9 What is Paradhin?(3)

 エイラが短槍にエネルギーを流し、白い光として波動を発動。三角錐型の穂先の先端に白い光が現れる。しかしその光は一瞬で、バチバチと音を立てる黄色い光――雷に変化した。


「私達の使う武器は、少し変わってるの。何て言ったらいいんだろう。ほら、あれよ、氷とか炎とかのエネルギーを自在に操れるのよ。ちなみにこの光は雷」


 エイラが苦笑いをしながら説明する。だがワイアットには一つだけ疑問があった。先ほどまで習ったのはエネルギーを集めることを意識して白い光――波動の基礎を出すというもの。雷とかにはなっていない。


「波動機はエネルギーを増幅するって言われたでしょ」

「うん」

「でも正確には『増幅したエネルギーを別の形のエネルギーに変換する』装置なの。変換には条件があるけれど」

「条件?」

「色々あるのよ。エネルギーの増幅の割合とか、変換の割合とか。でも一番大切なものは一つだけ。ここを見て」


 発動していた波動を消し、その短槍の柄の部分をワイアットに見せる。よく見るとそこには、二色のボタンがついている。


「詳しい仕組みは置いとくけど。白い光は何もしないで発動できるし、変形くらいならイメージだけで出来る。でも、エネルギーを変換するには波動機に付いてるボタンを押す必要があるの。ボタンを押すとエネルギーの流れる場所が変わって、別のエネルギーへの変換が可能になる。ただ、それだけ。ボタン毎に対応している属性は決まっているわ。私のだったら、黄色が雷、水色が氷。さっきのは、エネルギーを流して白い光として波動を発動した後に、この黄色いボタンを押したのよ。だから急に波動が雷に変化したの」


 エイラの説明に何度も頷くワイアット。その目がキラキラと輝いて見えるのは気のせいではない。波動機と呼ばれる武器の魅力に胸が高鳴っていた。



 ワイアットは自分の波動機である輪刀を見る。初めて見た時には気にしていなかったが、二ヶ所ある持ち手の部分にはそれぞれ黒いボタンが一つずつ付いている。


 先ほどと同じように手の平にエネルギーを集めるイメージをする。最初の時こそ手間取ったが、三回目の挑戦となる今回は呆気ないほど簡単に成功した。数秒とかからずに輪刀の刃が白い光を発したのだ。


 それを確認すると、エイラが実演したように黒いボタンを押してみる。内心では何色の光になるのかを楽しみに。しかしその胸の高鳴りをエイラに悟られぬよう、笑顔にならないように気をつけて。その結果は――。


「え?」

「嘘でしょ?」


 ワイアットとエイラの驚きの声が重なる。だがそれは、波動の発動に成功したからではない。黒いボタンを押してもワイアットの波動は何も変わらなかった。それどころか、ボタンを押すと白い光が数秒と持たずに消えた。


 本来であれば、ボタンを押せばエイラと同様に何らかのエネルギーに変換されるはずだった。しかし発動しない。それはワイアットにもエイラにも想定外の出来事で。だからこそ二人とも、驚きの声を上げたまま身動き出来ずにいる。


「……とりあえずもう一回、普通に波動を発動してみて。今度はボタンを押さないで、出来る限り波動を維持してみてくれる?」

「わかった」


 エイラは目の前で起きた出来事を信じたくなかった。故にもう一度波動を発動するように頼む。ボタンによるエネルギー変換が終わるより先に波動が消えた可能性を考えたのだ。


 ワイアットはエイラに言われるがままに波動を発動。そのまま、グローブの赤い模様にエネルギーを集めるイメージを意識し続ける。それは無意識でしたこと。しかし聖戦士として正しい行動。


「維持は出来るみたいね。波動は、エネルギーの放出を維持しないと消えちゃうの。だから、戦う時はエネルギーを集めるイメージをしながら動く必要があるのよ」

「そうなんだ。そこまで深くは考えてなかったけど、出来てる、のかな? ちょっと動いてみる」


 エイラの言葉の意味を深く考えずに動き始めるワイアット。ぎこちない輪刀の構え方ではあるが、その動きは初心者にしてはおかしかった。


 普通、初めて武器を手にした者はそう簡単に動けない。どうしても動きにぎこちなさが出てしまうものである。だがワイアットは違った。足の動かし方も、腕の振り方も、前進後退の些細ささいな動き一つを取っても違う。それは確実に、戦いを経験した者の動きだった――。




