第4話 俺だけ修羅場なんだが
――ジュディ・オフグル。
年齢は二十五歳。赤毛とソバカスがチャームポイントの素朴美人。
ウェーディンの服屋に勤めており、サバサバした性格ととある部分が非常に女性的であることから密かに男どもからの人気が高い。
俺も、そんな男どもの一人で見事に彼女の魅力にやられた結果、告白して玉砕している。
しかし、その後も彼女の性格から、以前と変わらない交流を持っている。
「珍しいね、君がここに来るなんて」
「ちょ、ちょっと用事があってね。それよりもジュディ……何で店内じゃなく外に?」
「何でって言われても、単純に昼休憩から戻ってきただけなんだけども」
狼狽する俺に対し、ジュディはやや怪訝な表情を浮かべながらそう答える。
おそらく、彼女から見た俺はひどく不審に見える事だろう。
そう自覚できるくらいには、内心めちゃくちゃ焦っていた。
「のぅ、アンセルよ。この者は誰じゃ?」
そんな俺の精神状態をよそに、蚊帳の外になっていたヴァイスが俺の裾を引っ張りながら尋ねてくる。
「えーと、この人はジュディ……俺の女友達だよ」
まさか、128番目に振られた相手なんて説明できるわけもなく、俺は無難にそう答える。
実際、それは別に嘘ではないからな。
もっとも、流石に頻繁に会いに来るほど俺の神経も図太いわけではないが。
「ふーん……?」
俺の説明に、ヴァイスは片方の眉をつりあげながらジロジロとジュディを観察する。
それは、さながら自分の夫に近づく泥棒猫を値踏みするような感じで。
「ジュディよ、よろしくね。お嬢ちゃん」
だが、そこはサバサバ系で通るジュディ。
不審がるヴァイスにも物おじせず、笑顔で自己紹介をする。
うん、やっぱりこういう所がジュディの良いところだよな。俺もそこに惚れたわけだし。
……べ、別にとある部分に惹かれたとかそういうんじゃないんだからね!
「…………ヴァイスじゃ」
長い沈黙の後、ヴァイスはボソリと名前を名乗る。
俺にはあんなにおしゃべりだった癖に、随分とまぁ口数が少ない。
「ヴァイスちゃんね。真っ白で可愛いねぇ」
ジュディはそう言うと、ニコニコと笑いながらヴァイスの頭をぐしぐしと撫でる。
「やめ、やめろー! ワシに触れていいのはアンセルだけなんじゃ!」
ヴァイスは、嫌そうにジュディの手を払いのけると俺の後ろに隠れてしまう。
まーたコイツは大声で誤解されそうなことを叫ぶ。
「あらら、嫌われちゃったね。それで? この子、どうしたの? 何かフォーギュスター君にえらく懐いてるみたいだけど」
ついに恐れていた質問が来てしまった。
さぁ、どう答えるのが正しい?
ここで答えを間違えば、立ちどころに俺は年端もいかない少女に外套一枚だけ着せて街を歩かせるド変態という烙印を押されてしまう。
実際、意図は違えど事実なだけに何も否定できないのが辛いところだ。
……とりあえず、ここは妹とでも答えておくのが無難だろうか?
そんな事を言うとヴァイスが不機嫌になりそうではあるが、照れ臭かったとでも言えばいい。
俺は数瞬の間に結論付けると、意を決して口を開く。
「実は、いも……」
「ワシはアンセルの嫁じゃ! アンセルがどうしてもと言うんでな!」
ヴァイスぅぅぅぅぅ!
おま、ちょ、ええええええええ⁉
よりにもよって、何て爆弾を落としてくれやがったんだ!
「……………………へぇ?」
長い……それはもう時間が止まってしまったんじゃないかと錯覚してしまうほどに長い沈黙の後、ジュディは短く呟いた。
あぁほら、視線が冷たいもん。確実に汚物を見る目だよ、これ。
その筋の人間なら感謝の言葉を述べるくらいに冷たい目だよ。
「ふーん、そっかー。フォーギュスター君は、大人に相手にされないからついに……」
「ち、違う。誤解だ!」
「何が誤解なんじゃ⁉ た、確かに最初は勘違いじゃったかもしれんが、改めて嫁になってほしいと言ったのはアンセルではないか!」
仮、な!
