第27話 前へと進むために
しんとした静寂が部屋の中に満ちる。
僕は持っていたコーヒー入りのマグカップを机の上に置いて、問いかけた。
「お別れって……突然何を言い出すんだよ。お前」
こんな時に何の冗談なんだと思った。
冗談を言うのは別にいい。でも、言っていい時と悪い時があるのをこいつは分かっていないのか。
アオイの静かな言葉は続いた。
「僕は、君が心の奥底にしまい込んでいた小説に対する挫折感や絶望が生み出した『救いを求める心』が形になったものなんだ」
……確かに、アオイが現れたのは、僕が小説を書くことに対して大きな悩みを抱えていた時だった。
僕の頭の中に住んでいる奴だし、どうせ何らかの拍子に生まれた別人格のようなものなんだろうと思っていた。
でも……一緒に過ごしているうちに。こいつには僕が察することのできない感情があって、考えがあるんだってことを知った。
アオイは僕じゃなくてアオイなんだと、思うようになっていった。
今は、僕はこいつのことを掛け替えのない相棒だと思っている。
こいつのいない生活なんて……考えられない。
それなのに。
「君が地べたから這い上がってもう一度作家として筆を取ることができるように。そうさせるために、君の意識が僕を作ったんだよ」
肩にほんのりと感じる、手を置かれたような感覚。
アオイが僕の肩に手を置いたのだと、僕は思った。
「君は、挫折から立ち直った。何度も悩んで、迷って、試行錯誤しながら、今じゃ立派に作品をひとつ書き上げられるほどの腕を見せられるようになった。……君は、作家として立派に人の前に立つことができている」
……そうなれたのは、お前が隣にいてくれたからなんだよ。アオイ。
僕の背中をお前が押してくれているお陰で、僕はアマチュアでも小説家として此処にいることができているんだ。
僕には──まだまだ、お前の応援が必要なんだよ。
「もう……僕がいなくても、君は十分にやっていける。僕が差し伸べる手を掴まなくても、君は自分の力で前に歩いていくことができる」
さよならなんて言わないでくれよ。淋しいじゃないか。
お前がいなくなったら……僕は、誰に小説家としての悩みを話せばいいんだ? 背中を押してもらえばいいんだ?
教えてくれよ。なあ。
「これ以上は、僕がいるとかえって君のためにならない。だから僕は元いた場所に還るんだ。君のために、そうしなきゃいけないんだよ」
目の奥が熱くなる。鼻がつんとした感覚を感じる。
じわりと滲み出てきたものを見せまいと──僕は、瞼を閉ざした。
「僕からの最後のお願いだ。笑ってお別れしてほしい。僕のためじゃなくて、君のために……君がもう一人でも大丈夫だと僕に証明するために」
そこまで言って、アオイは沈黙する。
おそらく、彼は待っているのだ。僕の返答を。
僕は深く息を吸って、吐いて、また吸って、
結んでいた口を、開いた。
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