先輩の過去(パート2)

「こんにちは。コノハ総監の指示で、ご挨拶伺いました。特指課のかばんです」


「同じく、ワシミミズクです」


「君達か...、よろしく頼むよ。

改めて、アクシスジカ、国防省事務次官だ」


アクシスは頭を下げた。


「早速だが、君達は国防大臣の交代を知ってるだろう?」


「ええ。前のヘラジカさんがスキャンダルで批判を浴びて...」


かばんは率直に答えた。


「いいや、それだけじゃないさ...」


独り言のように言った。


「それだけじゃないとは...」


ワシミミズクも気になって聞き返した。


「まあ、色々あるんだよ。察してくれ」


多少腑に落ちなかったが、ワシミミズクは本題に入った。


「ところで、市民団体を監視して欲しいというお話を聞いたのですが、どんな団体なのですか?」


「ああ、リーダーはミナミコアリクイ

デモばっかやってる奴らだよ…」


疲れきった様子で、ソファーに深く座った。


「それが、なぜ危険だと?」


続けてそう尋ねると少し眉間にシワを寄せた。


「ああいう集団は、武器に出来るものを見つけたら直ぐに攻撃してくる...。

油断ならないんだよ...」


喉の奥から鉛を吐き出そうとしているような、苦しげ言い方だった。


「あの...、このメダルは?」


飾ってあったメダルをかばんが指摘した。


「国防省である年数働くと貰えるご褒美みたいなもんだよ。30年連続勤務の奴でね...」


(...あれ?このメダルの横に縦向きの溝?)


メダルの他に何かを入れる場所がある。

それは細長いくぼみ。

どこかで既視感がある。


「すみません。これ、メダルの他に何か入ってませんでしたか?」


そう尋ねると直ぐに返答はなかった。


「記憶にないな」


そう短く言った。


「ああ、そうだ。話の続きをしてなかった。5日後にヘラジカの代わりに新しくライオンが国防大臣になる。

それの着任祝いパーティを開き国防省の幹部達が大勢集まる。それまで、市民団体を注視してほしい」


「わかりました…

こちらも誠意を尽くします」


「頼んだよ…。

話は変わるが、なんなんだ。あの警部は?」


「恥ずかしながら、私の上司です。

気になった物にすぐに飛びついてしまう...。子供のような人物で...、

本当に申し訳ないです」


ワシミミズクは頭を軽く下げた。


「いやいや、君が謝る事じゃない。

部下の責任は上司の責任とかと言うが

私は違うと思ってる」


アクシスはソファーに座り直した。


「どういうことですか?」


「部下の責任は部下の責任、

上司の責任は上司の責任。それぞれ違う立場で責任を背負っている。だから、

部下が何かミスをしたら、部下にその責任があるワケだ。連帯責任なんて考えは古い。私はそう思うね」


「さすが、政治家先生の言うことは違いますね」


ワシミミズクはそう感心したように言った。






《中央署特指課》


「アクシス国防事務次官...、怪しいよね」


かばんは植物に水を与えながらそう言っ

た。


「それは、どういう意味で?」


「単刀直入に言うと、オリックスさん殺害の犯人...」


振り向いて顔を合わせた。


「なんでそう思うのですか?」


「第一、メダルの横にある溝

あれは“ネクタイピン”じゃないかということ。

第二に、やたらと周りを警戒し過ぎている。普通の人ならデモ隊がデモをやったぐらいで被害妄想的な考えは抱かない」


確かに、言われてみれば彼女の言動は多少不自然であった。


「ミミさん。僕はこう思うんですよね。

オリックスと市民団体が“繋がってた”んじゃないかって」


「その証拠を見つけ出せってことですか?」


「そういうこと」


「...、しかし、事務次官が仮にやったとしたら、それこそヘラジカ氏のスキャンダル以上の大騒動ですよ...?

今のただでさえ不安定なトキ内閣に大きなダメージを与えますし、上は政府ですから、最悪私達が槌で叩かれるかもしれないじゃないですか」


すると、かばんはワシミミズクを見つめ直した。


「相手が誰であろうと罪は罪ですよ?」


そう言い放った。


「僕の母が言ってました。

たとえ、犯人が、友達であっても、親であっても、恋人であっても、

警官になったからには、その“責任”をしっかりと果たさなくてはいけないって」


「それは...、そうですけど...」


どっちみちコノハ総監が気分よくなるわけが無い。

彼女が良くても警察を管轄する政府から圧力がかかるという可能性もある。


「ちょっとオセロットさんの所に行ってきますね」


かばんは外に出ようとした。


「待ってください。私も行きます」


そう言って、共に部屋を出た。




《鑑識課》


「オセロットさん、こんにちは」


かばんは挨拶した。


「ああ、いらっしゃい」


彼女もまた、気さくに挨拶した。


「あの“ネクタイピン”、鑑定終わりましたか?」


「はい。あれは、国防省に30年連続で務めた人が貰えるものだとわかりました」


(やっぱり...)


