第29話 奮闘の日々は終わらない

 会社から帰宅して。日課となっているメールボックスのチェックを済ませ、WEB小説投稿サイトのページを開く。

 ベルマークに赤い印が付いているのを見つけて、期待に胸を膨らませながら印をクリックする。

 内容は、応援と作品のフォローのお知らせだった。

 ……完結したからなのか、最近になって急に閲覧数やフォローの数が増えたような気がする。

 コンテストのランキングも六十位にまで浮上したし、良い感じだ。

 早速御礼の記事を近況ノートに書こう。

 近況ノートの執筆ページを開いて、僕は思い出したように着たままだったスーツの上着を脱いで椅子の背凭れに掛けた。


 コンテストの応募期間が終わってからは、僕は書きかけになっていた小説を少しずつ書き進めながら、応募作品を応援やフォロー、レビューを書いてくれた人たちに御礼のコメントを返す時間を過ごしていた。

 それが実を結んだのかどうかは定かではないが、近況ノートを使ってコメントの遣り取りをしたりとそれなりに人と交流する機会が増えた。

 前にも言ったと思うが、僕は出不精である。現実では人とつるんで何かをしたりといったことは基本的にすることはない。

 そんな僕でも、この交流は楽しいと感じていた。

 人と繋がるって……こんなに楽しいものだったんだな。

 これも、アオイが僕に読者と交流するようにと言ってくれたお陰だ。

 御礼の記事を書いて、投稿して小説管理のページに戻ると、またベルマークに赤い印が付いていた。

 今度は何だろう。

 最近はちょくちょくベルマークに印が付くので、前みたいに狂喜乱舞することはなくなったがやはり何かしらの反応があるのは嬉しい。

 印をクリックすると、そこには『近況ノートにコメント』とあった。

 以前僕が作成したコメント用の記事に、コメントを書いてくれた人がいるらしい。

 三分前となっているので、たった今書かれたもののようだ。

 どれどれ……

 僕はお知らせの内容をクリックした。


『突然のコメント失礼します。「耄碌魔王に守らせたい十の公約」を拝読し、是非とも感想を言わせて頂きたいと思いこちらにコメントさせて頂きました。

 まず、主人公の魔王の耄碌っぷりがツボでした。ボケ老人みたいな振る舞いをする魔王の周囲の扱いが何とも哀れで、思わず応援したくなりました。部下たちの苦労の様子も丁寧に描写されていて、彼らの普段からの奮闘ぶりが頭に浮かぶようです。それから人間サイド。勇者の魔王に対する眼差しが──』


 コメントには作品を読んだ感想が長々と綴られていた。

 その文章は、コメントを書いた人の息遣いが手に取るように分かるほどの熱の入りようだった。

 キャラクターのこと、物語のクライマックスのこと、色々と書かれた後に、最後にはこう記されていた。


『この作品に出会えてラッキーでした。素敵な作品を読ませて頂けたことに感謝します。本当にありがとうございます!』


「…………」

 良い作品は人の心を動かすっていうけど、まさか僕が書いた小説に感銘を受けてくれる人がいるなんて。

 僕は思わず湧き出た涙を手の甲で拭った。

 御礼なんて……僕の方が言いたいよ。

 数多ある作品の中から、僕の作品を選んで手に取ってくれてありがとう。

 それだけで……この作品を書いて良かったと、心の底から思ったよ。

「……コメント、返さなきゃ」

 すんと鼻をすすって、僕はコメント入力欄にカーソルを合わせた。


 こんな感じで、コンテストの募集期間が終わっても僕はそれなりに小説家として忙しい日々を送っている。

 プロになったらきっとこれ以上に忙しい時間を過ごすことになるんだろうなと思いながら──

 四ヵ月後の結果発表の時を、ちょっとの不安とそれなりに大きな期待を持ちながら、待つのだった。

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