11 Nice to meet you(2)

 ルーイは一旦、一時間の休憩を設けた。調子に乗って輪刀を動かしたため、ワイアットの体力が限界だったのだ。もちろんその一時間を無駄にはしない。ワイアットは座った状態で、ルーイが立って説明する。


 ルーイは背負っていた巨大なハサミを構えていた。左右の手でそれぞれの持ち手を握る。よく見れば両方の持ち手に、ワイアットの波動機と同じ黒いボタンが付いている。


「俺とワイアットの波動機には黒いボタンが付いてるだろ? 黒いボタンは、他のボタンと使い方が違うんだ。とりあえず今は、右手を使うかな。まず右手からエネルギーを流す。するとほら、波動機が白い光をまとう。ここまでは多分出来るかな。問題はここからだ、よく見てて。……頭の中で変換したいエネルギーの形を思い浮かべる。今はわかりやすくするために左手にするね。右手からはエネルギーを放出し続けながら、左手のボタンを押す」


 ルーイが説明しながら実演。ハサミの刃の部分が白い光をまとい、それは一分も経たぬうちに黒い光へと変化した。だがワイアットは首を傾げてしまう。


「例えば炎を出したいとする。そしたらまず、普通に白い光として波動を発動するよね。次に、ボタンを押す前に頭の中でイメージするんだ。燃え盛る炎を、ね。イメージができたら、右手からのエネルギー放出を維持したまま左手でボタンを押す。すると押してる間、波動が続く間は変換されたエネルギーを発動、維持できるってわけ。これが、俺やワイアットの波動機のエネルギー変換方法だよ。あくまで基礎、だけどね。ためしにやってみなよ」


 ルーイがもう一度、今度は黒い光ではなく赤とオレンジの光――炎で同じ工程を繰り返す。ワイアットがわかるように動作の一つ一つをゆっくりにしてみた。


 ワイアットは言葉も出ない。ルーイの発動した波動に魅入っていた。ハサミの先端、二組ある刃それぞれに光が現れる。その光景がただただ綺麗だったから。




 普通の波動機はエネルギーを放出した状態でボタンを押せば、自動的に決められた属性に変換される。だがルーイとワイアットの波動機は違う。エネルギーを変換するイメージまでしてからボタンを押さなければならない。


「エイラのは出せるエネルギーが決まってたけど、これは違うの?」

「いい所に目をつけたね。そうだなぁ。波動機の仕組みって覚えてる? 確かエネルギー放出、増幅、変換、の流れがあったと思うんだけど。放出から増幅は波動機があれば可能なんだよ。でも変換は違う。他の波動機は、変換出来るエネルギーが限られている代わりに複雑な工程を必要とせずに発動出来る。それこそ、ボタンを一つ押すだけでエネルギーを変換できるんだ。効率は悪いけど。一方俺らのは、変換出来るエネルギーの種類が無限なんだ。代わりに、増幅から変換の過程で一つの動作が必要になる。放出、増幅、変換の流れが放出、増幅、想像、変換になるんだ」

「想像って難しくない? 一応思い浮かべてるんだけど、全然ダメ」


 ワイアットが輪刀を構えながら問う。その額には汗がビッシリと付着。ひたすら力んではいるが、発動まで行かないらしい。


「ごめん、想像は嘘だよ」

「えっ。…………ねぇ、ルー君。どういうこと? 想像が嘘ならどうすれば発動出来るわけ? 教えてくれるんじゃなかったの?」


 ルーイの突然の嘘発言にあからさまに混乱。そのまま輪刀を構えたままルーイに詰め寄る。慌ててルーイがなだめるも、ワイアットの怒りは静まらない。


「いや、嘘だけど嘘じゃない」

「どういうこと? はっきりして? 僕はわからないんだから、ルー君が全てなんだよ?」

「説明するから輪刀を下ろして。あと座って。今準備するから」


 怒るワイアットを床に座らせると、ルーイはどこからか巻物を取り出した。それをワイアットの前に広げ、重しを乗せる。その巻物には、文字がびっしりと書かれていた。


 巻物に箇条書きされた赤い文字。それは、横棒で二つの言葉が繋がれたもの。左側にあるのはワイアットにとって見覚えのある言葉、レガリアでも使われてる文字。しかし右側にある文字は見たことのない文字。