後ろで聞いていたワシミミズクは小さく肯いた。


「指紋に関しては、被害者と第三者の物がありましたね…」


「そうですか。その第三者に心当たりがあるので、聞いてきます」


「えっ、そうなんですか?」


オセロットも驚いた様な顔を見せた。


「うわっ!また出た!」


鑑識課に入ってきたのはヒグマだった。


「かー、ばぁー、んー...

何してるんですかぁー??」


「犯人はもうわかりました。

後は動機と凶器だけです」


「なにっ!?もうわかった!?」


「すごいお早い解決ですね...」


ヒグマはいつものように派手に驚いたが、キンシコウはいつも通り冷静であった。

キンシコウは階級から見ても警部補だし、元々ヒグマの様な性格じゃないというのもあるが...


「犯人って誰なんだよ?」


ヒグマは率直に尋ねた。


「誰にも言いませんか?耳貸してください」


そう言ったので、ヒグマは耳を近づけた。


かばんは短く、その犯人の名を告げた。


「では、僕達はこれで」


「失礼します」


かばんとワシミミズクは部屋を出た。


「おい、キンシコウ...」


「何ですか?」


「一番偉いのに、二番目みたいな役職って何だ...?」


「えっ、なぞなぞ形式で言われたんですか?」


「ア、アイツ...!

オセロット!証拠品を見せろっ!!」


「はっ、はい!」





翌日、再びワシミミズクは国防省のアクシスの元を訪れた。

これはかばんであると、踏み込みすぎて、彼女に接触できる可能性が低くなると思った上での行動であった。


事務次官の部屋に通された。


「失礼します。例の件について報告に」


「あれ、昨日のあの子は居ないんだね」


椅子に座っていたアクシスはそう言った。


「ええ。彼女は別件で...」


「君で良かった。私とあの子じゃ馬が合わなそうだった」


冗談っぽくアハハと笑った。


「例の市民団体の件ですが、未だ目立った動きは見せていません」


「そうか...。

なあ、もし、爆薬とか作ってたら、

テロ等準備罪になるんだろ?」


「いえ...、まだテロ等準備罪は制定されてから1度も適用されたことがありません。その団体が、爆薬を用意して、なおかつ、テロを企てているという確固たる証拠がなければ、立件は難しいでしょう」


「そうか...」


少しがっかりしたような言い方だった。


「あの、どうしてそんなに疑心暗鬼なんですか?何か特別な事情でも...」


彼女は下唇を噛んで難しい表情を浮かべた。


「こういう仕事をしていると、そう感じることがあるんだ。君だって警官という仕事柄そういう不安感みたいなものがあるだろう。それと同じだ。

報告ありがとう。私も忙しいのでね」


「はぁ...」


先程の台詞が言い訳のようにしか聞こえなかった。






一方、白千都郊外にあるアパート

アクシスの気にしていた市民団体のリーダーであるミナミコアリクイの居る場所だ。


インターホンを鳴らした。


「誰です?」


「警察の者です」


そう言うと静かに扉を開けた。


「中央署のかばんと言います。

少しお話を伺いたいのですが...」


「自分達の行為に何か問題でも?」


「あっ、いえいえ。そんな事ではないです。とある人物についてお伺いしたくて...」


かばんは懐からアラビアオリックスの

写真を見せた。


「この方ご存知ですか?」


その途端、ミナミコアリクイは目の色を変えた。


「犯人はまだ特定されてないんですか」


「はい...」


「じゃあ早く捕まえてください」


「あの、この方知ってますよね。

この団体のメンバーだったんですか」


かばんが問い詰めるがミナミコアリクイは黙ったままだ。


「犯人の逮捕に極めて重要なことです。知っていることを話してください」


「...彼女は確かにこの団体のメンバーだった」


ボソッとそう言った。


「何か、トラブルの元になるような事は?」


「彼女、国防省の内部情報を漏洩させてた」


「内部情報を漏洩...?

それはこのメンバーに“意図的”にということですか?」


その質問で少し慎重になったのか。


「何かそういう罪あんの?」


と、聞き返した。

確かに、意図的に漏らした情報と知りながらその情報を取得するのは盗聴罪かなんかに抵触するかもしれない。

しかし、それを言ったら全てが無駄になる。


「いいえ」


嘘も方便だ。


「最初は意図的にとかは気にしてなかった。けど、言われて見れば、意図的だったかもしれない。メールで送られてきた」


「どんな内容だったんですか?」


「国防省が最新型兵器を導入するって…、その設計図とか、概要を」


「そうですか」


「あの、犯人が見つかったら教えて頂けますか?」


「...ありがとうございます。

覚えていれば、教えます」


ちょっとムッとした顔を見せたが、僕はその場を後にした。



《中央署》


「アクシスは動揺していました。

テロ等準備罪とか言い出してきましたし…。アレは黒と見て間違いないでしょう」


ワシミミズクはそう報告した。


「オリックスとミナミコアリクイがリーダーの市民団体...、繋がってました。

オリックスは国防省の新兵器に関する

資料データをミナミコアリクイに横流していたんです」


「情報漏洩ですか...

