第2話 俺はロリコンではないんだが

「あんまりだ……」


 てっきり美女になると期待していただけに、その予想を大きく裏切られた俺は膝から崩れ落ちる。

 普通、あそこは美女に変身するパターンじゃないのかよ!

 そのまま小さくなっただけとかガッカリだよ!

 

「ど、どうした? 婿殿……」

 

 いきなり落ち込んだ俺を見て、ヴァイスは心配そうに話しかけてくる。

 ……うん、見た目はともかく彼女は優しいんだろうな。

 優しさは美徳だと思うよ、俺は。


「気にしないでくれ。てっきり人間に変身するもんだと思ってたから驚いただけだ」

「ん? なんじゃ、そっちの姿の方が良かったのか? ……言われてみれば、確かに婿殿は人間なのだし、そっちに合わせた方がいいかもしれんのぅ」

「マジで⁉ 人間に変身できるの⁉」


 ヴァイスの言葉に、俺は思わず食い気味に尋ねる。

 何事も言ってみるもんだな。てっきり、ヴァイスは人間に変身できないとばかり思っていたから、これは嬉しい誤算である。


「う、うむ……できるぞ。婿殿が望むなら人間の姿に化けるが」

「是非ともお願いします!」


 若干引き気味のヴァイスだが、そんな事よりも人間に変身できるという情報の方が大事だ。

 さらに、実はすげぇ不細工にしか変身できないとかいうオチが一瞬脳裏をよぎるが、自分にとってマイナスでしかないのですぐに頭の中から愚かな考えをただき出す。

 ヴァイスは出来る子だ。きっと絶世の美女に変身してくれるだろう。


「なんか、会った中でも一番テンションが高くて納得がいかんが……婿殿が望むならば吝かではあるまい。では……」


 そう言うと、ヴァイスは再び全身に力を入れる。

 すると、先ほどの靄というか煙がどこからか現れるとヴァイスを包み始める。


「……!」


 ワクワクしながら今か今かと待っていると、煙から人間の手が出てくる。

 白く美しい手だ。ヴァイスの鱗も白かったので、それに合わせているのだろう。

 ……これは、結構期待できるんじゃないだろうか。

 

「待たせたの。これなら、婿殿も文句はあるまいて」


 そして、ついに煙は晴れ、待望のヴァイスの人間の姿が露になった。

 白くたおやかな腕、スラリと伸びる細い足。

 一糸纏わぬその姿は、劣情よりも美への感動が先に来るほど美しい。

 銀に見紛う程の真っ白な髪は足元まで伸びており、顔立ちはまるでこの世のものとは思えない程に美しい。

 人間……というよりも、人形のような幻想的な美しさだ。

 知らない人間が見たら、彼女の事を女神のようだと評した事だろう。

 事実、正体を知っている俺でさえ見惚れてしまいそうだった。

 まさに、俺の好みドストライクである。

 ただし……。


「なんっっっっでだよ!」


 俺は、彼女の姿を見た後、力いっぱい地面を叩く。

 

「な、なんじゃ⁉ これも駄目じゃったか⁉ も、もしかしてワシって不細工じゃったか⁉」


 俺の反応を見て、ヴァイスはあたふたと慌てふためく。


「違う……違うんだよ、ヴァイスさんや。君は美しい。それはもう、俺の想像を遥かに超えている」

「え? ほ、本当か? えへへ、婿殿にそう言ってもらえると変身したかいがあるのぅ……」


 俺が素直に褒めると、ヴァイスは照れ臭そうに顔を赤くしながらモジモジとする。

 正直、その姿も絵になっており、芸術品だと言えば通じてしまいそうだった。

 ……そう、確かに人間の姿になったヴァイスは美しい。

 英雄譚に出てきたドラゴン達にも引けを取らないだろう。

 だが、それを補ってあまりある欠点が、全てを台無しにしていた。

 今のヴァイスは、外見は十歳くらいの少女の姿である。

 もう一度言おう。少女の姿である。

 ここで、再度確認だが俺の年齢は三十歳。

 対し、中身はともかくヴァイスの見た目は十歳前後。

 そんな二人が夫婦だと言ったら、どうなるか?

