episode4 Nice to meet you

10 Nice to meet you(1)

 ワイアットが地上都市レガリアで目覚めてから二ヶ月半。レガリアの地下一階にある道場で実戦訓練を始めてから一ヶ月半。初めは出来なかった波動靴も、今では自在に操れるようになった。


 しかし課題は残っている。波動靴を扱いながら波動機を用いることは出来る。だが、白い光以外の波動だけは何度やっても発動出来なかった。エイラが使っても発動出来なかったことから、ワイアットの波動機である輪刀の作りが問題らしい。


 さて、一人で道場にいる黒い軍服と波動靴を身につけたワイアット。片手で片方の持ち手のみを掴む。そんなぎこちない持ち方をしているが、その手には波動機である輪刀が握られている。


 エイラにもらった、黒いグローブははめたまま。波動が発動しやすくなるのと、輪刀の柄が握りやすいためにそのまま自分の装備の一つにしていた。


 今日、エイラが道場にいないのには理由がある。ワイアットの波動機の扱い方を知る聖戦士が四人いる。そのうちの一人がワイアットに扱い方を教えることになったからだ。もっとも、ワイアット本人はこれからくる人物が誰かを知らないが。


 ワイアットがぼーっとしていた時だった。突然道場の扉が開く。かと思えばワイアットの前に瞬時に移動してきた人影があった。ハサミを模した波動機を背負った男性の聖戦士だ。


「はじめまして。君がワイアット・グランバーグ、だよね?」


 ワイアットにそう呼びかけるその男性は、青いくせっ毛をしていた。ワイアットと同じ赤色の瞳は穏やかな光を宿していて。笑うとほうれい線が目立つ。


「そうだよ。君は?」

「俺? 俺はルーイ・エドマンド。今日はクレアから波動機の扱いを教えるように頼まれてるんだ。よろしく、ワイアット」


 現れた男性の正体はルーイ。ワイアットがエイラと訓練を始めた頃にクレアに呼び出された聖戦士だ。ワイアットと同じ、アトランティス出身の人造聖戦士でもある。そして、それを知られないように波動機の扱いを教えるようクレアに頼まれていた。




 ルーイはワイアットの輪刀の構え方を見た。さらに、ぐるりとワイアットの周りを移動し、波動機を扱う上での問題点を探すフリをする。本当はすでに気付いていたのだが、ワイアットの前では探すフリをする必要があった。


「それ、持ちにくくない? 俺だったらこう、輪っかの中に体を入れて、二つの持ち手を使って動かすけどな。ちょっと持ち方を変えてみてくれない?」


 ルーイがワイアットの輪刀の構え方を指摘。フラフープのように輪の中に体を通し、両手でしっかりと柄を握るよう指示をする。初めは半信半疑で指示に従ったワイアットだが、実際に言われた通りにしてみると輪刀がすんなりと身体に馴染む。


「本当だ。この方が持ちやすいね。でもこれ、どう扱えばいいんだろ。シェリファ先生が自分で思い出すしかないって言ってたんだよね」

「俺だったらこう扱うってので良ければアドバイスしようか? 似たような形の武器、本か何かで読んだことあるんだよね」

「え、いいの? ルーイさん、だっけ。すごく助かるよ。ありがとう。エイラよりわかりやすいし、最初からルーイさんが指導員だったら良かったのに」

「それ、エイラに聞かれたら怒られるよ。まぁ、言いたいことはわかる。多分だけど、エイラの波動機と俺やワイアットの波動機は仕組みが違うんだ。そりゃ教えても上手くいかないさ」

「そうなの? 僕が悪いんだと思ってたけど違うんだ。よかった」


 ルーイのアドバイスはワイアットの頭にすんなりと入ってきた。エイラは必要なことを実演してからさせるが、ルーイはワイアットにまず行動させてからアドバイスするスタイルだからだ。


「感謝してくれるのはありがたいけど、さん付けはやめて欲しいかな。ルーイとかルーとか、もっと気軽に呼んでよ。そうしなきゃ教えてあーげない!」

「そんなっ。ルーイさ――ルーイ。ううん、ルー。いや、ルー君だ。今からルー君って呼ぶから、僕に教えてくれないかな?」


 ワイアットにさん付けを止めるように頼んだのはルーイなりのクレアに対する反抗だった。他人行儀で接して欲しくなかったからだ。だが今、ルーイはワイアットの呼びかけに涙目になっている。