「慣れれば、イメージだけで発動出来るよ。でも慣れるまでは、特殊な言葉を介して変換するんだ。と言っても、発動したい形のイメージ位は必要だけど」

「左側はわかる。炎とか氷とか水とか音とか書いてあるね。でも、横棒で繋がれた右側の文字はわからない。なんて読むの?」

「……教えるよ。全部、ね。その前に約束してほしい。この言葉は僕達だけのヒミツだ。クレアには言ってもいいけど、他の聖戦士には言っちゃだめ」

「どうして?」


 ワイアットの疑問についにルーイが言葉に詰まる。説明することは、自分が人造聖戦士であることを示すことになる。そうすればワイアットは、ルーイを思い出し、その流れで嫌な記憶も思い出すかもしれない。


「ルー君?」

「ワイアットはね、他の聖戦士と違うんだ。この言葉を使ってエネルギーを変換出来るのはワイアット達くらい。今はそれしか言えない」

「ねぇ、ルー君。どうしてそんなことを――」

「ワイアット! 今は、今は――ダメ、なんだ。それ以上、聞かないで。ごめんね。ほら、読み方を教えるよ」


 ワイアットに問い詰められ、ついにルーイが声を荒らげる。ワイアットもルーイのただならぬ雰囲気を感じてそれ以上聞くことを諦めた。だが本当は聞きたいことがある。


(それ、僕が人造聖戦士だからだよね。ルー君はどうしてそれを知ってるの? よく考えれば、どうしてルー君は僕に波動機の扱い方を教えられるんだろう?)


 一度でも疑問を抱けば、一つ二つと疑問が増えていく。それでも今は、ルーイにすがるしかない。聖戦士として戦えばいつか、同じ地上都市から来たという四人に会えるのだから。



 ワイアットが輪刀に白い光をまとわせる。そして大きく深呼吸をした。ここから先のエネルギー変換に成功したことはこれまで無かったからだ。左手で黒いボタンを押すと同時に言葉を紡ぐ。


「フレイム」


 ワイアットが言葉を紡いだ瞬間だった。輪刀の刃を包んでいた白い光が一瞬で変化。赤々と燃え盛る火炎へと変換される。


 変換した驚きと火炎の熱気に圧倒され、ワイアットの手が思わずボタンから離れる。それだけで、刃に纏われていた火炎が消えた。不思議なことに刃には熱で溶けた様子は無く、無傷無変化である。


 金属で出来ているはずの刃に何の異変もない。それは、今現れた火炎が現実のものでないことを示唆する。しかしワイアットは確かに火炎特有の熱気を感じた。驚きのあまりルーイの顔を見る。


「なんでかは知らないけど、波動って生体にしか影響がないんだよ。だからこそ、エアが外から建物を壊せないんだけど。生体ってことは?」

「僕達にも影響がある?」

「正解。火なら燃える、冷気なら凍りつく、風なら斬れる。雷や音の波動に直接触れば麻痺が起こるだろうね。味方に当てないように気をつけることを勧めるよ」

「なら、どうして聖戦士の身体を全部義肢とかにしないんだろう?」

「貴重な資源が無駄になるからだろうね。あと、波動は人体を介してじゃなきゃ発動出来ない。つまり、義手じゃ波動機を使って戦えないってわけだね」


 ルーイはワイアットより見た目が年上だ。とはいえエイラとさほど変わらないように見える。にもかかわらず、エイラとルーイでは波動機の知識が桁違いである。


「あとはひたすら慣れるしかないかな。あ、そうだ。火は戦闘では基本的に使っちゃダメだよ。貴重な食糧が丸焦げになっちゃうんだ。ま、心配ならエイラにでも聞きな」


 ワイアットの波動の発動を確認すると、ルーイは安堵の表情を見せた。かと思えば、ワイアットに質問される前に道場から立ち去ってしまう。


 ワイアットとルーイが関わったのはたった一日、時間にしてわずか五時間程。だがその僅かな時間でワイアットが得たものは大きい。

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