第5話 問題が山積みなんだが

 ――気づくと、俺は玉座に座っていた。

 王が座っているような金銀をふんだんにあしらった豪華なアレだ。

 そして周りを見渡すと、これまた南国の宮殿を思わせる内装だった。

 それに合わせるかのように、俺もまた普段なら絶対に着る機会のない豪華な服を着ている。


「ここは……?」


 当然、そんな場所に見覚えのない俺はただただ困惑するばかりである。


「婿殿、目が覚めたかの?」

「その声はヴァイス……ヴァイス?」


 聞き覚えのある声が聞こえそちらを向くが、予想していた人物ではなかったために俺は思わず首を傾げる。

 真っ白い肌に真っ白い髪、ドラゴンを彷彿とさせるような琥珀色の鋭い目つき。

 特徴だけ聞けば確かにヴァイスなのだが、決定的に違う箇所がある。

 それは、目の前の絶世の美人は大人だという事だ。

 俺の知っているヴァイスは、人化が苦手で少女にしか変身できないはずだ。


「ふふ、驚いているようじゃな」

「やっぱりヴァイスなのか? その姿はいったい……」


 妖艶に笑うヴァイスに、俺はそう尋ねる。

 見た目の年齢が近く、さらに俺の好みど真ん中な為に先ほどから心臓がバクバクと激しく暴れている。

 

「婿殿の為に頑張ったんじゃよ。おぬしはこれくらいの見た目の方が好みなのであろう?」


 耳元で囁くように答えながら、俺に抱き着いてくる。

 その際に押し付けられる二つの感触が何とも言えない。


「婿殿……これならば、ワシを愛してくれるか?」


 そう言って見つめるヴァイスの瞳は熱っぽく、そして非常に色っぽい。

 彼女の魅力に圧倒されっぱなしだ。


「あ……その……」


 間近で見つめられ、異性とまともに付き合ったことがない俺は恥ずかしさから目を逸らしてしまう。

 普通に話す分には平気だが、こんな状況になるとダメになるのは童貞なので仕方ないと思いたい。


「ふふ、婿殿はウブで可愛いのぅ」


 そんな俺の様子を見て、ヴァイスはおかしそうにクスクスと笑う。

 初めて会った時のような、世間知らずでポンコツなヴァイスはそこにはいない。

 男を手玉に取る小悪魔のようだった。


「婿殿……いや、アンセルよ。愛しておるぞ」

「お、俺もお前の事を……」


 そして、俺とヴァイスはそのまま無言で唇を――。



「…………なんて夢を見てるんだ、俺は」


 大人ヴァイスとキスをする寸前で目が覚めた俺は、あまりの内容に悶絶しそうになる。

 そんな俺の事などお構いなしに、窓からは朝日が差し込み、小鳥どもが囀っていた。


「あんな夢を見るなんてな。ジュディとヴァイスのやり取りを見てた影響か?」


 昨日、ヴァイスの服を買いに行った際にジュディと交わした会話。

 ヴァイスの屈託のない素直な愛情を感じ、思わず照れてしまったのを覚えている。

 多分だが、その影響であんな夢を見てしまったのだろう。


「それにしても、夢の中のヴァイスはエロかったなぁ」


 いやもう、アレはエロい以外の感想が思いつかない。

 夢の中ではあったが、多分実際のヴァイスも大人に変化できるようになったらあんな感じになるのではなかろうか。

 もし、最初からあの姿になっていたら俺はコロッと落ちていただろう。

 それくらい、大人ヴァイスの姿は魅力的だった。


「むにゃぅ……」


 俺が夢の中のヴァイスの余韻に浸っていると、隣で何とも無邪気な寝息が聞こえてくる。

 そちらを見れば、子供ヴァイスがスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。

 昨日は色々あったし、彼女も何だかんだ疲れていたのだろう。

 ちなみに、今のヴァイスは淡いピンクの寝間着を身に着けている。

 私服と一緒に買ったものだ。

 一応、俺の名誉のために説明しておくが、別にヴァイスに手を出したりはしていない。

 俺の借りている部屋は、元々一人用の部屋のためベッドが一つしかないのだ。

 最初はヴァイスがベッドで俺は床で寝ようとしたのだが、それはヴァイスが認めなかったのだ。

 

