海がわかる

第12話 るみ

「はじめましての挨拶から何も話さないのはどうなのですかい?ワシがうぜえってことですかい?クールビューティー気取りですかなにゃっはっは!それはコミュ障というものでござるーー。そもそもえっちゃん氏、スタイルはいいでござるけど、写真より随分うっすういお顔でござるなわははは!おっぱいも絶壁……おっと、こいつぁ失言失言」


勘弁してよ。

この女、富山で合流してからずっとこの調子だ。

この女――佐々木るみは、あの不気味なサイトの管理人である。HNハンドルネーム猿の手。雑にまとめられた髪と薄汚れたメガネが特徴の、不潔な印象の小太りの女だ。覚悟はしていたが、イメージどおりの容姿で面食らってしまった。それにこの話し方と、デリカシーの欠如した態度。会って5分もたたないうちに私はるみのことが大嫌いになった。


「えっちゃんこっち見て!はいチーズ!」


敏彦が東京からここに来るまで撮った写真は何枚になるのだろう。

るみの運転する車でもう1時間は走っただろうか。るみと敏彦という不愉快なキモオタたちと過ごしていると、道が悪いことを抜きにして吐きそうだ。

最初美しいと思っていた自然の風景も、見慣れてくると退屈なド田舎そのものである。直樹はこんな場所で育ったのね。私の内なる「都会っ子プライド」が首をもたげた。


「さあここでござるよ!おかえりさんの村でござる!」


おかえりさん。その言葉を聞いて一気に現実に引き戻されたような気がした。

写真の虚ろな目の男性。魚のようにぬめった不気味な肌。そんなことを思い出すと、のどかな雰囲気のこの場所も急に不気味に感じられた。

直樹は本当に、私のおかえりさんを呼んだのだろうか。あんなものを呼ぶために、あのとき撮ったプリクラを使ったのだろうか。

私の思考は、るみの必要以上に大きな声で遮られる。


「えっちゃん氏に忠告でござるが、突然おかえりさんの話なんてしてはダメでござるよ。おかえりさんはワシの地道なフィールドワークの果てに聞き出した情報なのですからねえ!」


「そんなことしませんよ。そもそもほんと、どうしたらいいのか分からなくて来たんだから……」


「く、暗ー!!!消極的なうえに暗いでござる!東大氏~何かえっちゃん氏に言ってくだされえ」


東大、というのは敏彦のHNである。HNにするくらい自分が東大生であることを誇りに思っているくせに、何故大学に行かないんだろう。


「まあまあ、えっちゃんはオバケに何度も襲われて怖がってるんだよ。俺が直接見た、っていうか聞いたのは一回だけだったけど、それでもすごい怖かったからさ、あれは。猿の手さんは見たら喜んじゃうかもだけどさ」


るみがふおおおおと奇声を上げた。たるんだ顎がぷるぷる揺れる。


「待ちきれぬうう!絶対にサカ……おっと、バケモノの正体を突き止めて見せるぞい!」


私はうんざりしながら、それでもひとり張り切るるみの後ろをついていくしかないのだった。



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