第2話 珠美

私は昔から不愉快な人間に絡まれる方だ。


小学校の時はたまたま落ちていたハンカチを拾っただけでクラスメイトがいつまでも付きまとってきた。

須藤珠美、忘れもしない。珠美はチビでカサカサした肌の不潔っぽい女の子で、自分が話題の中心にならないと仲間外れにされたと先生に泣きつくので嫌われていた。私が幼い頃から小学校というのは気の合わない人間でも「ナカヨク」しないと大人たちから責められる場所だったなあ。


そういうわけで珠美に話しかける子供は全くいなかったから、落ちたハンカチを拾ったくらいのことで私はまんまと珠美の「ナカヨク」の対象になった。

勿論私だって拒否した。それを許さなかったのが大人たちだ。

珠美そっくりの珠美の母親は少女趣味の服をいつも着ていて、「これからもタマちゃんと仲良くしてねえ!」とことあるごとに念を押してきたし、嫌われ者の珠美に泣きつかれることに半ばうんざりしていたであろう先生もこれ幸いと私と珠美をセットで扱った。要領の悪い私は大人たちの囲い込みから逃げ出すこともできず、目出度く嫌われ者グループの出来上がりだ。



珠美と知り合ってから卒業するまでの3年間は地獄だった。

いつも興味のないメルヘンチックな趣味に付き合わなくてはいけなかったし、何をするにも一緒。トイレだって満足に一人で行けなかった。

勿論他に友達なんてできない。それでも幼馴染の片山敏彦がキャンプに誘ってくれた時、私はとても嬉しかった。敏彦だけは珠美とセットじゃなくて私と仲良くしてくれるのだろうと。

キャンプの当日の朝、荷物を持って家から出ようとする私に母が言った。


「キャンプ断っておいたから大丈夫だよ。嫌だったら自分で言わなきゃね。確かにあんたももう男の子と野山を駆け回るような年じゃないしね」


私が驚いてキャンプは前から楽しみにしていたことを告げたると、母は優しい微笑みを浮かべた。


「お母さん同士の付き合いを気にしているなら平気だよ。私はあんたが女の子らしい遊びが好きって聞いて安心してるんだから。あんたが落ち込んでるのを心配してわざわざ話してくれた珠美ちゃんに感謝だね」


――珠美、珠美、また珠美だ。

私はその後泣いたんだか喚いたんだか覚えていないけれど、幼いながら「もうダメだ」と諦めた。ここにいる限り私は珠美から離れられないんだと。

珠美と離れるためには私の兄のように、私立の中学校に進学してこの学区を離れるしかない。そう思って勉強を頑張った。勿論学校でも、時に家にまで来て珠美は私の勉強を妨害した。それも私の尋常ならざる熱意を見た母が学習塾に通わせてくれてからは気にならなくなった。

努力の甲斐あって私は電車でないと通えない距離の中高一貫校に合格した。


卒業式の日、帰り道で珠美は、中学では手芸部に入る、手芸部は先輩も優しいらしい、などと早口でまくしたてた。私は「珠美と同じ中学にはいかないよ」と告げた。

視界が暗転した。

目を覚ますと病院で、母と兄が私の手を握っていた。父がわたしを抱きしめた。




「だって珠美を置いていくなんて。珠美といつも一緒だったのに。えっちゃんだって喜んでたのに。えっちゃんが裏切った。えっちゃんなんて死んじゃえ。えっちゃんなんて車に轢かれて、ぐちゃぐちゃになっちゃえ」

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