 ワイアットはルーイのことを「ルー君」と呼ぶことを思いついた。単にエイラやクレアと違って呼び捨てにするのに抵抗があっただけ。だから仕方なく君付けにしただけ。でも、ルーイにとってその呼び名は違う意味を持つ。


 ワイアット自身は覚えていないし無意識に選んだ呼び名。だが「ルー君」という呼び名は偶然なのか、アトランティスという都市にいた頃にワイアットが使っていたルーイに対する呼び名だった。


「ルー君? どうして泣いてるの?」

「泣いてる? 俺が? ……本当だ。『ルー君』なんて呼ばれたの、何年かぶりだから嬉しくてさ。さて、それじゃ、輪刀の扱い方を教えるかな」

「輪刀?」

「輪刀ってその波動機の形のことだよ。輪っか状の刀だから輪刀って呼ばれてるんだ。基本的な持ち方は多分今のでいいと思う。安定してるでしょ? 動かす時は、俺なら体を回転させたりしながら体と一緒に動かすかな。あと、体を軸にして回転させたり。イメージとしてはこんな感じ」


 ルーイはすぐに話題を輪刀の扱い方に変えた。かと思えば両手で輪刀を持つ仕草をすると、体を動かしながら両手を動かす。その動作は武器を扱っているというより踊っているように見える。


 ワイアットはルーイが実際に動いてみたのを参考に、輪刀を体と一緒に動かしてみる。何度か動かすうちに、両腕を動かすことで体を動かさなくても輪刀を振れることに気付いた。それと同時に妙な感覚に襲われる。


(考えるより先に体が動く気がする。何より、こうやって両腕を大きく動かして輪刀を扱うの、初めてなはずなのに初めてじゃない気がする。昔の僕は、この波動機をこう扱っていたってこと?)


 両腕を使うが、時には足や体全体を使う。刃のついた大きな輪を自在に操って踊る。時に輪刀を頭上に投げて受け止めたり。その光景は例えるなら、新体操でのフラフープを用いた演技。


 先程まではぎこちなく片手で持ち手を掴んでいた。輪の中に体を入れるという発想が出てこなかった。なのに、ルーイの言葉を元に行動しただけで、一時間程で輪刀を自在に扱えるようになっている。これにはワイアット自身も驚きを隠せない。



 ルーイはワイアットの輪刀の扱いを見て僅かに口角を上げる。それは、扱い方さえ教えればワイアットが輪刀を使いこなせることを確信していたから。


 一般的な波動機は剣や槍などの扱いやすい刀剣類の形をしている。刀剣類の他に種類があるとしても槌、銃、くらいだ。ワイアットの輪刀もルーイの巨大ハサミも、その扱い方の特殊性から波動機に相応しくないとされている。


 それではなぜそんな特殊な形の波動機がルーイやワイアットの波動機になっているのか。それは、彼らが人造聖戦士であり、他の聖戦士と異なるから。人造聖戦士である彼らだからこそ使いこなせる波動機と言える。


「すごい! ルー君の言う通りにしたら動かしやすくなったよ。エイラも使い方わからないみたいだったから助かる」


 ルーイが何故アドバイス出来たのか。そこにワイアットは疑問を抱かなかった。波動機の特殊な形も波動機の仕組みが違うとルーイが告げた時も、ワイアットは疑問を抱かずに受け入れた。


(エイラに分かるはずないよ。その波動機は俺ら、人造聖戦士専用だから。そもそもの扱い方と波動の発動法が違うし)


 ルーイは心の中で、声には出せない言葉を紡ぐ。ワイアットが身近なことに疑問を持たないのは幸いだった。もし疑問に感じてルーイに尋ねていれば、ルーイは自分とワイアットの関係について誤魔化せなくなっていたはずだから。


(これは、難易度が高いな。ボロが出ないように振舞うの、確かに俺以外には無理だ。あいつら、すぐ顔に出るもんな)


 クレアがわざわざルーイを呼び出して頼んだ理由に気付き、思わず苦笑する。本当であれば真っ先に駆けつけて知り合いと名乗りたい。その気持ちを押し殺して、あたかも他人のように振る舞う。そんなの、顔に表情が出やすい人には不可能だから。


「ルー君、見てよ。だいぶ自在に扱えるようになったよ」


 ルーイの胸中も知らずに、ワイアットは無邪気に笑う。楽しそうに動きを見せつけてくる。そんなワイアットにルーイは、完璧な作り笑いを返すことしか出来ない。それがただ、もどかしい。

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