第2話

白小路千家殺人事件 (パート1)

静寂なる空間...。

背後から獅子脅しの音。


私は畳の上で慣れない正座をする。


「お、お手前、ちょ、頂戴し、し、

します...」


(えっと、どっち回しだっけ...)


「アドさん、左です」


小声で隣のかばん先輩が指摘する。


前回の事件から私とかばん先輩は

何かとコンビで捜査するようになった。

いつの間にか“アドさん”と呼ばれてる。


私は抹茶を飲んだ。


不味くはないが美味しいとも一言で言い切れない。


さて、私がこんな所で抹茶を飲んでいる理由は数時間前に起きた事件が発端だった。












《京州市 観音(かんね)渓谷》


秋になると紅葉で有名な観光名所。

京州市の北部にある。

夏は新緑が美しく、ハイキング客も多い。


そこである事件が発生した。

通報を受け、刑事課のメンバーは急行した。


「死亡推定時刻は今日の朝6時から7時の間っすね」


カラカルが鑑識から結果を聞いて、報告した。


「そっかー。じゃあ今朝この吊り橋から突き落とされたのか...」


フェネックは右手で顎を抑えながら

呟いた。


「その見立てで間違いないですね」


もちろん、かばんも頷く。


「被害者はハシブトガラス、京州市内在住...」


免許証持ってを読み上げた。


私は遺体の少し離れた所を探っていた。

大きく灰色の岩が長年の川の流れで侵食されたのか、平ったく階段状の地形を作り出している。


「あっ」


遺体の場所から1段下がった岩の所で

ある物を見つけた。


「先輩!」


私はそれを手で取って、

かばんとフェネック、二人の先輩の方へと向かった。


「こんなもの見つけたんですけど…」


「紙で折られたツルだねー...」


「アドさん、何処で見つけたの?」


「この1段下がったところの岩の上です。多分、最初は遺体の傍にあって、

風かなんかで飛ばされたんじゃないかなと」


「...かばん、これ普通の紙でおられたものじゃないね」


フェネックが確認を取るように尋ねた。


「...何ですかね」


かばんもわからない様だ。


「鑑識に回しておきますね」


「うん、よろしく頼むよー」











《京州署 鑑識課》


鑑定結果が出たと言う事で、鑑識課に

足を運んだ。


「マーゲイさん、こんにちはー」


かばんが挨拶する。


「ああ、どうもどうも!」


物陰にスタンバイしていたかの様に、

直ぐに飛び出してきた。


「こ、こんにちは...」


私も遅れて挨拶した。


「あっ、かばんさん、この前のコンサートの件はありがとうございます!」


「いえいえ、楽しんでいただけたなら」


「コンサートって何ですか?」


「PPPっていうアイドルグループのだよ。大量にチケットを送られてくるから...」


かばんは微笑しながら答えた。


「いや、かばんさんはメンバーにお友達がいらっしゃいますからねぇ〜

羨ましい限り、いや持つべき物は友ですね!」


「へぇ〜、そんな方と友達なんですね」


意外であった。

過去になんかの接点があったのだろうか?


「所で、鑑定結果は何だったんですか?」


「ああ、それがですね...

あの現場にあったツルから被害者以外の第三者の指紋が検出されました」


「第三者...、犯人ですかね?」


私は顔をかばん先輩に向けながら言った。


「それで、紙がですね、“懐紙”でした」


「ん、何ですか、懐紙って?」


「茶道でお菓子を乗せるのに使う紙だよ」


かばん先輩は鶴を見ながら呟いた。


「茶道...」


私はこの事件の真相が何処にあるのかわからなかった。








《三鳥谷(みとりや)地区》


サーバルとカラカルはハシブトガラスの

家を訪れていた。


「まさか...、あの子がそんな事に...」


身内が亡くなったなら当然の反応だ。


「ヤタガラスさん...、ご愁傷様です...娘さんは何か恨まれるとか...」


カラカルが申し訳なさそうに尋ねる。


「あの子は真面目な子です...

そんな恨まれるなんて...」


「何か趣味とかは...?」


サーバルが尋ねる。


「茶道を習ってました」


「茶道ですか」


カラカルは“ほう”という感じの反応をした。


「白小路(しろこうじ)千家という所で、弟子として。先生によく可愛がられていて、

後継者の名前に上がっていた程です」


「そうですか...」


カラカルは大きく肯いた。

聞き込みを終えて礼を述べ、家を出た。

サーバルは家から出ると、携帯で連絡を入れた。


「あっ、もしもし?かばんちゃん?