「夫婦じゃし、一緒に寝たところで問題なかろう!」


 と、ヴァイスは頑として折れなかった。

 俺がどうしても床に寝ると言うのなら、ヴァイスも一緒に床で寝るとか言い出したので仕方なくベッドで寝ることにしたのだ。

 もう一度言うが、俺は決して手を出してはいない。

 見た目が子供というのもあるが、お試しというあやふやな関係で手を出すのも不義理だというのが大きい。

 そういう事は、今の関係を清算しちゃんとしてからだ。

 手を出してもらいたがっていたヴァイスにもそれをきちんと説明し、了承は貰っている。

 ……まぁ、予想以上に柔らかいしいい匂いするしで、ちょっとばかしドキドキしたのは内緒だ。

 だが俺はロリコンではない。


「ふぬぅ……婿殿ぉ……」


 俺が自分の名誉を守る戦いをしていると、寝ているヴァイスが俺の体にしがみついてくる。

 寝ている姿からは、正体が巨大なドラゴンだなどとはとても思えない。

 優しく頭を撫でてやると、心なしか嬉しそうにしている。

 

「可愛くはあるんだけどなぁ」


 しかし見た目は少女。

 中身は問題ないとしても、やはり見た目というのはかなりネックになってくる。

 しかも、千歳という事を考えると俺と彼女では寿命の長さにどう頑張っても埋められない程の差があるだろう。

 ヴァイスは、少女の姿にしかなれないといっていた。

 ならば、どれだけ年月を重ねてもその姿のままだという可能性もある。

 俺が年を取ってジジイになっても、ヴァイスは少女姿のまま。

 俺にとってもヴァイスにとっても辛いことになる未来しか見えない。

 俺達の間には問題が山積みである。


「ん?」


 ヴァイスの頭を撫でながら、今後の課題について考えていると不意にミシッという嫌な音が聞こえる。

 それに、心なしかヴァイスが大きくなったような気がしないでもない。

 成長したという意味ではなく、そのままサイズが大きくなるという意味でだ。

 そして、ヴァイスはむにゃむにゃと眠ったままどんどん大きくなっていく。


「ちょ、ヴァイス⁉ ヴァイスさーん⁉」


 嫌な予感がした俺は、ヴァイスを揺すって起こそうとするが一向に起きやしない。


「んむぅ、婿殿ぉ……ワシ、もう食べられないのじゃぁ。婿殿の愛情でお腹いっぱいなのじゃぁ……」

「ベタァ!」

 

 微妙にアレンジを加えつつもベッタベタな寝言を抜かすヴァイスの巨大化は止まらない。

 人型から段々とドラゴンに変わっていく彼女の姿を、俺は茫然と見守ることしかできなかった。

 どうか、無力な俺を許してほしい。

  

 ――その日の朝、建物から轟音と共に突然巨大なドラゴンが現れたという目撃情報が上がったが、目撃者がひどく酔っぱらっていた為に戯言として片づけられたとかなんとか。



「――で?」

「はい」

「はいじゃないが」


 俺は今、青筋浮かびまくりの五十代くらいの恰幅のいいおばちゃんの前で正座をしている。

 彼女は、俺が借りている『来たるべきもの亭』の女主人で名前はドードリアさん。

 その昔、『剛腕のドードリア』という名前で恐れらえていた元冒険者だ。

 彼女の力はそこらへんの男連中にも劣らず、荒くれ者でさえドードリアさんには表向きには逆らわないくらいだ。

 そんな豪傑おばさんが、なんでこうも怒っているのか?

