第6話

最終電車(パート1)

忘れもしない。

あれは15年前の夏...

私がまだ、高校2年だった時だ。


私の家から高校までは電車通学だった。

毎日片道40分かけて、高校まで通っていた。


私にはアライさんという、親友がいた。

同じ駅から同じ時間の列車に乗っていた。


彼女が私に声を掛け、それから仲良くなった。

クラスは違ったが、高校は同じだったので休み時間に会いに行ったりした。

部活も同じ部に入った。


私とアライさんの蜜月っぷりは学校でも広く知れ渡っていた。

2年生になり、二人とも進路よりも目前の夏休みを楽しみにしていた、

7月の前期終業式の日、それは突然に起こったのだ。


私は大事な終業式の日というのに、

この日に限ってあまり体調が好ましくなかった。あまり身体を壊さないのに。

私は、親と話し合い、休む事にした。

親が学校に連絡する前に私はアライさんに今日は一緒に行けない旨を電話で伝えた。


「フェネックが具合い悪くするなんて...、アライさんも休んで看病した方がいいのだ?」


心配してそう言ってくれたんだろう。

この時から運命の分岐が始まっているなんて、知る由もない。


「平気だよ…、1日ぐらいで治るって。そんな心配しなくたっていいよ」


「じゃあ、帰ったらお見舞いに行くのだ!」


「心配かけてごめん、ありがとう」


「フェネック、治ったら、一緒に遊びに行くのだ!」


「あはは...、いいよ。頑張って治すからさ。じゃあね」


それが、彼女との“最後の会話”だった。


9時半頃

親が仕事へ出かけた。

私は自室の布団で寝ていたが、ふと起き上がった。


やる事が無く暇だったのかもしれない。


リビングで、私は無意識にテレビの電源をつけた。


映し出された映像は衝撃的なものだった。

思わず何度も瞬きを繰り返した。


8両編成の電車の前の方が、原型を留めていないくらいに激しく折れ曲がっていたり、変形したりしていた。真ん中の4、5両目は田んぼの中に飛び散っていた。


状況が理解できない私に、アナウンサーが少し早い言い回しでこう伝えた。


「本日、JPR京州本線で

佐羽名駅7時30発各駅停車

京州市行きの上り列車が、

砂原~湖ノ口駅間で脱線しました。

現在、消防が救命活動を行っています」


私は急いで時刻表を取り出した。

私の最寄り駅は砂原駅の二つ手前、

土本(どもと)という駅だ。


京州本線の佐羽名駅7時30分発の電車の時刻をゆっくり指でなぞった。


この時の緊張感はとてつもなかった。


土本駅の時刻は、7時55分。


「うそ...」


この時私は何者かに心臓を握りつぶされているかのような気持ちに襲われた。


いつも私達が乗っている電車だった。


真っ先に脳裏に浮かんだのは、アライさんだった。


この事故に巻き込まれているかもしれない。


しかし、それを確かめる術はない。

必死に自分にアライさんは生きていると言い聞かせるしかなかった。


きっと、乗り遅れたかもしれない。

後ろの車両にいたかもしれない。

軽いケガで済んでいるかもしれない。


どれも確証がない。

しかし、そう思わせるしかなかった。


私は現実から逃げる様にテレビを消して自室へと戻った。


夕方に目が覚めた。

すると、電話が掛かってきた。


恐る恐る、受話器を取った。

アライさんの母親からだった。


その時、すぐに察した。

“もう、アライさんには会えないんだ”って


何故自分だけが助かったのか。

そればかりが自責の念を大きくした。


この事故がきっかけで、私は警察官になる事を決めた。

何故ならば…




「待ってましたよ」


「誰です、こんな所に呼び出して...」


「あなたは、15年前のJPR京州線脱線事故の該当列車の元車掌ですよね」


「それが...、どうしたんですか」


「あの時、速度は評定よりもオーバーしていた。あなたの判断で非常ブレーキを使うことも出来たはず。なのに、使わなかった」


「そんなに速度が出てたなんて知らな...」


「言い訳はいい!!

私は、大切な親友を失った...

あなたの判断ミスで!」


「...」


「あなたは裁判で無罪になった。

裁判所は間違ってる...。だから私が、正しい判断を下す...」


「な、なんだ...、っ」


「逃げるんじゃないよっ!!」


バンッ


「うっ...」


「私がどれだけ苦しんできたかわかる?あなたにはきっとわかりっこない...、そんな奴に生きる資格なんてないから」




バンッバンッ!



ポチャン...


川に拳銃を捨てた。

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