被害者は白小路千家っていう所の茶道を習ってて、先生からも可愛がられてたみたいだよ」


『うん、わかった!ありがとう』


ピッ


「どうやら、今回の事件は“お茶”が絡んでるらしいね。行くよ、アドさん」


「あっ、は、はい!」







《桜田(さくらだ)地区》


「すごい...、広い庭に、池もあるなんて...、家は和風だし...」


「白小路千家は歴史が長いからね。

80年以上も昔からあるらしいよ」


「へえー....」


ピンポーン


インターホンを押した。


ガラガラガラ...


「...はい」


「こんにちは、突然すみません。

京州署刑事課のかばんです」


「同じく、アードウルフです」


2人は順番に警察手帳を見せた。


「あの...、警察の方が、何故...」


「実は、今朝観音渓谷でこちらで茶道を習っていたハシブトガラスさんの死体が発見されました。その件でお話しを伺おうと思い訪ねました」


かばんが落ち着いた口調で説明した。


「え...、そんな...」


右手を口に当てた。


「...お話しお伺いしても」


私が後ろからひっそり言うと彼女は肯いてくれた。


私達は一旦客間に通された。

最初に応対してくれた彼女がやって来た。


「申し遅れました。ウグイスと申し上げます」


ウグイスと言う彼女は少し控えめな声で

流暢な喋り方。妙にイントネーションが

京州とは異なった。


「つかぬ事お伺いしますがご出身は?」


「甘西県の渡京市です。とは言っても

育った場所ですが...」


「育った場所...?」


私は少し気になり復唱した。


「私、実は今の両親と血の繋がりが無いんです。幼い頃、孤児院にいて、それで白小路千家の当時のトップだったキュウビギツネさんに拾われて、養子になりました」


「そうなんですか...」


「ところで、ハシブトガラスさんについて質問したいんですけど、どんな方でしたか?」


かばんがそう尋ねる。


「とても真面目な方でした。

父はハシブトガラスさんの事を気に入ってた様で、遺言にも後継候補にさせると」


「遺言?お、お父様は亡くなられたんですか...」


私は心底驚いた。


「つい先日病気で急死してしまって...」


「お悔やみ申し上げます...」


私はそう言って小さく肯いた。

ウグイスもそれに応えて小さく肯く。


「ご愁傷様です...。確か、あなたの父でもあるキュウビギツネさんは

白小路千家のトップ、当代と言うんでしょうか。その方が亡くなられたとなると、跡継ぎっていうのは...」


「そうなんです。

父は遺言に3人の名前を書いていました。元から病気を患っていたので、

予め書いたんだと思うんですけど、肝心の誰にするかが書かれていなかったんです。それで明日3人を集めて話し合うつもりだったんですけど...」


「あっ、お父様の遺言にはハシブトガラスの名前があったんですよね?」


「えぇ...、本当に困った事に...」


「ちなみに、もう一人は?」


かばんは少し前のめりになり尋ねた。


「タンチョウです」


「わかりました。では、今日の朝6時から7時の間は?」


「母と朝食をとっていました」


「ありがとうございます。後、一つ知りたいんですけど、このツルに心当たりは?」


かばんはツルの写真を見せた。


「あっ、私が折った物です」


「そうですか、わかりました。

ありがとうございます。

あ、一つ個人的なお願いなんですけど、抹茶を頂いてもよろしいですか?」


「せ、先輩!?」


私は小さな声で突っ込みを入れた。


「少しお待ち頂ければ…」


「お願いしてもよろしいですか?

すみません。お手数おかけします」


「では、ご案内致します」


ウグイスと共に、私と先輩は立ち上がった。


「い、い、いったいどういう...」


移動中小声で先輩に耳打ちした。


「滅多に出来に貴重な経験ですよ」


そう言い返してきた。


「えぇ...」


私は先輩の魂胆がわからず、グウの音も出なかった。









《京州署刑事課》


「殺されたハシブトガラスは白小路千家の跡継ぎ候補だった...、なるほどね」


フェネックはまとめた書類に目を通した。


「はい、その後継問題がこの事件に一枚噛んでいるのではと僕は思ってます」


「その可能性はあるねー」


フェネックは抑揚の無いトーンでそう言った。


「つーか、あのツルはウグイスが作ったのに本人にはアリバイがある...

