第28話 僕はもう大丈夫だから
「僕は……最初はお前のことを鬱陶しい奴だって思ってた」
目を閉じたまま、僕は言う。
真っ暗な目の前に、アオイと出会った時の光景が浮かんできた。
本当に、あの時はアオイのことを何だこいつって思ってたっけな。
「口を開けば駄目だしばかりだし、ちっとも褒めてくれないし……全然僕に優しくなくて、本当に僕を応援する気があるのかよって言いたかったよ」
何処から知識を得ているのか、アオイの言うことは腹が立つほどに的を射ていた。
だから……素直に話を聞こうという気になれた。
そうしているうちに、いつの間にか、アオイの言葉を待っている自分がいることに気付かされた。
その頃から、なのだろう。僕が薄々とアオイのことを相棒として認識するようになっていったのは。
「でも、お前の言うことは全部正しくて……お前の言葉に何度励まされて力を貰ったか、僕には分からない」
喧嘩をして、はっきりと気付いた。
僕にはアオイが必要で……アオイがいるから、僕はへこたれないで前に向かって進むことができていたんだということを。
「今じゃ、掛け替えのない相棒なんだって思ってる。僕には……お前が必要なんだよ。アオイ」
これからも、一緒に歩いていってほしかった。
駄目だしをして、毒舌を吐いて、僕の尻を叩いて励ましてほしかった。応援してほしかった。
「……だけど」
──でも。
「お前が此処にいる必要がなくなったって言うんなら、きっとそれは正しいことなんだろうな……」
何事にも、永遠はない。
出会いがあれば、必ず別れる時がやって来る。
それが今なのだとアオイが言うのなら──
そうするべきなのだろう。僕のために……アオイの、ためにも。
「僕はもう、大丈夫だ。お前が言ってくれた言葉を思い出しながら、これからも、小説を書き続けるよ」
僕は閉じていた瞼を開いた。
目は潤んではいたけれど、粒になって零れはしなかった。
すうっと鼻で息を一杯に吸い込んで、笑う。
アオイに見せるつもりで、精一杯、笑った。
「そして、誰にも恥じない立派なプロの小説家になってみせる。約束するよ」
「……ありがとう。類」
アオイは僕に礼を言った。
彼は、笑っていた。何となく、僕にはそれが分かった。
「そう言ってくれて、安心したよ。これで心残りなく、還ることができる」
たっぷりの間を置いて。
彼は、穏やかな声でその言葉を口にした。
「……さよなら、類」
そして、その言葉を最後に──
二度と、アオイの声が聞こえてくることはなかった。
「……さよなら、アオイ」
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