第5話

先輩の過去(パート1)

ワシミミズクに連れてこられたのは、

6階にある、小さな部屋だった。

部屋の入口から、右側と奥に窓があり

奥の方に机が一つ、左側にもう1つ机があった。棚が右側に配置してある。

随分と質素な部屋だ。


「ここが昔の特指課の部屋...

かばんはいつも奥側に座ってました。

私はそこの左側に」


「あの...、何で私にこの部屋を?」


「かばんから聞いていないでしょう。

あの人がどんな人物だか」


彼女の指摘は間違っていない。

ゆっくりと肯いた。


「それを、私が可能な限りお話しようと思いましてね。取り敢えず、座ってください」


「は、はい...」


困惑しつつも、椅子に座った。


「今お茶を入れますね。何か希望ありますか?」


「あっ、えっと...、大丈夫です」


彼女は黙々と右側の棚から、オシャレな缶とカップを取り出した。


まるで私がここに来るのを予測していたみたいに手際が良かった。


棚の奥に隠れていたポットからお湯を入れた。

紅茶を卓上に置かれた。


「まず、生い立ちからお話しましょうか…」


なぜこの人は私を選び、先輩の過去を話すのか。そんな疑問があったが、私が口にする勇気は無かった。


「かばんは元々捨て子でした。

推定、1歳の時に前の前に警視総監

ミライによって拾われたのです」


「親がいなかったんですか...」


「ええ。ミライ総監はかばんの親代わりとして育て始めるのです。総監は優秀な人間でした。かばんもその影響を受け、学習面では幼稚園入学時にはもう、小二レベルの漢字の読み書きが出来ていたそうですよ」


たしかに、今のかばん先輩も、凄い閃をする。幼少期からそれ変わっていなかった。


「かばんは、ミライのコネでそのまま

警察官になり、捜査一課に配属されたのです。最初は冷たい目で見られたらしいです。警察学校は飛び級し、巡査部長からの配属だったので。しかし、その印象はすぐに崩れ去るのです」


「捜査で“才能”を発揮した」


ワシミミズクは肯いた。


「天才的な推理と発想で、難事件を次々と解決していったのです。親の影響もあって、出世街道を楽々進んで行ったのです、しかし...」


「しかし...?」


「ミライは総監としての任期を後半年残しながら、この世を去ってしまった」


「えっ...」


「警察へ反抗をする、テログループの1人に暗殺されたんです。

そのグループもかばんの手によって逮捕されましたが…」


なんて不運な人なんだと、私は思った。

本当の親に捨てられ、その次に育ての親まで殺されてしまった。

何も言葉が出なかった。


「しかし、不運は更に続くのですよ。

ミライの次に警視総監になったのが、

トラだったのです」


聞いた事がある...。今の名は、


「“法王のトラさん”と呼ばれている...現在の法務大臣の?」


「そうです。トラに警視総監が変わった事で、この特別指令課が出来るのです。かばんは、法に抵触しかねない捜査を何度も行ってたのですよ。

令状なしの家宅捜索だとか色々。

けど、親が総監だったので、揉み消す事が可能だった。しかし、後任がトラになると、この行為が逆鱗に触れ、かばんは謹慎と降格、そして上の指示に従わないとして、この総監の指示でしか捜査が出来ない、特指課送りになったのです」


「それで、この特指課が...。

ワシミミズクさんは3人目なんですよね。どうして、そんな部署に?」


「私がここに来たのは今の総監、コノハ総監の指示です。コノハ総監は、かばんが優秀な人材であることを知っていました。だから、私を監視役としてここに配属したのです。もちろん、まずいと思うことはダメだと、言う事もありましたが、かばんはそれを一度はわかったような感じでしたが、すぐに以前のように戻ってしまったのです」


「それで、どうしたんですか?」


ワシミミズクは一口、紅茶を飲んだ。


「私はありのままを報告し、かばんを

クビにするつもりでした…。しかし、

ある“事件”で、私の、かばんに対する目が変わりました」


「ある“事件”...?」


「それは、ミライを殺害したテログループの派生が巻き起こした、事件なのです。あの事件は、忘れもしません...」


私はワシミミズクさんが一瞬目を閉じた隙に紅茶を飲んだ。





あれは...、5年前...




《白千都七川(ななかわ)地区》

この地区には国の陸軍の基地がある。

それ故に、軍関係者の住む公営住宅が多い。事件はその一室で起きた。



「被害者は?」

ヒグマはマンションの廊下を歩きながら尋ねた。


「アラビアオリックス...。

陸軍第4小隊の隊長です」

キンシコウは歩く速度をヒグマに合わせそう答えた。


「隊長?うわっ...、国防省とか絡んでくんじゃないか?」


「かもしれませんね...」


現場に入るとリビングで被害者が倒れていた。


「死因は、撲殺か?」


「ええ。まだ、凶器は断定出来てないですけど」


そう答えたのは鑑識のオセロットだった。


「凶器ねぇ...」


顎を指で撫でる。


「でも、かなりこれは荒っぽい犯行ですね...」

キンシコウも後ろから呟いた。



「犯人はきっと強い恨みを持っていたんでしょうね」


その声で二人は後ろを振り返った。


「また出た!特指は関係ないだろ...」


「止めとけと言ったんですが、聞かなかったんです」

ワシミミズクは申し訳なさそうに答えた。


「たまたま近くを通ったら、警察がいたのでお邪魔しました!」


「事件現場は飲食店じゃねーんだよ!」

ヒグマは笑顔でそう言うかばんに対し苦言を呈した。


「被害者は陸軍小隊隊長ですか...

