14 Fighting Now! (2)

 レガリアを出てから約二十分が経過。ようやくクレアの言っていた草原に到着した。聖戦士の強化された身体能力で全力で走ってこれだけかかるため、距離にして十キロは離れてることになる。


 目の前に広がる草原。そこにはゾウの形を模した巨大なエアがたくさんいる。灰色の皮膚、大きく平たい耳、長い鼻、そして大きな体。そんな身体的特徴を持つ彼らは草原で草を食べていた。


「仲間意識が強いから、群れからある程度離れた一頭を襲うの。そうじゃないと、何十頭もの仲間が一気に報復しに来るわ」

「でも離れるのを待ってたら時間が――」

「ええ、時間の無駄になるわね。だから私は、こうして一頭だけ連れ出すわ。今からやることをよく見てて」


 エイラはすぐさま短槍を構え、黄色いボタンを押して波動を発動。電気に変換されたエネルギーが槍の先端に集まる。そのバチバチと音を立てる黄色い光は、一瞬で紐状に変形。そのままある一頭のゾウに襲いかかる。


 それは一瞬の出来事だった。エイラの放った電撃を浴びたゾウが、ワイアット達のいる方に一直線に向かってくるではないか。それを確認すると、エイラはワイアットの腕を引っ張ってゾウの群れから離れていく。


 どれほど離れただろう。草原こそ続いているが、ゾウの群れは見えなくなった。その代わり、先ほどのゾウが二人の跡にしっかりとついてきている。


「電気で無理やり連れてくる。これが私のやり方よ。さて、それじゃ、戦いましょ。ワイアット、構えて」


 どうやらエイラは電気で攻撃することでゾウを一時的に洗脳。無理やりついてこさせ、群れから引き離したらしい。エイラに言われ、ワイアットは戸惑いながらも輪刀を構える。


 先陣を切ったのは経験者であるエイラだった。ゾウとの間合いを一気に詰め、槍を突く。よく見ると槍の穂先は水色の光――冷気を纏っているらしい。槍で皮膚を貫こうとするが、苦戦しているように見える。



 ワイアットはエイラをただ見ているだけではなかった。なぜだか、巨大なエアを目の前にして、胸が高鳴っている。恐怖より好奇心の方が勝っていた。すぐさま輪刀のボタンを押して言葉を紡いだ。


「ウィンド」


 言葉を紡げば輪刀の刃が緑色の光に包まれる。それは風に変換されたエネルギー。風により刃の切れ味を強化し、ゾウの皮膚を裂けるようにしたのだ。準備をするとワイアットはゾウとの間合いを一気に詰める。


 エイラに気を取られていたはずのゾウがワイアットに気付いた。かと思えば、長い鼻を器用に操ってワイアットを攻撃しようとする。眼前に迫る鼻に驚いたワイアットの本能が、本人が無意識のうちに最適な行動を取る。


 ゾウとの間合いを詰めようとしたワイアットは宙を飛んでいる状態だった。そこに迫るゾウの長い鼻。それを見たワイアットは輪刀の波動を維持しながらも足にエネルギーを集中。作り出した無属性の波動を利用し、空中で体勢を変える。


 作り出したエネルギーをタイヤから放出することで無理やり空中で体を浮かした。そしてその浮いた勢いを利用して体勢を変え、ゾウの鼻をタイヤで踏む。そのまま鼻を蹴ってさらに上昇した。


 ゾウがワイアットを捉えようと鼻を動かす。だがワイアットは器用に波動靴を操り、時に波動を使い、時にゾウの鼻を足場にし、方向転換する。そんなワイアットを捉えようと必死になるうちに、ゾウの鼻が複雑な結び目を作った。


 ゾウの鼻が結び目を作るまでが本能による無意識での行動。自分がしたことに驚いたワイアットは、このチャンスを逃すまいとさらにゾウとの距離を詰め、その懐に入り込んだ。


 懐に入り込むと波動をまとった輪刀を振るい腹部を裂く。ゾウが悲鳴に似た声を上げた。ゾウが怯んだ隙にエイラの槍がその首を下から突いた。ワイアットの輪刀が腹部に続いて四本の足を少しずつ切っていく。


 その時だった。エイラが足を攻撃しているワイアットの腕を掴み、ゾウから離れる。離れるのとほぼ同時に、ゾウの身体が地面に倒れた。だがまだ活動を止めた訳ではない。血だらけの足を動かし、立ち上がろうともがいている。


「エアは、心臓を破壊するまで動くって話、聞いたよね。破壊するために、バランスを崩して倒すか、多量出血なりをさせて動けなくさせるかする。これが基本的な戦い方よ」


 エイラはワイアットに説明すると暴れてるゾウに近付いた。起き上がろうともがいている今なら心臓を摘出できる。そう判断したためだ。


 エイラの短槍の穂先が白い光をまとう。波動により切断の威力を上げたのだ。そのまま躊躇ためらうことなく、ワイアットの切り裂いたゾウの腹部へと移動。槍を切り口から差し入れ、心臓を探す。