じゃあ犯人はタンチョウか?」


カラカルは後ろで腕を組みながら言った


「一概にそうとは言えないよ、カラカル。タンチョウにアリバイがあるかもしれないよ?」


サーバルがその発言に対し反論した。


「そしたら誰が突き落としたんだよ…

幽霊か?」


「明日ウグイスさんのお宅で後継者が集まる様ですから、そこで話を聞いたほうが良いんじゃないでしょうか?」


私はそう、みんなに向かい発言した。


「そうだね。明日は私もその集いに行ってもいいかな。今回のヤマは規模が大きそうだからね」


「いいですよ、ね、アドさん」


かばん先輩が尋ねたので私は、


「は、はい」


と答えた。


「ウチらは?」


カラカルがフェネックの方を向いた。


「カラカルとサーバルには、殺害現場周辺の詳しい調査をして欲しいと思ってね」


「わかった!」


サーバルは即答で答えた。


「山登りかあ...はいはい」


それとは対照的に面倒くさそうな雰囲気をカラカルは醸し出していた。










《翌日》


位の高い大先輩2人と同じ車に乗る。

恐縮と緊張の旋律が入り交じった私は

後部座席で肩を窄めていた。


あの2人からは普通じゃないオーラが出ている。

そう感じた。


40分程度走らせ、あの屋敷に到着した。


先輩たちが言うには先に、タンチョウに

話を聞くらしい。


「こんにちは、京州署の者です」


かばんは出てきた人物に挨拶した。


「警察の方...、お話は娘から聞いております。母のコウノトリです」


かばん一旦頭を下げ、話を続けた。


「今日ここで跡継ぎ会議が開かれるそうですね」


「ええ、そうですが...」


「タンチョウさんに話を聞きたいのでこちらで待たせて貰ってもよろしいですか?」


「あぁ、はい」


私達は家に上がらせて貰い客間でタンチョウを待つ事になった。


アードウルフの後ろに入ったフェネックは客間の扉の前で立ち止まり、コウノトリに尋ねた。


「娘さん、昨日の朝6時から7時間、

あなたと朝食を食べていたそうですが」


「6時10分にあの子が起きて一緒に朝食を作り6時50分食べ始めました。

7時20分には、食べ終わってます。」


細かい時間を示すつつそう説明した。


「そうですか。じゃあ、昨日の朝は

2人で家にいらしたんですね」


「はい」


「どうもありがとうございます」

フェネックは頭を下げた。

(ウグイスのアリバイは成立か...)


スーッと襖を開けて客間に入った。


「犯行時刻にウグイスによる殺害はムリだね」


「そうですか...」


かばんは、腕を組み下を向いた。


「問題のタンチョウに完璧なアリバイがあったら...どうするんですか?」


私は不安を口にした。


「完全犯罪...」


そんなワードがフェネックの口から飛び出した。


「....」


珍しくかばん先輩は黙っていた。






30分ほど経った。

すると、襖を叩く音と共にコウノトリが

顔を覗かせた。


「失礼します。タンチョウさんがお見えになりました」


「こちらに来る様にお願いします」

フェネックはそう頼んだ。


「わかりました...」



少ししてタンチョウが入ってきた。


「はじめまして、刑事さん。

タンチョウです」


偉く小さい声だ。

周りが工事をしてたら聞こえなさそう。

見る限り小柄で、人を突き落とす様な

残虐な人には見えない。


「お時間取らせてすみません。

京州署のフェネックです」


「同じく、かばんです」


「アードウルフです」


「ウグイスから聞きました。

ハシブトガラスさんの件ですよね...

まさか彼女が殺されるなんて...」


「ご存知なら話は早い、昨日の朝6時から7時の間はどちらへ?」


フェネックは単刀直入に事件当日のアリバイを尋ねた。


「朝5時50分に家を出て、

テレビ京州へ」


テレビ京州はこの京州に本社があるテレビ局だ。


「何のお仕事をされてるんですか?」


私は気になって尋ねた。


「“メイク”です。当朝の報道番組のキャスターの担当が私なので...