奇々怪々な事件ですね」


かばんは遺体の傍らでしゃがむ。


「そうですね。奇々怪々な事件は私達“一課”が解決するので、安心してお帰りください」

キンシコウは言った。


「ですって、行きましょうよ。かばんさん」

ワシミミズクはそう促した。

だが、かばんはそれを無視、四つん這いになって何かを探し始めた。


「あっ、ミミさん、何か長いもの持ってますか?」


「長いもの?」


「定規なら持ってますよ」


キンシコウは持っていたのを直接渡した。


「おい、何してんだよ...」


「また美味しい所だけ持っていくんですよ」


定規を受け取ったかばんは棚の僅かな隙間からある物を掻き出した。


「ん...、これって...」


ワシミミズクは近寄った。


「“ネクタイピン”ですね」

かばんは言った。


「棚の下にあったという事は、被害者と犯人が揉み合ったということなのですかね」


「かもですね…、オセロットさん」


かばんはオセロットを呼びつけた。


「これ証拠品見つけました。お願いしますね」


証拠品を渡した。


キンシコウに定規を返してから、かばんは一通り考えた事を口にした。


「恐らく、被害者は犯人と揉み合いになり最初にあの棚に頭をぶつけた。

怯んでるうちに凶器で複数殴られた」


指でその物を指しながら説明した。


「凶器は何なんだよ」

腕を組みヒグマが尋ねる。


「もしかして、“本”じゃないんですか?」

ワシミミズクはそう答えた。


「本?」

思わず聞き返す。


「あの本棚を見て欲しいのです。

不自然に“間”が空いてる」


言われた通り、本棚を見ると不自然に

何か大きな本が一冊分抜けている。


「あの大きさの本で人を殺せるモノとしたら...、“辞書”ぐらいですよね」


かばんがそう言った。


「辞書で殴って殺したのなら、燃やされてる可能性もありますね」

ワシミミズクは独り言の様に言う。


「犯人への手掛かりは、あのネクタイピンと、小隊隊長という戦闘訓練を積んだ人間よりも遥かに“経験を積んでいる”と言うことですね。ミミさん、一回戻りましょう」


そう言うとそそくさと玄関へ向かった。


「失礼します...」


ワシミミズクは二人に頭を下げて、かばんの後を追った。



「遥かに経験を積んだ人間?」


ヒグマは首を傾げる。


「まさか、陸軍の小隊隊長よりも上の人物...?」


キンシコウが憶測を口にした。


「小隊隊長の上って言うと...」


「この国では一等尉官が小隊隊長を任されるって聞いたことがあります...

その上なので、陸佐、陸将レベルの人物の犯行なのでは...」


「おいおい...」


嫌な想像がヒグマの脳内を駆け抜けて行った。




《中央署》


「おい、お前ら」


そう声を掛けたのは特指課によく遊びに来る、横領や詐欺など金銭関係の事件を担当する捜査三課課長のサーベルタイガーだった。

因みに一課は殺人や強盗などの刑事事件

二課は麻薬や暴力団の専門である。


「なんですか?」


「総監がお呼びだったぞ」


(もうバレたのですか...?)

一瞬、ワシミミズクの背中に寒気が走った。


「そうですか。ありがとうございます」


礼を述べて、かばん達は総監室へと向かった。


《総監室》


「やっとお前らが役立つ日が来たのですよ。私は賢いので、采配も上手いのです」


毎度の如く自画自賛するコノハ総監

ワシミミズクと容姿が似ているが繋がりはない。


「で、ご要件は?」


かばんは尋ねた。


「アクシス国防省事務次官の護衛です。

本人が直々に誰かよこせと言ってきたのです」


「それなら、ボディーガードに任せれば…」


「かばん。あなた達と言う人材を取って置きながら使わない...。宝の持ち腐れなのですよ。それに、本人の身の警護という理由では無いのです。市民団体の監視です」


「市民団体?」

ワシミミズクが復唱して尋ねた。


「“火がついたら爆発しそうな奴らがいる”と言ってきたのですよ。

具体的な内容は話しませんでしたが」


「で、僕達の役目は?」


「アクシスの所に行って自分達が団体を監視すると伝えて、安心させてください。それ以後の指示はこちらから出すのです。勝手な行動は慎むのですよ。

相手は国のエリートですからね」


かばんとワシミミズクは肯いた。


こうして二人はアクシス国防事務次官

の所に向かうのであった。

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