15 Fighting Now! (3)

 レガリア最上階の支部長室。そこには笑顔のクレアと、どこか疲れているように見えるワイアットとエイラの姿があった。ワイアットに至ってはよほど疲れたのか支部長室の床に座り込んでしまっている。


 フォンで連絡をしたエイラとワイアットは革袋一杯に詰まったエアの臓器や肉や皮膚を担ぎ、巨大な骨を元々の形を崩さないように運んだ。レガリアに帰ると革袋は職員に預け、骨は道場の近くにあるという波動機の工房へ運ぶ。


 エアの素材を運ぶべき場所に運んでからもすぐに支部長室へは行けない。波動機のメンテナンスのために工房にいた職員を探し、波動機と波動靴の両方を托す。さらに軍服を予備の軍服に着替え、エアとの戦いを活動報告という書類に記し、ようやく支部長室へ報告である。


「やること多いし、レガリア、広すぎでしょ」

「これくらいで疲れるようじゃ駄目よ。もう少し体力を付けなきゃね。それに、初めてのことばかりで精神的に疲れたのも原因かもしれないわ」


 エイラはワイアットの体力不足を過度に責めたりはしない。新人が新しいことを初めて疲れることは想定していたから。彼女もまた、昔はそうだったから。


「エアは天敵だけど貴重な資源でもあるからねぇ。骨の一片、血の一滴も無駄に出来ないんだ。その様子だと任務は無事に成功したのかな?」

「しました。ワイアットも、普通に戦えてました。エアを目の前にしても態度を変えずに、平然と戦ってました。新人らしくないくらい、ね」

「そっか。エイラ、ありがとう。ワイアットはどうだった?」

「うーん、懐かしかった、かな。外の世界が、懐かしかった。知っているんだ、知っていたんだ。初めて見るはずの景色なのに、懐かしかったんだ」


 初めて見るはずのエアには動じず、外の世界を懐かしいと表現した。それは普通の新人では有り得ない発言。彼が過去に外の世界に出ていなければ感じるはずのない感覚。


 エイラとクレアはワイアットの言葉に思わず顔を見合わせる。どう言葉を返せばいいかわからないのだ。ワイアットはまだ、自分が聖戦士であったことをぼんやりと思い出しただけに過ぎない。下手に刺激するわけにもいかなかった。


「というか君、エアは怖くなかったの? さも当然のように戦っていたけれど」

「……なんで怖いの?」


 エアはまず人間より大きい体躯を持っている。さらに聖戦士でギリギリ対等に戦える程の身体能力を誇る。故に初めてエアの実物を目にするものは、その大半がエアの姿に威圧され、恐れる。


 確かに外の世界でエアを見ても怖がらない新人は存在する。だが、新人であるのにさほど動揺もせずにエアと戦い、さらに実際に攻撃に成功する者はいない。距離感が掴めなかったり波動機の扱いに慣れていなかったりするからだ。


 新人であるのにエアを見ても怖がらない。さらにな初対面であるはずのエアに何回も攻撃を当てていた。輪刀という奇妙な形をした波動機を扱うその仕草は妙に慣れていた。言うなれば、ワイアットは「新人らしくない」のである。


「普通は怖かったり、エアとの距離感がうまく掴めなかったり、波動機がうまく扱えなかったりするのよ。どうやら君は違うみたいだけど」

「……エイラ・キャロル、ワイアット・グランバーグ。任務成功おめでとう。この度の結果を受けてエイラの任務への復帰、及びワイアットの聖戦士登録を認める。……堅苦しいのは嫌いだからここからはいつも通り話すね。エイラは明日一日休んでそれから復帰だ。次にワイアット、君の登録は僕がやっておくよ。さて、ここからはワイアットと二人で話したい。エイラはこのまま二階に行って義肢の調子などを確認。実戦による影響などを検査してもらって」

「わ、わかりました」


 話題を変えるかのように急に真面目になって指示を出すクレア。レガリアのトップであるクレアの指示には逆らえない。エイラはクレアの指示を聞くとすぐさま返事をし、支部長室から出ていった。



 エイラが出ていくとスッとクレアの肩が下がる。どうやら部下の前では支部長らしくいようと気を張っていたようだ。改めてワイアットの姿を見ると小さく微笑む。


「今日を持ってワイアットは完治したことにする。それに伴って、ワイアットに個室をあげよう思うんだ。どうかな?」

「個室?」

「レガリアでは、聖戦士は四階に一人部屋をあげるんだよ。といってもそんなに広くはないんだけどね。もちろん、一人が嫌なら別の階に部屋を作る。リハビリを始めてからは僕の部屋にいただろう? さすがにこれからは、任務ですれ違うことも多いし。よかったらって思ってね」


 ワイアットが歩けるようになると、すぐに病棟を追い出された。怪我人はあとを絶たないため、なるべく早くに部屋を空ける必要があったのだ。そして、行き場に困ったワイアットが住み込んでいたのが支部長室とは別にあるクレアの自室だった。


 レガリアの暮らしに慣れた訳では無い。まだ食堂一つも迷わずには行けないし、レガリアで生きるのに必要なルールはうろ覚え。それでも、そろそろワイアットには一人立ちしてもらう必要がある。


 クレアの申し出に一瞬首をかしげる。かと思えばその意味を理解して赤い目を輝かせた。が、不安を感じたのかすぐにその顔が曇る。その表情の変化に、クレアは思わず微笑んでしまう。


「安心して。一人部屋をあげるって言っても、慣れるまでは誰かと一緒に行動してもらうよ。誰にするかは今考えているんだけどね」

「今日から?」

「いや、明日からにしよう。明日、案内させるよ。今日はここにいるといい。ついでに荷物をまとめておいて」


 ワイアットに指示を出すクレアはどこか、楽しそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る