8 What is Paradhin?(2)
まともに身体を動かすことが可能となったワイアットには、聖戦士として働くにあたってしなければならないことがある。それは実戦訓練。エアとの戦い方を思い出すためのリハビリである。
実戦訓練の舞台は二階のリハビリ室ではなかった。レガリアの地下一階にある「道場」と呼ばれる広い何もない部屋にてその訓練は行われる。シェリファに案内されるがままに移動したワイアットは、まだ事情をよく理解していない。
実戦訓練はただ身体を動かすだけの訓練ではない。「波動」というものを扱いながら動く訓練であり、指導するのは担当医ではなく聖戦士。ワイアットの指導員は、共にリハビリをしていた聖戦士であるエイラだった。
「エイラ! 教えてよ。どうして君がここに?」
「なんでも何も私が君の指導員なんだけど。支部長直々に頼まれちゃ断れないでしょ? それにしても、まさか君が聖戦士だったなんてね」
いつの間に用意したのだろう。エイラの手には彼女の背丈より短い槍が握られている。それはエイラの波動機。波動を扱うのに必要な武器であり、聖戦士が聖戦士と呼ばれる所以でもある。
幻想的な外見からは想像出来ないほど強気な態度で。その外見に似つかわしくない短槍を構えて。エイラは美しい笑みを見せる。ワイアットはただ、笑い返すことしか出来なかった。
「ここは道場って言って、聖戦士が訓練する部屋よ。地下一階には、道場の他に聖戦士の装備の修理や制作をする場所があるの。訓練が落ち着いたら案内するわ。とりあえず、早く軍服と波動靴を身につけて。君が着替えてくれないと何も出来ないわ。ほら、さっさと動く」
「早くして」と細められた青紫色の瞳が訴える。ワイアットはエイラの目の前で下着姿になり、着替えなければならなかった。着替える場所を、などと尋ねられる雰囲気ではなかったからだ。
ワイアットが軍服と波動靴を身につけ終えた。その手には持ち方のわからない、輪刀の形をした波動機がぎこちなく握られている。それは、彼の持ち方が正しくないことを意味していた。
ワイアットはあくまで自分が聖戦士であることを自覚しただけ。自分の体にあるとされるエネルギーの扱い方も知らなければ波動の発動方法もエアとの戦い方も知らない。最も、それをどうにかするためにエイラが呼ばれたわけなのだが。
「まずはエネルギーの扱い方の基礎から始めるわね。これが扱えなかったら話にならないから。だから、今はその妙な形の波動機、置いちゃって」
どうやら波動を発動するためにはエネルギーをコントロールしなければならないらしい。今のワイアットには波動機を持つ資格すらない。そう、エイラは言っているのだ。
(記憶がない時点でわかってはいたよ。僕は初歩の初歩からだって。それでもやっぱ、悔しいなぁ。聖戦士って、過酷なだけだと思ったけど、こんなにも遠かったんだ)
ワイアットは静かに輪刀を床に置く。しかしその弾みで足で弱く床を蹴ってしまったらしい。聖戦士にとっては弱くても、それは一般人からすれば走る時の脚力に相当する。故に、波動靴が反応してしまった。
ワイアットが気付いた時にはもう遅かった。波動靴のタイヤがワイアットの脚力に反応して微弱に回転、そこから生まれたエネルギーによりワイアットの体が意図しない方向へと動く。
「え? 勝手に、足が――」
あまりに急なことで反応出来なかったワイアット。そのまま身体のバランスを崩し、倒れてしまった。その後ろでエイラが額に手を当てながらため息を吐いている。
「予定変更。波動靴の使い方からやるわ。まだリハビリ終えたばかりだものね。流石に身体能力のコントロールまでは無理だったわ」
「先に言ってよ。ちょっと足に力が入っただけで動くなんて、聞いてない」
「でしょうね。だって、普通はわかるもの。聖戦士は身体能力が強化されてるって説明されなかった? 身体能力が強化されていれば、ちょっとした力も大きな力になるのは当たり前じゃない」
エイラは少しの間思案していたが、結論を出した。それは、ワイアットをこのまま床に座らせたまま波動靴の使い方を実演すること。「よく見なさい」とエイラが告げるまで、一分とかからない。
