第7話 百貨店のB店長① 「B店長怪我をする」
もう何年も前の話になるので、近況ノートとはいえないかもしれない。
当時は百貨店食料品売り場のイートイン・カウンターで働いていて、B店長が一緒だった。
ここはお客さんが座るカウンターがあって、そのすぐ内側が簡単な調理台で、その端っこが流し台。この流し台でB店長はよく洗い物をしていた。
本人は「あたしは洗い物が速いわ!」と自慢げだったのだが、彼女が洗ったあとの食器には、なにかしら付いている。葉っぱだとか、泡だとか。これ、必ずついていた。
で、お客さんのいない、暇な時間帯。ぼくが作業している横で、B店長が洗い物をしていた。洗いながら、ぼくにお喋りしてくる。きっと小学生のころから、授業中とかも隣の生徒にえんえんお喋りしていたにちがいない。
が、突然「あ、痛!」と叫んで、指をあげた。
どうやら包丁を洗っていて、切ってしまったらしい。
みなさん、刃物を洗う時は、スポンジをごしごし上下にしごかず、かならず刃元から刃先へ一方向へ動かして下さい。そうすると指から刃が逃げていって、絶対に指は切りません。
が、それ以前に、よそ見して隣の人に話しかけながら包丁を洗ってんじゃねえよ。
切ってしまったB店長の指はざっくり裂けていて、ぼくは一目で「ああ、これは縫わないとダメだろう」と思ったのだが、B店長は、
「だいじょうぶよ! こんなの輪ゴムで止めとけば、血は止まるから!」
ええー、ほんとかよー!と思ったが、おそらく包丁で指を切ることにかけては先輩であろうB店長の言葉を信じして、そのまま作業続行。
時刻は夕方。その売り場の必要人員は二人。その日は閉店までB店長とぼく二人なのだが、見ているとどうにもB店長、輪ゴムでしばってバンドエイド巻いた指が痛そうだ。
当たり前だが。
「モネちゃん、呼びますか?」
ぼくは聞いてみた。
モネちゃんは当時いたバイトで、専門学校生。すごくきっちり仕事のできる優秀な女の子だが、じつは腐女子で、けっこうトボケたところもあった。
で、家が近くて、しかも夕方から案外暇している。連絡すれば、来てくれるかもしれない。
余談であるが、モネちゃん、昔、朝思いっきり遅刻してきたことがある。普段は時間に正確なのに。
雲江「どうしたの? 寝坊?」
モネ「はい。すみません。ゲームやってて、夜遅くなっちゃって……」
ちなみにその日は「ドラゴンクエスト」の新作の発売日翌日。
雲江「え、なんのゲーム?」
すこし期待して聞いてみた。
モネ「『戦国バサラ』ってゲームで」
雲江「そっちかーい!」
『戦国バサラ』とは、イケメンの戦国武将がわちゃわちゃするゲームである。
で、B店長の怪我の様子がずいぶん悪そうなので、このモネちゃんを呼んだらと提案してみたら、B店長、速攻電話かけていた。平静を装っていたが、結構痛かったみたいだ。
そして受話器に。
B店長「ねえねえモネちゃん、急なんだけどさ、これから来られる? え? ダルメシアン!?」
「ダルメシアン!?」のところで、大声あげていた。
あとで聞いたら、モネちゃん、行けるけど、靴がダルメシアン柄だけど大丈夫か?という答えだったらしい。
靴なんてこの際なんでもいいから、来てもらった。
で、まあ、モネちゃんに来てもらって店は安泰。で、B店長は病院に行くことに。
そして事情を百貨店の社員さんのチャップリンに話す。
チャップリンは、男性の社員さんなんだが、歩き方がだらしないので、B店長がさんざんバカにしてチャップリンと呼んでいるのだが、このときはチャップリンにかなりお世話になった。
で、チャップリンに来てもらって、病院に電話して、これから行ってもいいか確認すると、こういう答え。
「どうぞ来院してください。ただし、一応の応急処置はそちらでしていただいて、決して輪ゴムなんかで縛って来ないように」
……見透かされている。
で、救護室でチャップリンに傷口消毒してもらって、簡単に包帯巻いてもらって、その状態で売り場にもどってきた。
チャップリン「じゃあ、タクシーで行ってきてください。ひとりで大丈夫ですね。一応〇〇病院に診察の予約しておきましたから」
いちばん近い救急外来がある大きな病院を教えてくれた。有名なところである。
が、B店長、異を唱える。
B店長「あそこはいやよ! 以前診てもらって、治療費踏み倒しているから、行きたくないわ!」
こんのババア! この期に及んで何ほざいてやがんだ! わがまま言わずに行け! そして踏み倒した治療費、ちゃんと払ってこい!
とぼくは心の中で叫びましたが、優しいチャップリンが別の病院を探してくれて、そっちに行きました。
四針縫ったそうです。
そして、相変わらずチャップリンのことをチャップリンと呼び続けてしました。
基本、反省しない人だよな、B店長。
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