海が滴る

芦花公園

海がきこえる

第1話 駄目

何をやってもダメな顔だ。私が彼女を見た時にまず思い浮かんだ言葉であった。何をやってもダメ。


どんな世界にいても彼女の顔は目を引くだろう。目も鼻もかなり小さいのに妙に大きい口が気分を逆撫でする。その大きい口は笑うと歯茎がむき出しになり、彼女の醜さを一層強調する。

多くの人は彼女を見ただけですっかりその日あった楽しいことを忘れてしまうに違いない。

化粧、整形、現代日本において、見た目を改善する方法なんていくらでもあると言われるかもしれないが、シュウウエムラだって高須院長だって魔法使いではない。

私は何をやってもダメと、だから言ったのだ。


女は見た目じゃない、個人的には納得しかねる意見だけど、そういうこともあるかもしれない。しかし度が過ぎている。


「それであなた、彼といつ別れてくれるんですか。私こないだも言いましたよね」


彼女が口を開く。歯並びまで悪いとは……思わず目をそらす。


「あなたは可愛くもないし頭も悪い。彼を開放してください。彼はこれから大きくなる人なの」


彼女の首を絞める代わりにテーブルの上のコップを強く握りしめる。コップ、壊れないで。コップが壊れたら、私は。


「確かにあなたが嫉妬する気持ちも分かるんです。私は痩せていて背も高いし、昔からお姫様と呼ばれて育ったの。高校に入学したときは可愛い新入生がいると噂になって遠くから自転車に乗った男の子たちが私を見に来たの……結局そういうことが原因で私は高校を途中でやめてしまったのだけど。成績は特に何もしなくても一番だったから、父も母も残念だと言って悲しんだわ。でも仕方ないの、目立ってしまうということは、色々なデメリットもあるのよ。何もとりえのないあなたには自慢に聞こえたかしら。とにかく、私はそういうわけだから、本当はあなたに彼をあげたっていいの。いくらでも素敵な人が寄ってくるわけだから」


彼女は小さな瞳をわざとらしく閉じる。


「でもね、彼が嫌だっていうんです。私じゃなければだめだって。そう言われたら仕方ないでしょう。だから解放してあげてほしい。あなただって自分ではダメだって気付いているんでしょう。もういい加減彼を苦しめるのをやめないと、私は警察に行く。警察に行かれたくないですよね」


プラスチックのコップは割れた。手から幾筋か血が流れる。

彼女があらあらと言って私に手を伸ばした。

もう我慢ができない。

私は立ち上がって叫んだ。



「あんただれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


私には彼氏なんていない。

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