第30話 作家を目指す理由

 大人の一日は短い。

 子供の時は長く感じていた時間も、歳を重ねるとあっという間に過ぎ去っていく。

 僕が会社の仕事や家での執筆活動に齷齪しているうちに、二ヶ月の時が流れるように過ぎていった。


 その日は、朝から落ち着かなかった。

 というのも、今日は僕が応募したWEB小説コンテストの最終選考対象作品が発表される日なのだ。

 ここに名前が残っていれば、入賞への希望が残る。

 それをいち早く知りたくて、僕は会社でもそわそわとしていたのだった。

 結果はスマホで見ることもできるが、やっぱり大きな画面で落ち着いて自分の名前を探したいからな。

 仕事の時間よ早く終われと念じながら仕事をしていると、横から同僚が肘で僕の体を小突いてきた。

「川崎、何か落ち着かないな。何かあったのか?」

 ……やっぱり、周囲にもそういう風に見えるんだな。

 僕は極力平静を装って、首を振った。

「……別に、何もないよ」

「あれか。女ができたとか? それで一刻も早く会いたくて、そんなそわそわしてるんだろ」

「そんなはずないだろ」

 微苦笑して、肩を竦める。

「今の僕にとっては、夢を追う方が大事なんだ。恋人なんて作ってる暇はないよ」

「へぇ、夢? お前の夢って何よ」

 小説家になること──

 人からすれば、それは無謀な挑戦のように思えることかもしれない。

 でも、そんなことはない。諦めずに追い続ければ、いつかこの手に掴めるかもしれない。それくらい身近なところにある夢なのだ。

 今は、肩書きや経歴など関係なしに、誰でも小説家になれる時代だ。

 もちろん本物のプロになれるのはその中でも一握りの人間だけだけど、努力次第でその一握りの人間になれるのだということを、アオイが教えてくれた。

 僕は、プロの小説家を目指して前へと突き進む。

 その姿をアオイに見せられないのはちょっと残念だけど──

 いつかあいつに良い報告ができるように、これからもあいつから教わったことを胸に刻んで頑張るつもりだ。

「なあ、教えてくれよ。お前の夢って?」

 僕は同僚の方をちらりと見て、悪戯っぽくにやりとしながら答えたのだった。

「秘密」


 帰宅して。さっさと脱いだ上着と鞄をベッドの上に放り投げ、僕はパソコンの電源を入れた。

 さあ。僕の名前は載っているだろうか──

 逸る気持ちを抑えてWEB小説投稿サイトのページを開く。

 そこからWEB小説コンテストの特設ページに移動し、最終選考対象作品の一覧を画面に呼び出した。

 ずらりと並んだ作品名をひとつひとつ確認しながら、画面を下にスクロールさせていく。

 僕の作品の名前は──

 ──────


 僕は何のために小説家を目指すのか。

 それは、僕が心に思い描いて作り出した世界が与えてくれるどきどきとわくわくを、一人でも多くの人に届けたいからだ。

 それは万年底辺作家である今でもやってはいることだけど、プロになれば、より多くの人にそれを提供することができるようになると、僕は思っている。

 一緒にどきどきしようと、大勢の人に言うために。

 そのために、僕は小説家になりたいのだ。

 そうなるまでに、何年かかるかは分からないけれど──

 僕は、決して歩くことをやめない。

 それが、今僕ができる唯一のことだからだ。


「よし、書くぞ!」


 僕の気合の声が、静かな部屋に響き渡る。

 それは周囲の静寂に溶け込んで、余韻を残し消えていった。

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