第25話 「そのネーミングは、どうかと思う」2




 従業員にテキトーなあだ名をつけちゃうB店長だが、とうぜんよく来る常連のお客さんとか、周囲の別の従業員にもむちゃくちゃな名前をつけている。





 いつもくる推定30代の女性のお客さん。背が低く、身体も細い。あまり美人ではなく、ザキ江さんいわく、「幸薄そうな女性」。


 ぼくも当人を見たが、正直雰囲気が暗い女の人だな、と思った。たとえるなら、「恐怖新聞」や「うしろの百太郎」で有名な漫画家つのだじろうさんが描いた女性キャラクターみたいな感じの女性だった。


 このお客さんにB店長がつけたあだ名がこれ。


『死神ちゃん』



 なんか基本、ネーミングに悪意が感じられる。






 まだまだある。


 ちかくの売り場で働いていた女性従業員。


 ちょいと美人で、長い髪がすごく綺麗な人でした。だたし、ちょっと太めだったかなぁー。


 この女性従業員にB店長がつけたあだ名。



『ビヨンセ』


 もちろん、ビヨンセといってもアメリカ人のほうではない。いわゆる和製ビヨンセ、すなわち渡辺直美と遠回しに言っているのだ。





 あと他に、これも近くの売り場にいた女性。50代のベテランの売り子さん。身体は細く、顔がとても怖い。性格も怖かった。


 この人にB店長がつけたあだ名。


『般若』


 たしかに、そんな感じなんです。販売員としてどうなんだろう?と思いますが、ベテランでした。



 ある日、その般若が休憩に出ようとしたら、なにか忘れ物があったみたいで、同じ売り場の人たちが声をそろえて「美和子さん! 美和子さん!」と呼び止めている。


雲江「『般若』って、自分の売り場では『美和子』さんって呼ばれてるんですね」


 となりにいた人に、ぼくはなんとなくつぶやいた。


雲江「あの人をうちの売り場の人が呼び止めるときは、『般若! 般若!』ってみんなで叫ぶことになるんだろうなぁ」








 で、これは最近の話。すぐ近くのパン売り場にいた女の子。


 この女の子、はっきりいって不細工で、顔はダウンタウンの浜田さんそっくり。おまけに不愛想で、挨拶しても無視。不機嫌そうに黙って通路を歩いている姿をよく目にしていた。体型もちょっと太めで、とくにお腹がぽっこり出ている。


 この女の子は不愛想なもんだから、うちの職場でもちょっと話題になり、だれかが「でもあの子、名前はけっこう可愛いんですよ。何て言ったかなぁ?」みたいな話をしていた。


 が、この子に、B店長があだ名をつけちゃった。



『ジャイ子』




 そうそう。まさにそんな感じなんです。


 だもんだから、みんな普通に彼女のことを陰でジャイ子って呼び出しちゃった。

 ザキ江さんなんかも、「きのう、ジャイ子がさぁ」とか普通の会話に使われるようになり、「ジャイ子の本名が可愛い」という情報を持ってきた人も、その「可愛かった本名」を思い出す苦労をなげうち、もうふつうに「ジャイ子」と呼ぶようになってしまった。




 さて、という経緯をへて、本題にいきます。


 これは、もう何年も前、ぼくとB店長が百貨店内の食品売り場の、いまはもうないイートイン・コーナーで働いていたときの話です。



 その店はメインの料理があり、その追加オーダーとして、シャケのご飯があったんです。


 正確に言えば、「ライス」で、そこにおまけで「シャケのほぐし身」がつく。これは、単体でオーダーするものではなく、いわゆるご飯をおかわりしたら、有料で250円かかるというものでした。



 が、このおかわりのご飯だけをオーダーする、へんな男のひとが常連として来ていたのです。

 見た目はヘビメタとかロックとかやってそうな男性。でも歳はけっこういっているようで、描写するなら、「美しくない、高見沢俊彦」。


 この人、暇な時間帯にやってきて、毎回「シャケのご飯」をオーダーする。入ったばかりの新人は、この人にあたると、大抵訳が分からず「は?」となります。


 で、この彼、シャケのご飯を出してあげると、ご飯と少量のシャケのほぐし身だけ食べて帰る。250円だけ払って。


 B店長いわく、「金がないのよ」と。


 そして、その男のひとをこう呼んでました。



『ミスター・シャケ』




 ミスター・シャケは、そんなに悪い人でもなく、大人しい人で、ぼくはただ小食なだけなんじゃないかと思ってて、彼の方もたまに気をつかってか、ちゃんとしたメニューもオーダーしていたのだが、そのときのB店長は「給料入ったんじゃない」と、やはりなんか悪意のあるリアクションで。



 で、ある日、このミスター・シャケが来た時、B店長がお釣りを渡し忘れちゃう。


 550円預かって、代金250円なので、300円のお釣り。そのお釣り300円を渡し忘れちゃった。


 250円しか払わない人に、300円を渡し忘れるB店長も凄いが、250円しか食べないのに300円もらい忘れて帰るミスター・シャケもどうかしていると思うんだけど。


 で、お釣りを渡し忘れたことに、ミスター・シャケが帰った直後気づいたB店長は、こう叫ぶ。



B店長「館内呼び出しかけよう!」


 百貨店内なので、放送室に内線して、館内呼び出しをかけてお釣りを取りにきてもらおうと思ったらしい。


雲江「どう呼び出すんですか」


B店長「ミスター・シャケって呼び出せばいいじゃない!」


雲江「そんなん、百貨店がOKするわけないでしょ! だいいち、彼、自分がミスター・シャケって呼ばれてるなんて、知らないわけだし」


B店長「呼び出されたら、自分で『あ、自分のことだ』って気づくと思わない?」



 この人の恐ろしいところは、これ、本気でいっていることである。


 とにかく、なんとか説得して思いとどまらせて、お釣りの300円は保管しておき、そのつぎにミスター・シャケが来た時に無事渡しました。

 当人、気づいてませんで、「あっ」という顔してました。


B店長「きょう、ただで食べられてよかったわね」


 と、陰でいってましたが、タダじゃねえし、お釣り渡し忘れたの自分だし。



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