テレビ局に確認して貰えればよろしいかと」


私の悪い予感が的中した。

フェネックは腕を組んでいた。



「...、あなたとキュウビギツネさんはどのような関係で?」


かばんが長い沈黙からその質問を発した。


「私、キュウビギツネさんの一番弟子

なんです。昔からの長い付き合いで、

色々な事を学ばせて頂きました」


「あなたも跡継ぎ候補なんですよね」


「キュウビギツネさんが私を候補にしてもらった事は大変光栄に思ってます。

白小路千家の名に恥じぬよう、伝統を守りつつ、今後に繁栄と生徒を増やす為に新しい改革も必要だと考えております」


その話を聞き、私は疑問に思った点を問う。


「でも、メイクのお仕事と両立させるのは難しいのでは?」


「もし、跡を継がせて頂けるのなら、

仕事を辞めてもいいと思っております」


「茶道に打ち込むんですね」


「私にとって茶道は特別ですから」


うっすらと笑みを浮かべた。


「あっ、あとの仕事の時間も詰まってるのでよろしいですか」


腕時計をチラッと確認した。


「ええ、お時間頂いてすみません」


フェネックは頭を下げて、聴取を終えた。


タンチョウが部屋を出たのを確認し私は声を出した。


「どうしましょう...、本当にアリバイがあるじゃないですか!?」


「まあまあ、落ち着こーよ…

私はテレビ局に行って確認してくるよ

いい?」


「ええ」


かばんは簡単に相槌を打った。


テレビ局へ行くと言ったフェネック先輩が先に家を出た。


残った私とかばん先輩は跡継ぎ会議が

終わるまで待った。


40分位の長い会議だった。

タンチョウは仕事があると言って帰ってしまった。


かばんはウグイスに話を聞いた。


「どんな事をはなされたんですか?」


「今後この白小路千家をどう守って行くかについて...、私は父の意志を受け継いで何も変えないでそのままの流れを引き継ぐと言いました。

でも、タンチョウは新しくした方が良い事もあると...、だけど、私が考えてる新しいのとタンチョウの考える新しいには懸隔があって...、結局まとまりませんでした」


「タンチョウさんの新しい考えって?」


私は続けて聞いた。


「白小路千家の名を冠した喫茶店を全国展開するだとか...、若い子に興味を持って貰うためのソーシャルメディアの利用とか...。私は尊厳ある白小路千家の伝統を大きく壊すのではと懸念してるんです。また、話し合いをしなければ....」









《京州署刑事課》


サーバル達の車に乗って帰ってきた。


車中でカラカルさん、“いいお土産がある”って言ってたけど。


1時間後フェネック先輩が戻ってきた。




「さ、結果報告だよー。

怪しかったタンチョウだけどテレビ局に行ったら受付の人が朝6時20分に通ったと証言。それに社内の防犯カメラにも彼女の姿がバッチリ映ってたよ」


「ええっ!?」


突如声を出したのはサーバルだ。


「タンチョウにアリバイが...!?」


カラカルも驚いた声を出した。

その特異な様子でフェネックは顔を上げた。


「そっちの現地調査で何かわかったの?」


「うん...、ライブカメラがある事がわかったんだ」


サーバルは自身の机のパソコンを立ち上げ、USBメモリを指し、慣れた手つきで

ファイルを開き見せた。

刑事課の皆がその画面に視線を注いだ。


「これは...!」


私は息を飲んだ。


「タンチョウさん...、ですね」


かばんは左手で口を覆っていた。


映像には、タンチョウが後ろ姿で吊り橋の上からハシブトガラスを突き落とす瞬間がコマ切れで映っていた。


「...これが昨日の朝のライブカメラの映像を抜粋したものだぜ」


「けど、矛盾してるよね...」


サーバルは声を震わせた。


「トッペルゲンガーとか、

双子とか、まさかクローン!?」


カラカルはそんな想像を口にした。

けど、私は何か違うことを考えた。


(待てよ...タンチョウさんはメイクの

仕事をしていると言っていた...

つまり...)


私が推理をしていると

クスッと笑い声が聞こえた。

間違えない。かばん先輩だ。

あの人にはもう、答えがわかっている。

この“事件のトリック”が。


私も知りたい...。


あの天才の考える事が“わからない”なら

“わかるよう”になればいい。


「アレは、“替え玉”なんじゃ...」


私がそう言うと、サーバルとカラカルが

振り向いた。


「どういうこと?」


サーバルが尋ねた。


「タンチョウさんはメイクの仕事をしている...。自分に似た人物を自分に見えるようにメイクしてその人物に殺害をしてもらえれば...、このトリックは成り立つ...」


「共犯者ってことだね...」


フェネックは腕を組み、無意識にか右手の人差し指を細かく動かしていた。


「僕もそう思いました。

しかし何故、タンチョウさんが替え玉を用意したのかが気になります」


「成りすましてた人物もね!」


サーバルが付け加えた。


「じゃあ、タンチョウの周りを徹底的に洗おうか」


フェネックの一声で全員が肯いた。












「こんな所に呼び出してどうしたんだよ全く...。納品が迫ってんのに」


...ゴスッ


「うぐっ...」


スーッ、スーッ...


バンッ!


ガアアアアアア....

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