第4話 どうして
「すみません、急に取り乱してしまって」
私は一応の謝罪をして椅子に座りなおした。右手が痛む。
この女(サカナと呼ぶことにする)のあまりにも不快で吐き気を催す顔貌のせいで思わず怒鳴ってしまったが、本来異常者と対面したとき、感情も露わに取り乱すのは異常者を興奮させることにつながり危険である。
それに、カフェの客や店員が驚いた顔でこちらを見ている。それに関しては純粋に申し訳ないと思った。
一呼吸置いて私は話を続けた。
「でも、あなたが誰なのか私は知らないし、さっきからお話しされている彼というのがどの方なのか分からないんですよ」
それを聞いたサカナの顔に余裕たっぷりといった表情が浮かぶ。笑顔がこんなに醜い人間を初めて見た。
「必死だね。そういう態度良くないと思うな。あなたができることは彼を苦しませてごめんなさいって皆に謝って消えることだけだよ」
「消えるって……あの、本当に分からないんで。あなたの名前と彼の名前だけ教えてくださいよ。突然、ほんと、なんなの……」
思わず本音を漏らしてしまうと、サカナの歪んだ顔が恐ろしい表情に変わっていく。
サカナはにわかにテーブルを叩き出し、語気を強めた。
「あのねえ!いい加減にしろよブス!!!私が誰だって?彼が誰だって?ふざけたここと言ってんじゃねえよ!!!彼があんなに悩んでるのに、苦しんでるのにこの最低女……なんだその顔は、何冷静な顔してんだよ!!!!!!!」
サカナは勢いよくテーブルを蹴り飛ばして立ち上がった。
――大きい。大きすぎる。
正面に座っていたときも背の高い女だとは思ったが、まさかこれほどとは。見上げていることもあって、カフェの天井に届きそうにも思える。
それに――いくら丸くてさほど大きなサイズではないとはいえ、地面に固定されたテーブルを人間が蹴り飛ばせるだろうか。
テーブルが蹴り飛ばされた時点で、先ほどからこちらを見ていた店員が飛んでくる。
「お客様!」
「うるさい!!!」
サカナは店員を振り払った。サカナと比べるとあまりに小柄な店員が床に突き飛ばされ、恐怖と痛みで蹲っている。
「このブス絶対に許さない。ブスブスブスブスブスブスブスブスブス」
サカナは恐ろしく細く長い脚で床をドンドンと踏み鳴らす。
色々な異常者に絡まれてきた人生ではあった。しかし、こんな異常者は初めてだ。いや、テレビでだってこんな人類は見たことがない。本当にこの女は人間なのか?
そもそも私はどうしてこのサカナを女と判断したのだろう。
女性服を着ているから?ロングヘアだから?曲がりなりにもメイクをしているから?話し言葉が女だから?
これは、バケモノだ。体が動かない。
突然サカナが頭を左右に大きく振りはじめた。黒く長い髪がその度にバサッバサッと音を立てて乱れ、サカナの表情はもはや伺えない。
「おまえ……」
なおも頭を振りながら、硬直する私に顔を近付けると、低い声でサカナが囁いた。
「ナオキから、離れろ」
――なんで。なんでこの女がナオキを知ってるの。
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