29 A New Beginning (2)

 巨大なクマを模したエア三体をなるべく急いで倒さなければならない。となれば、一体の討伐にさほど時間をかけられない。討伐に時間がかかれば他の聖戦士の帰還に影響するし、長時間クレアが戻らなければ都市の動力が足りなくなる。


 ワイアットは覚悟を決めた。慣れた手つきで輪刀を構えると最も簡単な波動である白い光をまとわせる。ワイアットにつられ、エイラもまた慣れた手つきで短槍の穂先に白い光をまとわせる。それを見たクレアが刀に白い光をまとわせた。


「私が最初に囮になるわ。私がクマの視線の向きを変える。そしたら、四肢を攻撃して体勢を崩してちょうだい。少しでも隙があった方がやりやすいでしょう?」

「いや、足の前に目を攻撃すべきじゃない? 視界を奪った方が混乱するから隙ができるよね」

「鼻を見て。あんなに鼻を動かすってことは目と耳は元々あまり使ってないのよ。どうせ近付いたら臭いで見つかるんだから、転倒させて心臓を早く探す方がいいわ」

「わかった。エイラの方が経験豊富だし、従うよ」


 狙いに行く前に簡単な作戦と狙う部位を決める。今回は大型のエアだ。となればまともに戦っても不利である。そのため、四肢を攻撃するなりして体勢を崩す。また、エイラが囮を買って出たのはエアに油断させるため。


 作戦を決めると、エイラは覚悟を決めたのか深呼吸をした。そしてエアに向かって一直線に走る。波動靴によって増強された脚力で全力で走ることにより、エアの元まで五分で辿り着いた。


 エアに向かって走り出して三分後に波動機の黄色いボタンを押した。エアの元に辿り着く頃には、エイラの短槍の穂先にはバチバチと音を立てる黄色い光――電気があった。よほど出力が大きいのだろう。光は穂先から発する電気の量は遠くにいるワイアットとクレアからもわかるほど。


 その違和感と人間特有の臭いに、エアが反応した。嗅覚でエイラの位置を確認し、その位置目掛けて太く短い前足を振るう。鋭い黒い爪がエイラの身体を引き裂こうとする。それが始まりだった。



 カキンと音が鳴る。エイラが短槍の柄でエアの爪を受け止めたのだ。攻撃の衝撃を弱めるためにエイラは後方へ小さく跳躍。着地の勢いを利用して、強化された脚力で地面を蹴る。次の瞬間、エイラの姿が消えた。否、目にも止まらぬ速さで移動した。


 エイラがクマの注意を惹き付けた。エイラの動きに釣られ、クマの視線が動く。それが合図だった。エイラの動きを見ていたクレアとワイアットが、クマの頭が動いたのを確認してから地面を強く蹴飛ばした。そしてクマの元へと一直線に駆けていく。


「ウインド」


 ワイアットが小さく言葉を紡げば、輪刀の刃が風に包まれる。風により斬れ味を増強することで、確実に四肢に切り傷を与えようと考えたのだ。刃が風をまとったのを確認すると、ワイアットの身体が一気に加速する。


 輪刀は輪の形をした刀。輪の中に体を入れ、舞うように扱う特殊な形の武器である。スムーズに攻撃を繋げることが出来るが威力が劣る、そんな武器。しかし波動機としての性質と聖戦士の特性を活かせば、輪刀でもかなりの威力の攻撃を放つことが出来る。


 威力を上げるための方法として今回ワイアットが考案したのは波動靴の利用法。並の聖戦士は、波動靴をただのとして扱う。だがワイアットはそれを変えた。


 風の波動を維持したまま波動靴のタイヤから少量のエネルギーを発動。通常の脚力に波動を足すことで急な加速と身体能力を超えた速さを実現した。エイラが五分かかった距離をわずか三分で走りきる。そして、クマの左後ろ足目掛けて輪刀を一閃いっせんした。


 クマはエイラに気を取られていたのもあり、ワイアットの加速についていけなかった。左後ろ足の皮膚がパックリと割れ、皮膚の下に隠された筋肉があらわになる。鮮やかな赤い血がワイアットの顔に飛び散る。


 クマの体勢が少し崩れた。だが転倒するまでには至らない。そこにクレアが遅れて到着。弱い波動をまとわせた刀を振り、たったの一撃でクマの右後ろ足を筋肉まで裂いてみせる。クレアの金髪が攻撃の勢いで大きく揺れた。


 クレアの攻撃にクマの体勢が大きく崩れる。後ろ足を二本とも攻撃され、直立体勢を維持出来なくなったのだ。三人の聖戦士の目に、クマの倒れる姿がスローモーションで映る――。



 クマが転倒を始めたと同時だった。エイラが電気をまとった槍でクマの背後を突く。ワイアットの風をまとった輪刀がクマの腹を裂く。クレアの刀がクマの胸部を大きく裂き、心臓があらわになる。そこからは速かった。


 三人の波動機がほぼ同時に心臓を狙う。その結果クマが体勢を崩してから一分程で心臓を仕留めた。だがこれはまだ三体のうちの一体に過ぎない。同じようなクマを模したエアがあと二体、残っている。


「クレアのそれ、反則じゃない?」

「半分は経験と慣れだよ。あとは、波動機が刀型ってのもあるかな。これくらい出来なきゃ、支部長なんて出来ないからねぇ」


 エイラが冷静にクマの身体をさばいていく中、ワイアットとクレアは体力の回復に務めながら話していた。その内容はクレアの、エイラやワイアットを超える攻撃力。クレアは最低限の実力しか出せない状態だというのに、一撃一撃の破壊力はかなりのもの。


 波動機は人が持つエネルギーを増幅し、別のエネルギーに変換する機械である。波動機を使えば使うほどエネルギーが波動機に馴染んでいき、増幅率と変換倍率が上がっていく。それがクレアの圧倒的な攻撃力の理由であった。


「あと、二体倒せば終わりだ。行けるかい?」

「私は大丈夫です」

「僕も大丈夫」

「エイラもワイアットも、すっかり互いに慣れてきたんだね。これなら、大きな任務も任せそうだ」


 エイラがクマを模したエアを捌き終えた時、唐突にクレアが告げた。今行っているレガリア近辺のエア討伐は、たしかにさほど難しい任務ではない。だがその任務中の様子だかで今後を決めるのは時期尚早である。


 エアは人を喰らう動物だ。人類に抗うために進化した、生き物だ。今後エアは更なる進化を遂げるかわからない。また、個体毎に異なるエアの性質は、戦いを通じて経験として体に叩き込んでいくものである。


「ヘイ、クーちゃん、そこのお二人さん。エア一体倒しただけで満足かい?」


 クマを模したエア一体を倒し、一時休憩をする三人。そこに突如現れて声をかける者がいた。語尾を伸ばしてトーンを少し上げる特徴的な話し方に、ワイアットの耳がピクリと動く。

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