5 Worst Encounter(2)

 幸か不幸かワイアットとエイラの出会いはリハビリ室だけでは終わらなかった。リハビリを終えたワイアットは担当医であるシェリファに連れられ、レガリアの三階にある食堂にいた。


 食堂と言っても広い空間に椅子とテーブルが無造作に並べられただけ。そこが食堂たる所以は、職員の者が作った食事を受け取るためのカウンターがあるから。ただそれだけである。


 ワイアットは初めて食堂を訪れるも一人では食事が出来ない。まだ筋力が弱っており、食器一つまともに扱えないからだ。それどころか思いどおりに動かすことすら困難である。


 車椅子に乗せられたままテーブルに着いたワイアットは、シェリファにご飯を食べさせてもらう。そんな時、ワイアットの耳が不快な言葉を聞き取ってしまった。


「おいおい、あのフィーロニアが右足失ったってよ」

「は? フィーロニアがいないとやばいだろ。あいつがいると殉職する奴が減るのに」

「人を守って怪我するのが大好きだからねぇ、あのフィーロニアは。見た目は綺麗なだけに勿体ない」

「もしかしてその右足失ったのって……味方庇った感じ?」


 聞き流そうとしたが、「右足を失った」という内容を無視することは出来なかった。


「そそ。新人がエアに狙われて、助けたら喰われたんだと。あーあ、慈悲深いエイラ様無くしてどう戦うんだよ。あいつ一人で十人分の戦力があるってのに」

「フィーロニアは人助けと戦いが大好きだもんな。さすが、幼い頃から戦ってきただけありますわ。戦いと守ること以外仕込まれてないってか」

「ま、俺らもフィーロニアに守られたけどな。あーあ、フィーロニア無しで任務なんて死にに行くようなもんじゃねーか」


 たまたま近くの席で聞こえてきた会話。話の内容から察するに「フィーロニア」はエイラに対する蔑称べっしょうであるとわかる。ワイアットはエイラの話をする者達に、何故か胸の奥がフツフツと煮えたぎるのを感じた。


 どうやらエイラの右足が義肢になったのは新人の聖戦士を庇ったかららしい。話を聞くに聖戦士としての経験は長い。だがその経験の長さと実力がために揶揄やゆされているようだ。





 エイラの見た目は確かに珍しい。ワイアットがここ数日見た限り、同じような髪色も目の色も、顔立ちも、何一つ似てる者はいない。このレガリアの生まれでないことは何となく察しがつく。


 だがワイアットは食堂で話している者達に違和感を覚えた。それは、決してエイラのことを噂しているからではない。恐らく聖戦士であろう彼らの態度に違和感を感じた。


 死ぬ可能性が高いから戦いたくない。だから、エイラのような人を守る聖戦士と共に働きたい。その裏にある心理は「死にたくない」、ただそれだけ。耳に聞こえてくる言葉が、ワイアットの中の何かを呼び起こす。


 それは言葉の記憶。過去に言われたであろう言葉達。それと、今聞いた言葉達はよく似ていた。


『こいつらがいれば、もうこれ以上人類が犠牲になることはないんだ』

『いいか? お前達は一体でも多くのエアを駆逐するんだ。それがお前達の役割、生きる術なんだからな』

『怖い? 怖くても戦え。それが役目だろ?』

『我々はお前達聖戦士を守るためにいるんじゃない。エアと戦い、住民を守るために存在するんだ。お前達聖戦士はあくまで、エアと戦うための道具、手段に過ぎない』


 その声を思い出した途端、ワイアットは思わず首を左右に振った。思い出した言葉を否定したかった。これは偽の記憶で本当は違うと思いたかった。


(僕が聖戦士? そんなはずないでしょ。だって僕は、アリアンのことも何も知らなかった。記憶が抜け落ちているんだから)


 それと同時に気付いてしまった。人という生き物の醜さとズルさに。


(あの人達も、今一瞬思い出した声の人達も、一緒だ。みんな、自分が犠牲になりたくないんだ。だから、自分の代わりに戦う者を作り出したいんだ)


 きっと、アリアンという組織にとって聖戦士は所詮「エアと戦うための道具」でしかなくて。エイラの言うような「住民のために戦う」はきっと、後付けされた理由なのだ。


 それに気付いてしまった。否、思い出してしまった。胸の奥から込み上げてくるこの感情が「怒り」によるものだと認識してしまった。


「……で。なんで? あいつにだって、エイラにだって、心はあるんだよ。特別かもしれない、強いかもしれない。でも、怖いのは、同じなんだ」

「ワイアット?」


 ワイアットがぽつりと零した言葉で異変を察知したシェリファ。慌ててワイアットを抑えようとするが、時すでに遅し。すでに事は始まっていた。





 まともに歩くことは愚か、物も掴むことも出来ないはずだった。だからこそ、身の回りの世話をシェリファが行っていた。だが今、ワイアットはしっかりした足取りで別のテーブルへと歩いていくではないか。


