episode5 Fighting Now!

13 Fighting Now! (1)

 その日、支部長室に二人の聖戦士が呼び出されていた。一人は白髪をハーフアップに結いた青年、ワイアット。もう一人はエメラルドブルーの髪をポニーテールにした女性、エイラ。


 二人の手にはそれぞれの波動機が握られている。黒い軍服と波動靴、通話機器であるフォンを装備。最初こそ扱いに戸惑っていたワイアットも今では波動靴を履いたままレガリア内を自在に行き来出来るまでになっている。


「ワイアット、二ヶ月の聖戦士の訓練お疲れ様。さて、今から君に任務を課す。この任務を達成すれば、レガリアの聖戦士として正式に登録する」

「そうなるとどうなるの?」

「正式にエアと戦ったり出来るようになる。任務次第では、四人に会えるかもしれない」

「本当に?」


 同じ地上都市アトランティスから来たとされる四人の聖戦士に会える可能性が上がる。そう聞いただけでワイアットの目がキラキラと輝き始める。その四人が意味する人物に気付いたのか、エイラは苦笑いしたままだ。


 ワイアットはまだ知らない。聖戦士の任務の過酷さを。人を襲う生き物であるエアと戦う。それがどのようなことなのかを。それらを記憶が無いために忘れているのである。


「だいぶ誤解してるだろうから、聖戦士の仕組みについて説明しようか」


 ワイアットのキラキラと輝く顔を見たクレアが静かに告げる。もっとも、誤解していてもいなくても聖戦士の仕組みについては説明する義務がある。ただ、それが任務の前か後かの違いだ。




 聖戦士はエアと戦えるだけの身体能力と波動機、そして波動靴を持った改造人間である。だがそんな聖戦士にもいくつか違いがある。それは主に波動機の性質に関係する。


 波動機は人の持つエネルギーを増幅し、別のエネルギーへと変換する装置である。波動機のエネルギー増幅率、及びエネルギー変換効率は聖戦士によって異なる。さらに、聖戦士の精神的な成長やエネルギーの質の変化などでも変わってくる。


 レガリアではこの増幅率と変換効率によって聖戦士の位を分けている。主に優秀な隊長クラスとそれ以外の隊員クラスの二つだ。さらに複数名の聖戦士が共に行動することで死亡率を下げようとしている。


 任務毎に聖戦士の組み合わせは変えている。が、ごく稀に例外がいる。例えば特定の二人の聖戦士を相棒として常に行動を共にする。特定のかなり優秀な聖戦士のみ単独で行動する許可を与える。


「任務における聖戦士の基本構成は隊長クラス一人と隊員クラス一人から三人。これで一つの班だ。あとは戦うエアの種類や数に応じて班の数を変えてる。ちなみに……エイラも隊長クラスの一人だよ」

「右足をエアに喰われてからは隊長として活動してないけどね。ある意味、君とのこの任務が私の復帰戦になる、かな」


 エイラの言葉にワイアットの顔が歪む。エアに右足を食べられる光景を想像したからだ。隊長クラスの一人であるエイラで実戦で怪我をする。そのことからわかるのはエアとの戦いの危険性。


 聖戦士は筋力や自己治癒力を強化されている。そんな聖戦士の中でもそれなりの実力を誇るエイラが右足を失った。それなりの経緯はあれど、右足の再生が出来なかったという現実がある。


「エイラを見ればわかるだろうけど、聖戦士だからって無敵なわけじゃない。怪我をするし、ひどい怪我なら治らない。忘れないで」


 クレアの言いたいことはワイアットにも理解できる。要するに、聖戦士の自己治癒力を持ってしても治らない怪我がある。欠けた四肢の再生ばかりは、いくら聖戦士でも不可能と言うことだろう。



 クレアからの任務を引き受けた一時間後には、ワイアットとエイラはレガリアの東門と呼ばれる場所にいた。「門」などと言う名称が付いているが、要は外へと通じる扉だ。レガリアには建物の四方に門があった。


 門を開ける時には、職員が門の窓から周りにエアがいないかを警戒する。もしいればエアが離れるまで待ち、三十分経過しても離れなければ聖戦士が強行突破する形をとる。緊張するワイアットは深呼吸しながら課せられた任務を振り返る。


