第26話 思い残すことはない

 コンテストの募集締め切りまで後一日。

 僕はちらちらと時計を見ながら、必死にキーボードを叩いていた。

 後少しで完成する。逸る気持ちを抑えながら、最後の文章を書き上げていく。

 最後まで、丁寧に。心を込めて。

 最高の想いを、一字一字に込めるんだ。

 最後の大切な仕上げをしているということを分かっているのか、普段はあれこれ口を挟んでくるアオイも何も言ってこない。

 もう少し。此処さえ綺麗に書き上げれば──

 たん、とエンターキーを押して、僕は無意識のうちに吸い込んだまま止めていた息をゆっくりと吐き出した。

 ……できた。遂に。

 二ヶ月の間書き続けていた僕の小説が、ようやく、完成したのだ。

「……できた……!」

 僕は思わず笑みを零して、声を発していた。

 これを投稿すれば、僕の戦いの日々は終わる。

 僕は原稿のデータをパソコンに保存して、WEB小説投稿サイトに投稿した。

 ……何とか、締め切りに間に合った。

 この達成感は、一言では言い表せない。徹夜して作っていた会議の資料が出来上がった時よりも充実感があるよ。

 椅子に背中を預けてコーヒーをくいっと呷り、ふうっと息をつく。

「……できたの?」

 僕の顔を覗き込むように、問いかけてくるアオイ。

 僕は頷いた。

「ああ。最後の部分がようやく完成したよ」

「そっか」

 彼は感慨深げに言った。

「よく最後まで書ききったね。それだけでも君はよくやったよ」

「……珍しいな。お前が僕のことを真面目に褒めてくれるなんて」

「僕だって偉いと思ったら褒めるくらいするよ」

 嫌だなぁ、と呟いて彼は笑う。

「僕は、心配してたんだ。類が、ひょっとしたらこの作品を完成させることなく投げ出しちゃうんじゃないかってさ」

「僕はこの小説に命懸けてるんだって言ったろ」

 僕はやや憮然と反論した。

 うん、とアオイは頷く。

「それは分かってる。でも言葉でなら何とでも言えるからさ。行動で果たしてくれるところを見たかったんだよ」

 パソコンの画面に映っている、僕がこれまでに投稿した作品の一覧。

 その一覧の下の方に掲載されている『耄碌魔王に守らせたい十の公約』には、『完結済』の印が付いている。

 二ヶ月の努力の結晶を見つめながら、僕は言った。

「僕なりにできることは全部やった。これで気兼ねなく、新しい話が書けるよ」

 いや……それよりも先に、書きかけの小説を仕上げる方が先かな?

 今後のことをあれこれ考えていると、何やら畏まった様子でアオイが言うのが聞こえた。

「僕も、安心したよ。これで思い残すことはない」

 一呼吸置いて。彼は、静かに言葉の続きを口にした。


「……お別れだ。類」


 余りにも唐突な、その一言に。

「……え?」

 僕は、自分でもびっくりするくらいの間の抜けた声を発していた。

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