第24話 話のテンポに緩急を付けろ

 コンテストの締め切りまで残り二十日。

 書いている小説は、全体の半分を少し超えたところまで話が進んだ。

 このままのペースを維持していけば、締め切りの三日前くらいには完成するだろう。

 あれから応援はちょこちょこ貰うようになったし、レビューも少しずつ付けてもらえるようになった。

 自分の作品がコンテストの応募作品の中でどのくらいの位置にあるかを知りたくて、興味本位でランキングを覗いてみたら八十位に名前が載っているのを見ることができた。

 最終選考に残るためには最低でも二十位以内に入らなければならないのだが、まだ完成していない作品で百位以内にランクインしているのは快挙だと思う。

 ここからが正念場だ。絶対に二十位以内に入ってやるぞ。

 気合を入れて執筆活動に取り組んでいると、ふと、アオイがぽつりと呟くのが聞こえてきた。

「そろそろ山場が欲しいところだね」

 山場……っていうと、話のクライマックスのことか?

 クライマックスの部分に関してはちゃんと考えてある。最高の盛り上がりを見せるつもりだ。

 しかし、それを書き始められるところまで話はまだ進んでいない。

 今は話の流れをそこまで持っていくための導入部分を書いているところなのだ。

 アオイには申し訳ないと思うが、その時が来るまでもう少し待っていてもらいたいところである。

「ねえ、類。この話には山場はないの?」

「ちゃんとあるよ。終わりの方でしっかりと盛り上げるつもりだ」

「……それだけ?」

 それだけ……って。

 僕は思わずキーボードを叩く手を止めた。

「話は終わりの方で盛り上がるものじゃないのか?」

「山場はひとつしか作っちゃいけないって誰が決めたのさ」

 憮然と僕の言葉に答えるアオイ。

 彼が唇を尖らせている姿が一瞬だけ見えたような気がした。

「もちろん一番の山場は終盤に持ってくるべきだと思うけど、その前にも小さな山場が幾つかないと淋しいよ。山場がひとつだけなんて、テンポがずっと変わらない曲を聴かされているみたいなものだよ」

 そんなのはつまらない、とアオイはきっぱりと言った。


「物語ってのはね、波みたいにテンポが変動するからこそ面白いと感じるんだ。小さな坂、ちょっと大きな丘、それらを越えた先に最高の山があるって思ったらわくわくしてくるでしょ? 最後は一体どうなるんだろうって、その方が読者も期待して待っててくれる。読者に大きな山を待たせるようなことをするのは何か違うって僕は思うな」


 話のテンポに緩急を付ける。

 それは小説を書く上での基本であり、最も大事なこと。

 いつまでも平坦な話だと、読者は読むことに飽きてしまう。そんな思いをさせるのは失礼だよと彼は言うのだった。

 小さな山場を作る、か……

 僕はこれまでに書いた文章を最初からざっと読み返してみた。

 確かに、盛り上がる部分が全くないとは言わないけど、それが山場になるかと問われたらちょっと力が弱いような気はするな。

 クライマックスまではまだ間があるし、何かひとつ小さな事件みたいなものを入れてみるか。それで話を少し盛り上げてみよう。

 そのためには今書こうとしていた話をちょっと路線変更する必要はあるけど……大した手間じゃないし、それで小説の出来が良くなるって言うならその手間も苦にはならない。

 僕はさっきまで書いていた文章を少しだけ削って、新たな文章を書き加えた。

「お前がそう言うなら、読者もきっとそう思ってるってことなんだろうな。分かったよ、ちょっとした盛り上がりを話の中に作ってみる」

「渾身のストレートを打つだけが勝負じゃないんだ。軽いジャブを入れるのもテクニックのひとつだよ」

 アオイってたまに変な譬を持ってくるな。そういう言葉を何処で勉強してくるんだろう。

「できたら読ませてね」

「分かってるよ」

 僕はアオイの言葉に肩を竦めて応えて、止めていた執筆活動を再開させた。

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