 エイラのことを話していた者は二人。彼らのいるテーブルに近付くとバンッとテーブルに手を置く。その不穏な空気に、食堂が静まり返った。


「……で、好き好んで聖戦士になった奴なんて――いるわけないでしょ! さっきから黙って聞けば、偉そうに。養う? 守ってもらう? 何かして貰ってる身分で、陰口叩くなんて、身の程わきまえてないんじゃない? エイラの苦しみなんて何一つ知らないくせに。死にたくないなら強くなればいい。いつまでも誰かに守ってもらえるだなんて思わないでよ。エイラは、人だ。道具じゃない。なのに――」

「やめなさい!」


 ワイアットの怒りに満ちた声。それを止めたのは、他でもないエイラの一声だった。音もなくワイアットの背後に現れたエイラがその左手を掴む。


 感情任せに無理をしていたのだろう。エイラに静止されると、ワイアットはその場で床に崩れ落ちそうになる。エイラはそんなワイアットに肩を貸すと、床に血を滴らせながら車椅子まで運んだ。


「リハビリ室での言葉、撤回するわ。私はエイラ。エイラ・キャロル。他の地上都市からレガリアに来たの。君の名前は?」

「僕は、ワイアット・グランバーグ」

「そう。改めて、レガリアへようこそ、ワイアット。残念ながらどんな地上都市でも、地獄なのに変わりはないけれど」

「地獄?」

「ううん、忘れて。言い返してくれてありがとう。それだけは感謝してる。……ありがとう」


 エイラはワイアットをシェリファに托すと、松葉杖をついて食堂から出ていく。そのピンと伸びた背中には目には見えない何かが重くのしかかっているように見えて。その背中を見送るのは、ワイアットにとっては非常に辛かった。




 エイラが去った後の食堂は騒がしい。今のワイアットの引き起こした騒動のせいだ。だが全ての原因であるワイアット自身は、車椅子の上で呻き声をあげていた。


 両手で耳を塞ごうとする。目を閉じて、耳を塞いで、足をバタつかせる。その様子はまるで、癇癪かんしゃくを起こしている幼子のようで。そばに居たシェリファは対処法に困る。


 次第にワイアットの声は、小さく低い呻き声から悲鳴に近い叫び声へと変わる。その異変を察したシェリファは、ワイアットを個室病棟へ連れていきながらクレアに連絡することを決めるのであった。



 ワイアットはと言うと、やけに現実味のある夢を見ていた。だがそれが何を意味するのかはわからない。呻き声や叫び声は、その夢で苦しむワイアットが無意識に発したもの。そんな彼が見ている夢は、悪夢そのものだった。


 夢の中のワイアットは全面灰色の部屋にいた。そこにあるのは手錠や十字架といった拘束具ばかり。その部屋にいるのはワイアットと一人の大人だけ。


「今日は、痛覚の実験だ」


 大人はそう言うとワイアットに手錠をかける。さらに、棒のような拘束具を用意し、ワイアットの身体を棒に吊るした。そして大人は……どこからか刀を取り出した。


 ワイアットは身動き一つしない。いや、出来ない。手錠で拘束され、その手錠の鎖部分を棒に吊るされている。身体が宙に浮いた状態であり、いつの間に足にも足枷がハメられていた。そんなワイアットには目もくれず、大人は行動を開始する。


 躊躇ためらうことなく、ワイアットを刀で切りつける。ワイアットの身体に深い切り傷が刻まれる。そこから血が溢れ出る。ワイアットは痛みのあまり悲鳴を上げた。が、そこで異変が起きる。


 切り傷は瞬きする間にも塞がり、傷跡が消える。ワイアットの身体には傷を受けた痛みだけが残った状態だ。叫ぶワイアットに大人が告げる。


「お前は聖戦士だ。人造聖戦士だ。傷はすぐに治るんだから、痛みごときで叫ぶな。痛みに慣れれば、戦場で無敵になれる」


 大人は傷の痛みで泣き叫ぶことを良しとしなかった。泣き叫ぶワイアットの身体をを刀でさらに傷つける。血が流れたのは一瞬だ。付けられた傷はすぐに塞がってしまう。


「うるさい。お前は聖戦士としてエアを駆逐するための道具なんだ。それが役目で、生きる術だ。痛みの一つや二つ、耐えろ」


 逃げ場などなかった。傷は痛みだけを残してすぐに塞がった。そんなワイアットの心に深く刻まれたのは、聖戦士であるがために求められる道具としての役割だった――。

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