第11話 富山へ

あのあと敏彦は兄を電話で呼んで、兄が私を家まで届けてくれた。

幻聴は止まない。そもそも、これは幻聴ではないかもしれないが。最初、首から始まって、顎に少しかかる程度だった痣は、鼻の上まで達し、ますます色を濃くしている。


正直、多くのことが起こりすぎて、何を処理したらいいか分からない状況にある。

私を、覚えていないくらい前から監視していた敏彦。小学校三年生の秋、珠美に妨害されてから、敏彦とは会釈をする程度で、昨日までは一言だって言葉を交わしたことはなかった。

大量の写真に、私の好きな曲や、家族と話した内容も知っていた。まあそれは、恐らく盗聴器でも仕掛けたのだろう。私と敏彦の家は隣同士だし、昨日初めて知ったことだが兄と敏彦は未だに連絡を取り合う仲であるらしい。

敏彦の行動は不気味でひたすら気持ちが悪いけれど、特に疑問はない。


直樹のことだ。

真に迫った敏彦の語り口と、あのタイミングでサカナが現れたことで信じてしまったが、直樹が「タルパ」とかいう意味不明な精神修行を行おうとしただとか、富山県の不気味な儀式とか、そんなことに関わるとは思えない。

直樹は優しく真面目なスポーツマンだ。友達だって多い。

偏見かもしれないが、そんなオカルト方向の発想をするのは、敏彦のような冴えない見た目で、友達も少なくて、暗い青春を送ってきた人間なのではないか。(事実敏彦はオカルトに詳しかった)

敏彦は基本的に毎日私を見ていたらしいので、直樹は私に好意を持って、何か怪しげなアクションを取ったというのは事実かもしれない。直樹と同じ富山出身のカフェ店員から私に届いた不気味な手紙も、気になるところではある。

それでも、直樹の明るい表情と、富山県のオカルティックな儀式とが結びつかなかった。


『えっちゃん、今大丈夫?』


当然のように敏彦からメッセージが届くが、私は勿論敏彦に連絡先は教えていない。


『えっちゃん、富山に行こう。二人きりじゃないから心配しないで。昨日話したホラーサイトを作った奴も一緒。そいつは女だよ』


女―しかもあんな不気味なサイトを作るような。私は敏彦と二人の方がまだマシかもしれないとすら思う。だが、私自身も、推測の域を出ないにせよ、富山県に行く必要があると強く感じていた。あまりにも敏彦の推測には真実味があり、それを否定する材料が私にはない。

それに、私は強く生きたいと思っていた。今まで色々なことがあったし、肉体的な危機には何度も直面してきたけれど。だからこそ、こんなところで死にたくない。

私は何もしていない。殺される理由なんて一つもない。


『ありがとう敏彦。盗撮のことも盗聴のことも、今は警察に通報しないであげる。どうせ大学には行けないし、富山行く』


返信したあと、サカナの笑い声と、あの鼻がもげそうな海の臭いが蘇り、トイレで吐いた。

散々吐いたあと、大丈夫、大丈夫、私は何度も耐えられた、今回だって頑張れる。そう自分を奮い立たせながら旅支度を始めた。

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