アクシスはそれを知って殺害に及んだんでしょうね」


「動機としては...」


「じゃあ、どうしますか?

ネクタイピンが殺害現場に落ちていたと言って、捕まえますか?」


かばんは腕を組み、窓の方を向いて目を閉じた。


「そうやってトントン拍子で、行けばいいけど...、問題はコノハ総監が礼状にハンコを押してくれるかどうかなんだ。ああいう上の人は、流石に礼状が無いと動かないし...

ミナミコアリクイの方も捜査しないと」


「ですよね。そんな感じでした。

礼状の件は私達の指示外なので一課に取らせますか?」


「きっとここからの情報だと疑われるかもしれないけど、ダメ元でやってみましょう。

オリックスの情報漏洩の件は、僕がサイバー対策課のツチノコに根回しします」


「わかりました…。

取り敢えず、一課に自然に流しておきます」


「お願いします」



《総監室》


「失礼します。お呼びですか、コノハ総監」


ヒグマが総監に呼ばれた。


コノハ総監は黙って卓上に1枚の紙を置いた。


それは、ヒグマが出した令状請求の紙だった。


「これはどういう意味です?」


鋭い視線で、ヒグマを見た。


「えっと...、見ての通りです」


「ほほう...、アクシスジカの逮捕状...お前が自ら請求したのですか?」


「あっ...、それは...」


「無理して言わなくてもいいですよ

私がお前の給料を減らすだけです。

安い外国産の鮭の切り身でも食ってればいいじゃないですか」


人差し指と中指を擦り合わせながらそう言った。


「と、特指課から、オリックス殺害の犯人はアクシスだ。任意同行は絶対に拒否されるから、逮捕状を出せと...」


「お前は脅されたのですか?」


(ど、どうしよう。手柄を横取りして...だなんて言えない...)


「は、はい!」


「なるほど。今からあの二人を呼んでくるのです」


「わ、わかりましたっ!」





そうして総監室に僕達は呼ばれた。


「アクシス国防事務次官が、オリックス殺しの犯人という話を一課に流したそうですね...」


「はい」


今更嘘を付く理由もない。

素直にそう答えた。


「かばん...、お前という奴は...

毎度毎度余計なコトを...

それに...」


コノハ総監は両肘を机に付き両手を組み合わせたまま、ワシミミズクを見た。


「一応、注意はしたんですけど...」


コノハ総監は咳払いをした。


「良いですか?こんな物を出したら、

政府から何て言われるか…」


「でも証拠はあります。

ネクタイピンと、後は動機も」


「ええ。ですけど、私は貴方達に

“オリックス殺しの犯人を見つけろ”だなんて、一言も言ってないのです」


「特別に許可を出してください。

人を殺めた人間が野放しになったままで良いんですか?」


かばんは粘った。


「お前らが素直に指示を聞いてればオッケーしたかもしれませんが…」


「それでもコノハ総監は警察官なのですか」


そう一石を投じたのはワシミミズクだった。


「相手が誰であろうと、罪を犯した人間は裁かれるべきです。

確かにこれまで、特別指令課の名を欺いて、勝手に色々やってきましたが、

実際、我々の捜査のおかげで解決出来た事件も数多くあります。

そういう事を加味してください。

お願いします」


そう言って、頭を下げた。


「もし、問題が発生したら、僕はこの警察を辞めます。その覚悟はできています。ですから、どうか」


かばんも頭を下げた。


「....」


少し沈黙が生まれた。


「...私は賢いので、もし今回の件で何か起きたら、お前達も道連れにしますからね」


「...というと」


かばんは頭を上げ、コノハ総監の顔色を伺った。


「“今回だけ”逮捕状を出しましょう」


「ありがとうございます」


僕とワシミミズクは再び頭を下げた。


アクシスを逮捕する事によって事件は

解決する。

そう、思っていた。



翌日、僕達はアクシスの家に行った。

玄関で出迎えたのはアクシスの家の使用人、テグーだった。


「すみません、アクシスさんは?」


僕がそう尋ねると、驚くべき答えが返って来た。


「ああ。ご主人様でしたら、朝一の飛行機で海外に向かわれました」


「か、海外?」

僕は耳を疑った。


「ええ、出張とか仰ってました」


「それは、いつ頃戻って来るのですか?」


ワシミミズクが尋ねた。


「3日後の予定です」


3日後というと、あの就任パーティの

当日である。


「まずいことになりましたね...」


ワシミミズクが小声で呟いた。


「ええ...」


僕も小さく呟いた。






「警察は無能だ...

だが、国防省の人間に犯人がいるはず...」


カチッ


「3日後の就任パーティ...

祝砲を打ち上げてやる...、ライオン国防大臣...!」

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