エイラはワイアットと同じ波動靴を履いている。にも関わらず、ワイアットと違って静止したままでいることも歩いたり走ったりと自在に動くことも可能で。波動靴の扱いに慣れているのが一目で分かる。
「止まり方はこうやって、ターンをするの。回転に使っていたエネルギーを遠心力に変えることで止まる、らしいわ。詳しいことは私にもわからないけど」
エイラが話しながらもその場でクルッと半回転。波動靴のタイヤは半円を描くと呆気ないほど簡単に静止した。その華麗な動きにワイアットは思わず拍手を送る。
「静止したまま動きたい時は、波動を使って無理やりタイヤの動きを止める。他の操作は普通に歩いたり走ったりで平気なはずなんだけど……君は、ブランクがあるから身体の動かし方もリハビリしないと厳しいかも」
「これでも僕、ものを掴んだり出来るようになったよ? それとは違うのかな?」
ワイアットの言葉に、エイラがわざとらしくため息を吐く。
「指先や手先は基礎よ。手先の力の扱い方と足先の力の扱い方は少し違うの。ここら辺は……リハビリ室で訓練ね。後でシェリファ先生に伝えとくから。波動靴の基本はこんな所。うーん、どうしよっかな。とりあえず波動靴を脱ぎましょう。そして波動機を手に取って。エネルギーの扱い方は波動機を使って教えることにするわ」
「え、どうして?」
「やっと動けるようになっただけの君が、
エイラに指示され、ワイアットは床に座ったまま波動靴を脱ぐ。そして元々履いていた靴を身につけ、輪刀を手に取った。
エイラはフッと息を吐くと短槍を手に持つ。そしてワイアットの方を見た。ワイアットのぎこちない輪刀の構え方に苦笑するが、今重要なのは武器の構え方ではない。
「とりあえず今は基本的なエネルギーの放出方法を教えるわね。と言ってもイメージしか教えられないわよ。足の裏か手の平にエネルギーを集めるイメージをするの。とりあえず今は手の平に集めるイメージをして。手の平からエネルギーを放出すれば、波動機がそれに反応して白く光るはずだから。それが出来て初めて、波動の細かいところを教えられるわ」
「イメージ? …………うん、やっぱりそう簡単にはいかないよね」
ワイアットはエイラに言われるがままに手の平にエネルギーを集めるイメージをする。しかしそう簡単に出来るはずもなく、ワイアットがどんなに輪刀の柄を握る力を強めても何も起きないまま。
それを見たエイラは駆け足で道場を出ていく。右足が義足とは思えないほど早い。そして五分も経たない間に戻ってきた。その手には黒い、指先のないグローブが用意されている。
よく見てみるのそのグローブの手の平部分には複雑な赤い模様があった。エイラはワイアットにそれを身につけるように指示。ワイアットは意味も理解しないままにその指先のないグローブを身につける。
「その赤い模様に意識を集中してみて。赤い模様のあった場所にエネルギーを集めるイメージをしてみて。出来る?」
「やってみるよ」
ワイアットが集中するために目を閉じる。その数秒後、輪刀の刃が白い光を纏った。どうやらグローブを身につけたことでイメージをしやすくなったらしい。
「出来たわね」
「え? ……本当だ」
「波動靴にエネルギーを流す時も、同じよ。タイヤにエネルギーを集めるイメージをするの。これが、エネルギーの放出による波動の発動よ。でも今のままだとただエネルギーを波動にしただけ。このままでもいいんだけど、エネルギーを何らかの形に変換して効果を付与するのが一般的ね」
「え、まだあるの?」
「あるわ。今日はとりあえず一通り説明して実際にやってもらう。感覚として覚えてもらうわ。明日からはそれを繰り返すことで、実戦レベルにする。わかった?」
エイラの言葉にワイアットの顔が曇る。初めて記憶のない自分を呪った。覚えることが多すぎてすでに頭がパンクしそうなのだ。これを意識せずとも出来るようになる日が来るなんて、想像も出来なかった。
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