 答えは簡単だ。


「アタシは理由を聞いているんだよ。どうして部屋がこうも壊れて・・・いるのかを」


 ドードリアさんは再び、元々は部屋であったであろう場所を見渡す。

 四方を壁に囲まれていたそれは、今はすっかり風通しがよくなってしまっている。

 もちろん、原因はヴァイスにあるのだが彼女は眠っていたので悪気はない。これは不慮の事故である。

 とはいえ、それをドードリアさんに説明するわけにもいかない。

 ヴァイスがドラゴンだと伝えるのも駄目だし、それを説明したら何でここに居るかも言わなきゃいけなくなる。

 ドードリアさんなら下手に吹聴することもないとは思うが、どこから情報が洩れるか分からない。

 最悪、危険人物と断定されて討伐される可能性もあるわけだ。


「えーとですね……ちょっと悪夢を見てしまいまして、寝ぼけて魔法が暴発してこんな状態に……」


 よって、俺は今必死になって考えた言い訳をすることにする。

 まぁ、魔法が暴発したというには少々無理がある壊れ方ではあるが、嘘の言い訳としてはそれが一番可能性が高いのだから仕方あるまい。


「へぇ? アンタって、部屋をこんなにできるような魔法使えたっけ?」

「そ、そうなんですよ! 俺だって成長するんです。ドードリアさんが知らない間に強くなってたんですよぉ!」


 俺は必死にそう説明するが、ドードリアさんの目は酷く懐疑的だ。


「……一応聞くけど、そっちの嬢ちゃんが関係してるとかは」

「ないです! これっぽっちも! 彼女はギルドの依頼関係で知り合っただけでめちゃくちゃ無害なんです!」


 隅の方で縮こまっているヴァイスをジロリと睨むドードリアさんに対し、俺はヴァイスが無害だという事を説明する。

 それが通じたのか、とりあえずは納得したようでドードリアさんは深く溜息を吐く。


「…………はぁ、まぁいいよ。とりあえず、アンタの言い分を信じてやろうじゃないか。けど、弁償はしっかりしてもらうよ?」

「はい、それはもちろんでございます」


 衛兵に突き出されたりとかしないだけマシである。

 俺はドードリアさんの温情にひたすら感謝し、頭をペコペコと下げまくる。


「この部屋はしばらく使えないし、アンタたちは別の部屋に移動だね。一人部屋じゃ狭いだろうし、二人部屋を宛がっておくよ」

「え、いいんですか?」

「アンタはともかく、そこの嬢ちゃんに不便な思いをさせるわけにもいかないだろ。アンタの事だから、どうせ何か事情があるんだろうし。ただし! その分家賃は上乗せするし、修理代もきっちりもらうからね!」

「は、はい! ありがとうございます」


 俺が礼を述べると、話は以上とばかりに切り上げるとドードリアさんは部屋だったものから出ていく。

 ……ふう、とりあえず何とか窮地は脱したな。


「婿ど、アンセル……その、すまなかったのぅ……」


 ドードリアさんが居なくなると、ヴァイスがバツの悪そうな顔をしながら謝ってくる。


「本当はワシが悪いのに、おぬしに罪を被せたりしてワシは妻失格じゃ……」

「いや、ヴァイスは悪くないさ。あれは事故みたいなもんだ。ただまぁ、今度からはうっかり変化が解けないように気を付けてもらえると助かるかな」


 じゃないと、修理代を稼ぐだけで俺の人生が終わりそうだし。


「う、うむ! それはもちろんじゃ! ワシ、頑張るからの!」


 ヴァイスはそう言うと、両手に拳を作りムンッと気合を入れる。

 

「よし、じゃあ早速働いてもらうかな。ヴァイスは攻撃に関しては得意なんだよな?」

「そうじゃ。ワシにかかれば、ここら辺一帯はかるーく焦土にできるくらいには得意じゃな」


 いや、そこまでは求めてないんだけどね。


「それじゃ、とりあえず着替えて向かうとするか」

「向かうって、どこにじゃ?」


 首をこてんと傾げながら尋ねるヴァイスに対し、俺は含んだ笑みを浮かべ。


「ギルドだよ」


 そう答えるのだった。

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