第3話 諦観

努力してもどうにもならないこともある。


あのときはたまたま運がよかったのだと思う。珠美に車道に突き飛ばされたものの、私に気付いた乗用車の運転手は直前にハンドルを切ってくれて大事には至らず、軽い脳震盪を起こしたが特に後遺症も残らなかった。

入学した中高一貫の女子校では、二度と珠美のような女に懐かれないようにしようと思い、誰にも、ほんのわずかな親切心も見せなかった。

結果的に私は冷たい女というレッテルを張られ(事実そうなのだが)、友人はできず、部活がマストだったために仕方なく入った天文部の池田かおるだけが私の唯一の知人だった。かおるは教室の隅でライトノベルを読んでいるような大人しい女子だった。

学校は授業を聞く場所。――まあさすがに誰とも話さないで過ごせるほど私の精神は強靭ではないのでたまにかおると漫画やライトノベルについて話したりなどして――それが終われば即座に帰宅して、優しい家族がいる空間で次の日の朝まで過ごせる。私はこのままこういう日が続き、高校三年生になり、受験をして、大学に行き、という想像をしていた。

結果的にそうはならなかったのだ。

一年後かおるは漫画のストーリーの解釈が原因で私をカッターナイフで刺すことになる。


努力ではどうにもならないというのはこういうことだ。

中学三年間のうち、10回、同級生、先輩、兄の恋人、様々な女たちが少なくとも私にとっては突拍子もない理由で私に牙をむいた。

彼女たちは口をそろえて「えっちゃんが悪い」という。しかし、私には彼女たちの気分を逆撫でした覚えが一つも思い浮かばない。それゆえ、同じように同じようなことが繰り返されていく。

そんな中でも優しかったのは家族、特に兄だけであって、最初は気遣ってくれた学校の先生方もあからさまに「またあなたなの」という困惑を露わにした。(さすが私立校だけあって口に出すほど無遠慮な人間はいなかったが)

高校を卒業する頃には刺された数も5回を越えて、私の左手は上手く動かなくなった。



その後入学した大学では誰とも目を合わさず、人と関係を持たないようにした。

友人も彼氏も作らない。選んだ相手がマトモな人間でもその友達は?親は?兄弟は?安心できる他人など、少なくとも今世の私にとっては存在しないのだともう十分に理解していた。


大学は小中高と違って自主性が重んじられ、知人を作らないことが目標の私にはとてもありがたい場所だった。同じ大学を卒業した兄を参考にして授業を選択し、必要な単位を取り、空いた時間で資格の勉強ができる。同じ学科の同級生も地味で「陰キャ」な私には興味が無いようだった。

そうして一年が過ぎていき、進級して春になった。

雨が強く降るある春の日、大学構内のカフェで突然正面にあの魚顔の女が座ってくるまでの一年間は、確かに私は幸せだったのに。

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