 確実に白い目で見られるだろう。

 もちろん、見た目が幼くても成人している種族は居る。

 居るには居るが、たいていそういう種族は同種族と結ばれる。

 他種族と結ばれようものなら、白い目で見られること請け合いである。


「ど、どうやら婿殿のお眼鏡にも叶ったようじゃし……どうじゃ? 仮初でなく、本当に夫婦にならんか?」


 顔を赤くしながらチラチラとこちらを見てそんな事を言ってくる姿は非常に愛らしくはあるが、もちろんその提案を受けるわけにもいかない。

 かといって、先ほどのドラゴンの姿も論外だ。

 小型のドラゴンと夫婦になるというのも、それはそれで「あぁモテないから、ついに……」みたいな目で見られてしまうだろう。

 それも、是非とも避けたい結末だ。


「さ、さっきも言ったけど、まだお互いにほとんど知らないし時期尚早だと思うんだ、うん。とりあえず、姿に関しては問題から、これからゆっくり知っていこうか」

「そ、そうじゃな! これからゆっくりと愛情を深めていこうのぅ!」


 ヴァイスは、俺の言葉を聞いて素直に頷く。

 あぁ……心が痛い。

 どうして、こうなったんだろうなぁ?

 俺は、天を仰ぎながら心の中でそんな事を思う。


「ちなみになんだけどさ、人の姿はそれ以外に化けれたりは……?」

「生憎じゃが、ワシは化けるのがあんまり得意でないのでな。これ以外は無理なんじゃよ」


 はい、俺の最後の希望はあっさり砕かれましたとさ!

 ……まぁ、好かれるというのは悪い気しないし、見た目はともかく中身は問題ないのだから何とかなるだろう、うん。

 神様の馬鹿やろうが!



 ――王都。

 アンセル達が夫婦漫才を送っている頃、遠く離れた場所では一つの騒ぎがあった。

 王が住まう城の一角にある会議室。

 そこでは円卓を囲み、十三人の人物が集まっていた。


「全員、お揃いのようですね」


 会議室内をぐるりと見まわし、丸メガネをかけた一人の妙齢の女性が口を開く。

 紫色のウェーブのかかった髪をかき上げながら、女性は話し出す。


「集まってもらったのは他でもありません。ここから北東の方角から六竜・・の力を感じたため、至急お集りいただきました」


 女性の言葉に、信じられないと言った感じで周りがざわつき始める。


「それは確かなのかね、マーリンよ」


 周りがざわつく中、一人の男が丸メガネの女性……マーリンに話しかける。

 年はもう老人と言っても差し支えのなく、顔には深く皺が刻まれている。

 しかし、その身にまとうオーラは年を感じさせず荘厳で、威厳すら漂っていた。


「王よ、これは確かな情報です。六竜の内のどれかは分かりませんが、確かに力を行使した形跡がありました」

こちら側・・・・には基本的に不干渉なはずの六竜が力を行使する……。これは、もしや何かの前触れなのか?」

「もしや、伝説の魔王が誕生したのでは?」

「馬鹿な! それこそ英雄譚の中でしか存在しない創作の存在ではないか!」

「しかし! 現に六竜が……」


 それだけ六竜という存在が彼らの中で大きいのか、会議室は混乱を極め好き放題に言い合い始める。


「静まれい! おぬしら、それでも誇り高き十二騎士か!」


 最初に言葉を発してから静観していた王は、突如一喝する。

 その声を聞き、他の十二人は一斉に口を噤んだ。


「今ここで憶測を喋っていても事態は何ら好転はせん。まずは、かの地に赴き事実の確認を行うべきだろう。マーリン、場所の特定はできているのか?」

「おおまかには……ですが。北東のウェーディンという都市周辺で力を観測しました」

「ウェーディン、か」


 マーリンの言葉を聞き、王を含めた十二人はまたざわつきだす。


「十二騎士から一人、隊長を選出し調査隊を組め。ウェーディンに向かい、本当に六竜が現れたかの事実確認をせよ。万が一、交戦状態になった場合は情報の持ち帰りを最優先とする」

「「「はっ」」」


 こうして、十二騎士と王による会議は遅くまで続くのだった。

 彼らはまだ知らない。

 その力の主がヴァイスであることを。

 そして、その主がひどくポンコツであることを。

 アンセルもまた……遠く離れた王都でそのような事態が起こってる事など予想だにしていないのだった。

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