おっと、こいつは失念してたねぇ。大体予想はついてると思うが、アタシがこのギルドのマスターだ。名前はラピス・ラズリ。永遠の百七十歳さ」

「黙れよ、その倍以上年喰ってるくせに何が百七十歳だ」


 ヴァイスよりは年下ではあるが、ヴァイスの場合は見た目がロリなので痛い言動もまぁ許されるが……この人に関しては、本当にただ痛いだけなので勘弁してほしい。


「いちいち細かい子だねぇ。女はいつまでも若く居たいもんなのさ。そんなんだからモテないんだよ、童貞坊や」

「どどどど童貞ちゃうわ!」

「いや童貞だろ」

「童貞じゃろう」


 必死に否定する俺に対し、異口同音に辛い現実を突き付けてくる年増コンビ。

 くそ、俺が何したって言うんだ!


「さて、童貞坊やは放っておくとして……今度はお嬢ちゃんが名乗ってくれるかい?」

「よかろう。ワシの名はヴァイス。ピッチピチの千歳じゃ!」


 ラピスに対抗してか、ヴァイスはそう言うと仁王立ちをしてムフーと鼻息を荒くする。


「それで? ギルドマスターとは言ったが、それにしては随分とワシ・・のアンセルと仲が良いようじゃが……いったいどういう関係なんじゃ?」


 いつからお前の物になったんだよ。

 まだ確定はしてないだろ、まだ。 


「……へー、アン坊ったら大人の女性に相手にされないからついにそっちに目覚めたんだ?」

「ちげーよ! さっき自己紹介聞いたろうが! ヴァイスはこう見えて千歳なんだから一応はセーフなんだよ!」

「という事は、ついにワシと正式に結婚か⁉」

「そっちもちげーよ! 言葉の綾だよ!」


 ああくそ、ラピスだけでも面倒なのに更にポンコツ喪女ドラゴンが加わってせいで、頭が痛くなってきた。


「アッハッハッハ! いやー、アン坊をからかうと面白いねぇ」


 俺が頭を抱えていると、元凶の一人であるラピスは愉快そうに盛大に笑っている。

 くそ……人目が無ければ、その無駄にデカい乳をひっぱたいてやるのに。


「さて、これ以上からかうとアン坊に嫌われちゃうからここらでやめとくかね。……それで、アタシとアン坊の関係だけど……強いて言うなら親子って所だね」

「親子ぉ?」


 ラピスの言葉に、ヴァイスは怪訝な表情を浮かべる。

 まぁ、どう考えても俺とラピスは似てないからな。ヴァイスの表情も納得がいく。


「と言っても、実の親子じゃねーぞ? 俺の両親は腹立つくらいにピンピンしてるからな」

「ま、育ての親って所だね。……もう、かれこれ二十年くらいの付き合いになるのかねぇ?」


 あぁ、もうそんなに経つんだな。

 月日が流れるのは早い。


「そんな訳で、俺とラピスは浮いた関係じゃないって事が分かっただろ?」

「まぁの。しかし、育ての親か……となると、もちろんアンセルのあれやこれやを知っているというわけじゃな?」

「そりゃ、もちろん。アンセルの好きな食べ物からフェチまで何でも知ってるよぉ? でも、ヴァイスちゃんにはまだ教えてあーげない」


 ラピスはそう言うと、年を考えずウィンクをする。

 育ての親のそういう面は本当に見ててつらい。

 可能ならば、今すぐ帰りたい。


「ほぉ? そりゃーまたどうしてじゃ?」

「だぁって、アタシの可愛い息子をどこの馬の骨かもわからない小娘に取られたんだよ? ちょっとくらい意地悪してもいいじゃない?」


 まず、まだ俺はヴァイスの物になってないし、そもそもヴァイスはラピスより年上だから小娘じゃないしとツッコミ所が満載すぎる。


「ほう、ほうほうほう! ワシの年齢を聞いてなお小娘と言うか……っ! おぬし、中々に肝が据わっとるのぉ?」

「ふふん、見たところアナタって世間知らずっぽいしね。ただ年を重ねれば良いってもんじゃないんだからね? 人生経験で言えば、間違いなくアタシの方が上な自信があるんだから」


 何やらお互いに火花を散らしながら舌戦を繰り広げるヴァイスとラピス。

 あぁ、誰でもいい。

 この険悪な雰囲気を打ち破ってくれる救世主は居ないものか。

 

 そんな事を考えていると、救世主は突然やってきた。


「すまない、ラピス殿は居られるか」


 扉をノックして入ってきたのは、先ほど出会ったモルドレッドだった。


「貴女こそ、俺の女神です」


 この空気を打破してくれそうな人物の登場に、思わず五体投地したのは仕方のない事だと思いたかった。

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