「東門から北東に進んだ先にある草原がある。そこにあるエアがいるんだけど、そのエア一体を討伐してきて欲しい。何をどうすればいいのかはエイラが知ってるから、聞くといい」


 レガリアだけでなく全ての地上都市において、人類はエアの正確な居場所を把握することは出来ない。だが、都市からどの方角にどれくらい進めばどんな形のエアがいるのかは把握している。これは、エアの形が住んでいる場所によって異なるためである。


 このような指示ができるようになったのは今は亡き聖戦士達が命懸けでエアと戦い、地道に情報を集めてきたから。今ではどの辺の地域にどんなエアがいて、そのエアがどんな用途に適しているかまでわかるようになっている。


 さて、方角と場所を指示されたワイアットとエイラ。二人には任務に行く前に腕に付けるタイプの方位磁針を与えられた。それを身につけ、方角を確認しながら移動するらしい。さらに専用の黒いリュックを支給された。


 リュックの中には保存食である干し肉がいくつか。筒に入った飲み水、地上都市レガリア近辺の簡易的な地図、小型簡易通話機器のフォンを入れる保護ケース。さらに大きな革袋が折りたたまれて入っている。


 東門の前で出発のタイミングを待つエイラとワイアットは背負ったリュックの重みを感じ、複雑な気持ちになる。その手にはしっかりと波動機が握られていた。出発の時が近付くにつれてエイラの顔が険しくなっていく。


「……今日戦うエアは大型よ。皮は分厚いし体力もある。弱るまで時間がかかるわ。まず、火以外の波動を使ってでいいから、エアが動かなくなるまで攻撃すること。エアが動かなくなったらどうするかは私が実際にやってみせるわ」

「エイラがそんな顔をするってことは、初心者向けのエアじゃないの? ねぇ、エイ――」

「ワイアットさん、エイラさん。準備が出来ました。開けますよ。開けたらすぐに出てください」


 ワイアットがエイラに質問をするより早く、職員が声をかけた。そして今、東門が開く。ワイアットとエイラは門が開くとすぐさま外へと飛び出した――。




 外の世界は開放的だ。建物の中と違い、頭上を見上げれば空がある。前後左右を見回せば、壁という制限のない、限りなく続く大地が広がっている。その景色にワイアットの心が懐かしさを訴える。


 この開放的な世界を、初めてであるはずの外の世界を、ワイアットは知っていた。地上都市内部と異なる、どこまでも続く景色を知っていた。無意識のうちに頬を涙が伝う。


 東門を出た先に広がるは草原ではなく白みがかった黄土色の土で形成された平地だった。足場はレガリアから離れるに連れて緩やかに低くなっている。どうやらレガリアという地上都市は高台に作られた地上都市らしい。


 一歩レガリアから外に出れば、そこはもうエアが暮らす世界。空を見上げれば鳥の姿をしたエアがいるし、高台を降りた先には四足歩行のエアの姿が見える。だが地上都市内部と外の世界の一番の違いはそこではない。


 レガリア内部は機械の音、人の声、そして人々の生活音しか聞こえなかった。だが外の世界は違う。生活音は何一つしない。代わりに、エアの鳴き声や風の音、木々が揺れる音や水の流れる音、様々な自然の音がする。


(初めて見聞きするはずの外の世界。だけど僕は、これを知ってる。知っているんだ、外の世界を)


 外の世界に懐かしさを感じるワイアット。だがそうのんびりしているわけにはいかない。この世界は、人を喰らう生物エアが多く生息しているのだから。先頭を歩く エイラが遠方にエアを発見する。


「ワイアット、急ぐわよ。任務対象外のエアと戦う気はないわ。ボケッとしてないで私についてきて!」

「え、なんで?」

「こんな所で体力とエネルギーを消耗してたら、任務対象とまともに戦えないでしょう? エアが右手から近付いてくる。ほら、早く北東の草原に移動するわよ」


 エイラの話を聞くも急ぐ様子のないワイアット。彼はまだ状況を把握しきれていないのだ。耐えかねたエイラがその腕を掴んで北東にあるであろう草原へと全速力で移動する。


 エイラとワイアットが動き始めると同時にエアの鳴き声が近辺に響き渡る。ワイアットの耳がその音を捉え、ピクピクと動く。だが当の本人は何も気付かずに平然としていた。

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