第25話 己の作品に愛情を持て

「ねえ」

 夜が更けて。さてそろそろ寝るかと僕が考え始めた頃、それまで静かだったアオイが唐突に言葉を発した。

 僕は小説のデータをパソコンに保存しながら、応えた。

「何?」

「類は……この作品を書いたことを後悔してないよね?」

「は?」

 何だ……後悔?

 アオイは一体何を言い出すのだろう。

「やっぱり書かなければ良かったとか、そういうことは思ってない?」

「何でだよ」

 僕は小首を傾げて、彼に反論した。

「僕はこの小説に命を懸けたんだ。書いたことに対して後悔なんてあるわけないだろ」

 思ったほど感想やレビューが貰えていないのは、正直に言ったら悔しいけど。

 それでも、この小説が僕が一生懸命に苦心しながら書いたものであることに変わりはない。

 こいつで勝負をかけよう。僕は、そう思っている。

 そこに今更後悔なんてあるわけがない。

 コンテストの締め切りまで、後もう何日もない。

 僕は今まで立派に戦ってきたよ。誰に対しても、胸を張ってそう言える。

 結果として、入賞できなかったとしても──

 そりゃそれはそれで悔しいとは思うだろうけど、この作品を書かなければ良かったと思うことはないだろう。

 こいつは、僕の自慢の作品だ。

「頑張ってきたこの二ヶ月は、無駄じゃなかった。今僕が言えるのは、それだけだ」

「そう」

 僕の言葉に、アオイは相槌を打った。

 そして、静かに、こう言った。

「作品に最も必要なのはね……作者の愛情なんだよ」

 噛み締めるように、ゆっくりと。

 アオイは、優しい口調で僕に言った。


「作者に愛されていれば……その作品は、それだけで輝くことができるんだ。他の人に評価されなくても、閲覧数が伸びなくても、作者が自慢の作品だと胸を張って言ってくれるだけで、その作品には生まれてきた価値ができる。例え多くの作品の中に埋もれてしまったとしても、ひとつの作品として生き続けることができる」


 今のアオイは──きっと、笑っているのだろう。

 そう思えるような優しさを、僕は感じた。

「そうあれた作品は、可哀想な作品にはならない。僕は類に、そういう作品を書く作家になってほしいんだ」

 例え、万年底辺作家のまま地面を這い蹲り続けることになったのだとしても。

 その方が、小説家としては輝いている。

 僕は、ここ二ヶ月間の僕の小説家としての姿を思い返した。

 僕は──輝いた小説家であれただろうか?

「今、こうしてひとつの作品を書いていることが、何年経っても自慢であれるように……僕は、そう願っているよ」

「……人にそんな話をする時が来るかどうかは分からないけど」

 僕はふっと笑って、言った。

「僕は、この小説を書いて良かった。それはこれからもずっと思い続けると思うよ」


 アオイと過ごす時間は、穏やかに過ぎていく。

 長かった挑戦の日々が終わるのは──後、少し。

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