 ワイアットの輪刀は浅く広い傷口を作っただけだった。灰色の皮膚を裂いて毛細血管を傷つけただけ。これからゾウの体を切断し、心臓を破壊しなければならない。


「心臓を破壊するか身体から切り離す。そうすればエアは死ぬわ。死んだらあとは、エアを捌いて袋に入れて、レガリアに運ぶだけ。さばき方はエアによって違うけど、基本的には皮を剥いで内蔵を綺麗に取り出して肉を削ぐ。それだけね。骨は色々使えるからそのままの形を維持して運ぶわ」


 綺麗な顔から語られるのは顔に似合わない言葉たち。聖戦士として何度も戦ってきたのだろう。エアの後処理を何度もやってきたのだろう。エイラの目は笑っていない。


「僕は何をすればいい?」

「うーん。正直、新人が臓器を探すとろくな事がないから足手まといなのよね。出来るとすれば……私の後ろから私がすることを見ることくらいね。あと、このエアが動いた時に備えて戦えるようにしといてちょうだい」


 エイラはワイアットのことを「足手まとい」と断言した。だからこそ、エアの処理には手を出すなと。何もせずに目で見て、何をするのかを覚えろと。そして、緊急時の対応を頼んだのだ。


 ワイアットはエアの捌き方を知らない。捌く時に注意することも、どの部分をどんな風に解体してレガリアまで運ぶかも。さらに言えばこのエアが何に使われるかも、そのためにどう捌くのが最善なのかも知らない。


 まだこのゾウは生きている。バランスを崩して転倒しただけ。そこから起き上がれないだけ。エアを殺すために、なるべく早く心臓を処理する必要がある。そうなると、心臓の場所すら知らないワイアットはただの足手まとい以外の何者にもならないのだ。


 ワイアットは戦力外であることに気付いて呆然としてしまう。だがそうこうしている間にもエイラの手は、波動機は、器用にゾウの身体を解体しながら心臓を探す。それを眺めることしか出来ないのが心苦しい。




 エイラの手つきは慣れたものだった。臓器を次々と取り出しては、クレアに持たされた革袋に入れ。出来るだけエアの身体を傷つけないように丁寧に、しかし素早く解体を進めていく。


 やがて、エイラの動きが止まった。否、止まったのは心臓を探そうとする大きな動き。波動をまとった短槍を持つ手は小刻みに、だが確かに動いている。どうやら探していたゾウの心臓を見つけたようだ。


 心臓を見つけてから摘出するまでは二分もかからなかった。心臓を周囲の細胞から切り離し、心臓に繋がる血管を斬る。エイラが解体に慣れているからだろうか。摘出された心臓には目立つ傷がない。


 ワイアットはその目でしかと見た。心臓が身体のどことも接しなくなった途端にゾウの動きが止まったことを。立ち上がろうともがいていた四本の足が一瞬で動きを止め、重力に従って地面に接触した。


(本当に、心臓を摘出したら動かなくなった。聞いてはいたけど実際に見ると改めて驚くな。人だったら大量出血だけで死んじゃうのに)


 ワイアットが驚くのも無理はない。人であれば大量出血、心臓又は脳の破壊、毒物の摂取など様々なことで簡単に死んでしまう。だがエアは、心臓を破壊するか摘出するまで死なないのだ。これこそが人がエア相手に苦戦する理由でもある。


 心臓を的確に攻撃しなければ死なない生き物。さらに、波動をまとった攻撃でなければ傷がすぐに癒えてしまう。これらの特徴に加え人より身体能力が高いと来た。故に人は、生き延びるために聖戦士を作り出してしまったのだ。


「よし、終わり。さて、帰りましょう。その前に連絡しなきゃだけどね」

「連絡?」

「フォンで連絡するのよ。帰還する時と門の前に着いた時に連絡しないと――入れてくれないわよ? 連絡してる間に骨を傷つけないように抱えてちょうだい」


 いつの間に解体を終えていたのだろう。ワイアットがぼーっとしている間にゾウの姿をしたエアは変わり果てた姿になっていた。骨だけが残り、他の部位は全て適度な大きさに斬って革袋に入れたらしい。


(あれ、弱るまで時間がかかるはずだったよね? 皮が分厚いって言ってたし。それにしては解体するの、早くない?)


 任務の前にエイラが言っていた言葉と目の前の光景の矛盾点があった。エイラの解体はあまりにもスムーズ過ぎる。もうワイアットには何が何だかわからなくなっていた。

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