海がしたたる

第17話 謝罪

直樹は、家の前に立って私たちを待っていた。

数か月ぶりに見る直樹。全く変わっていない、いかにも健康的で精悍な青年だ。その全く変わっていないところが、私にはとても恐ろしかった。

私が口を開くより先に、直樹が突然地面に伏した。


「ごめん、本当にごめん、謝って許されるとは思っていない、でも謝らせてくれ。すまなかった」


直樹が震えている。泣いているようだ。


「栄子のことが好きだった。一生手元に置いて置きたいくらい……結果、あんなものを作ってしまった。お友達の皆さんも、どうもすみませんでした。こんなことを頼むのは都合が良すぎると分かっているけど……あれを海に還すことを、どうか手伝って欲しい、お願いします」


「どんどん信用できない人間が増えてくね」


敏彦が冷たく言い放った。


「えっちゃんは頭が悪いから許しちゃうかもしれないけど、俺は光村直樹を一切信用しないよ。光村直樹が今一番あれについて知ってることが多いし、海に還したいっていうのは本当かもしれないから、協力せざるを得ないけどね」


頭が悪い。確かにそうかもしれない。

私は直樹の謝罪が嘘だとはどうしても思えなかった。それに、久しぶりに見ても、やはり彼は美しい。一緒に課題をこなしたことも、あの日プリクラを撮ったことも、春休み連絡をくれたことも、良い思い出として心に残ってしまっている。私は今でも、彼と陰鬱な土着の恐ろしさを結びつけることができない。

でも――それでも確かに、直樹はあの不気味な儀式に手を染めた、異常者なのだ。嘘だと否定して欲しかった。そんなもの知らないと言って欲しかった。でも彼は、認めた。


「光村氏、もう薄暗いでござる。どこぞ、宿はござらぬだろうか。我々、車中泊はちと勘弁」


るみがあくび混じりに尋ねた。


「それなら家に泊まってってよ。信用出来ないから嫌かもしれないけど……」


敏彦が何か言う前に、るみが目を輝かせて頷く。確かにるみは富山からずっと運転してくれたし、何かと中心になって行動してくれた。私の倍は疲れているのだろう。


「俺は話が終わったら車に泊まるし、食事も食べないよ。光村直樹、俺がお前から目を離すことはない、それをきちんと覚えといてね」


敏彦はなおもきっぱりと言い切った。



直樹は、私の髪の毛の代わりに、冷水機から水を飲んだあとのプラスチックカップを使ったそうだ。そんな水っぽいもので作ったから、あのおかえりさんはサカナみたいな顔をしているんじゃないのか、などと冷静に考えてしまう。

直樹の話では、夜おかえりさんを呼ぶ洞窟の周りには、注連縄が張られ近付けないのだという。そういうわけで今日は体を休め、夜が明けたころに洞窟へ行き、そこでサカナを呼び出すという計画になった。


「そんなに簡単にあれを呼び出せるかな」


「そこは大丈夫だと思う。あれは、栄子を狙ってるから、あれにとってはきっと願ってもないことだと思うから」


直樹はすまなそうに、風呂も部屋も自由に使って欲しいと申し出た。田舎だけあって、どこの部屋もとても広かった。


「それにしてもワックワクですなあ。美少女妖怪ハンターモンキーハンド!ってえっちゃん氏ーー!ここはつっこむところでござるよー!」


るみは無視してもさして気にすることもないと分かってからは、徐々にるみと過ごすのも苦痛ではなくなった。それに、私は一人でいたくなかったのだ。一も二もなく一緒に風呂に入ることを了承した。直樹の家の風呂はちょっとした銭湯のようで、二人で使っても十分に広かった。

なおも話し続けるるみを無視しつつ、ほんの少しうとうとする。

今日は色んなことがあった。なんだかんだで直樹も謝ってくれたし、解決法も分かった。明日で全部終わらせる。皆も協力してくれる。本当に、本当に良かった――



視線を感じる。誰かが、換気のために開けた小窓から、こちらを覗いている。嫌が応にも、サカナの姿を思い出してしまう。


「るみさん……誰かがこっちを見てる」


私は小声でるみに伝えると、るみはほとんど躊躇することなく小窓を全開にした。


「誰でござるか!」


ガサガサと物音がし、思わずるみに抱き着く。しかし、しばらく待ってみても何も起こらなかった。


「いやあ~いくら貧相なえっちゃん氏とはいえ、おなごの柔肌にはドキドキいたしますなあ」


私はあわててるみから離れ、ごめんと謝った。


「ご安心召されよ。今のは野生のフレンズに違いなし。それに、もしバケモノだったとしても、えっちゃん氏の貧相な裸やワシのだらけきった裸を見るような趣味の悪いDQNドキュンなど恐るるに足らず!なっはっは」


そうだ、私は少し疲れている。きっと過敏になってしまっているだけだ。無理矢理自分を納得させた。

色々考えてしまって眠れないと思ったが、布団に入ってすぐに大きないいびきをかき始めたるみを見ていると不思議と安心して、まどろみの中に落ちていった。

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