 ワイアットがエイラに聖戦士としての身のこなしを習っている時のこと。アリアンレガリア支部の最上階にある支部長の書斎に、クレアはいた。書斎にはクレアの他に一つ、人影があった。


 それは、ワイアットが記憶を取り戻すことを選んだ日に書斎に集まった人物。すなわち、ワイアットと同じアトランティスという都市からやってきた聖戦士。さらに言えば、ワイアットと同じ人造聖戦士と呼ばれる存在である。


 今書斎にいる人物は、聖戦士の証である黒い軍服を着ていた。足には、ワイアットが苦戦していた波動靴。そしてその背中には、所有している波動機と思わしき巨大なハサミが背負われている。


 二人は書斎にある机を挟んで向かい合っていた。実はこの二人、五分以上もこうして無言のまま向かい合っている。二人が二人して相手が話すのを待っている状態なのだ。


「……あのさぁ、なんか言ってくれない?」

「いや、呼んだのクレアだからな。俺はクレアに呼ばれて来ただけだからな。要件聞きに来たんだよ、今日は」

「んー? あれ、そうだったっけ?」

「自分で言っといて忘れんなよ。変わんねぇな、クレアは。抜けてるとこも、何だかんだやることやってるとこも」

「ま、ふざけるのはここまでにして。ワイアットがさ、聖戦士のことを思い出したよ。戦うって。戦って、君達に会いたいって」


 顔こそ笑っているが、クレアの濃い青色の目は少しも笑っていない。クレアの言葉にもう一人の顔が険しくなる。両拳に力が入った。


「指導員は誰? ワットのこと、俺らのこと、知ってんの?」

「エイラだよ。最近復帰したばかりの、地上都市フィーロンから来た子だ。ちなみに、人造聖戦士ってことは知らない。あれは関係者しか知らない極秘事項だからね」


 エイラがワイアットの指導員。そう聞いて、人影はしばし思考する。クレアはそれをただ見ているだけ。


「俺らの波動機、特殊なんだよ。だから、エイラじゃ教えられねぇと思う。ワットの波動機の扱い方も、エイラじゃわかんねぇよ。クレアも知ってるでしょ?」

「うん、知ってる。だから君を呼んだんだよ、ルーイ。君なら、上手く教えられるだろう? 他の三人じゃ、が出ちゃうからねぇ」


 ルーイと呼ばれたのは、クレアが呼び出した男性の聖戦士。クレアはルーイの発言に驚かなかった。恐らく何を言われるのかわかった上で、呼び出したのだろう。


「あくまで俺らのことはまだ隠すってことか。わかったよ。ワットのためなら断らないから。注意することとかある?」

「絶対にワイアットって呼んで。間違っても『ワット』なんて呼んじゃいけない。まだ、被検体のことを思い出すには早いから。今はまだ、会わせられないんだ。君達四人を思い出せば必ず、他の五人も思い出す。そうなればもう……最悪の事態は避けられない。聖戦士の活動で精神を強くしなきゃ、耐えられないだろうから」

「なるほどね。そうだよな。また同じことが起きるのは避けたい。これは俺らも同じ。二度もワットを失うのはゴメンだね」


 クレアの話を聞いたルーイはすぐさま納得。詳しく詮索することはせず、言われたことに素直に従う。おそらくルーイのこのような性格のために、クレアは彼を選んだのだろう。


 話が終わるとルーイはその場で大きく伸びをする。かと思えばクレアの顔をジッと見つめる。その目の色は、ワイアットと同じ血のような赤色。そしてその背中にはハサミを模した妙な形の波動機。


 赤い目は、この世界では遺伝上存在しない目の色である。もし赤い目の人がいるとすればそれは、被検体である証としてアリアンによって虹彩を染色されたから、である。故に、一部の人が見れば、赤い目はアリアンの所有する被検体であることを示す。


 赤い目を持つ以上、アリアン上層部の人の目を誤魔化すことは不可能だ。虹彩を二度染色することは出来ない。どんなに成長して外見が変わろうと、名前が変わろうと、赤い目がアリアンの被検体――人造聖戦士であることを示してしまうから。


 ルーイと呼ばれるこの聖戦士はワイアットと同じ人造聖戦士であった。それゆえにワイアットが直面するであろう問題がわかるし、過去の一部を共有している。そんな、地上都市アトランティスからやってきた人造聖戦士の一人だった。

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