確かにヴァイスの言う事も事実ではあるが、それをこんな公の場所で言うのは悪手でしかない。
心なしか、周りの気温が下がったような錯覚させ覚える。
だが、この事でヴァイスを責めるわけにもいかない。
なにせ、彼女はポンコツなのだ。そこに悪意はなく、ただ非常に間が悪いだけなのだ。
「そ、そう! ヴァイスはこう見えて、年齢は俺よりもずっと年上なんだよ! 見た目も、ちょっと変えてるだけでたまたま少女の姿なだけなんだ!」
少しでも早くこの誤解を解かねばと焦る俺は、ジュディに向かってそう説明する。
流石に千歳のドラゴンだと説明しても信じてもらえそうにないので、何とか納得してもらえるような言い方に変える。
「え? でも、この姿が可愛いと褒めてくれたではないか」
「ほー?」
あぁん、違うのぉ!
確かに可愛いとは言ったけど、見た目で言えばストライクゾーンから外れてるのぉ!
俺は一般的観点から感想を述べただけなの、信じてぇ!
あぁくそ! いったいどうすればこの地獄から俺は抜け出せるんだ⁉
「……ぶふっ! あっはっはっは! 冗談よ冗談!」
俺の心労が極限を迎えようとした時、急にジュディが笑いだしてそんな事を言い出す。
「へ? 冗談?」
「いやね、最初はついにフォーギュスター君がソッチの道に走っちゃったと思ったんだけど、いくらなんでもそれはないかなって気づいたんだよ。でも、あまりにも君が面白いくらいに慌てるもんだからちょっと面白くなっちゃってね」
ごめんね? と謝りながら、ジュディは可愛らしくウィンクをしつつペロッと舌を出す。
つまりあれか? 俺はからかわれたという事か?
おのれ! さっきまでの俺の心労が無駄になったという事か!
可愛いから許すけども!
「まぁ、どうせお人好しの君の事だから、またなんかお節介でもやいたんでしょ?」
あながち間違っていないところが何とも恐ろしい。
「えーと、ヴァイスちゃん……あ、でも年上みたいだしヴァイスさん?」
「別にどう呼んでもらっても構わん」
ジュディの言葉に、ヴァイスは鼻をフンと鳴らしながらつっけんどんに答える。
そこまで敵視しないでもいいだろうに。
「じゃあ、ヴァイスちゃんで。ヴァイスちゃんは、フォーギュスター君の事が好きなの?」
「うむ! 今日会ったばかりだが、ワシはアンセルが好きじゃ!」
俺の話題になったからか、ムムゥと額に皺をよせていたヴァイスは表情を明るくさせながらそう答える。
こうまでストレートに思いを伝えられると、嬉しいけどちょっと気恥ずかしいな。
だけど、見た目はロリで正体はドラゴンだからなぁ……。
「こんな見た目が小さな女の子にここまで言わせるなんて、いったいどんな手段でたぶらかしたのやら」
ジュディはそんな事を言いながら、こちらをジロリと見てくる。
だから誤解だってば。
だが、事細かに説明しようとすると俺がモテなさ過ぎて他力本願で嫁さんをもらおうとした事がバレてしまう。
いくらなんでもそれまでバレたくはないので、俺はジュディの視線を甘んじて受ける。
「まぁ、こんな感じですっっっっっごい女好きな彼だけど、根は良い人だから見捨てないであげてね?」
俺、そんなに女好きって印象持たれてたのか。
否定はしないが。
エロいのは男の罪、それを許さないのが女の罪なのである。
「あぁ! ワシはいついかなる時もアンセルと一緒じゃ!」
満面の笑みを浮かべてそう答えるヴァイスを見て、俺は何も言えなかった。
あくまで仮初、お試しという奴なのだが今それを言うのは野暮に思えた。
「ふふ、よろしくね。それで、結局何しにここに来たの?」
「あぁ、そうだ。ヴァイスの服を買いに来たんだよ」
ジュディの襲来ですっかり忘れていたが、元々はそれが目的だったのだ。
「うむ、ワシはこれ一枚だけで良いと言ったんだが、アンセルが是非にと言うのでな」
俺を任せる発言のお陰で、ジュディを敵視しなくなったのかヴァイスは素直にそう言う。
「え、一枚……? ね、ねぇヴァイスちゃん? もしかして、その下って何にも着てないの?」
「そうじゃが?」
――時が止まる、というのはおそらくこういう事を言うんだろう。
いや、実際に止まった訳ではなく、あくまで比喩的表現だ。
「ちょっとごめんね」
ジュディはすぐさま我に返ると、軽く断りを入れながらヴァイスの着ている外套の中を確認し……先ほどよりも冷めた目で俺を見る。
「……変態」
ありがとうございます。
その後、何とか誤解を解き(?)、ジュディに頼んで服を見繕ってもらうのだった。
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