17 I want to protect you(2)

 ワイアットが妙な物音を聞いた時のこと。ワイアットとエイラが向かう先、目的地にある森には一人の聖戦士の姿があった。彼は森にある大木に登り、エアをやり過ごそうとしている。


 少しうねった青いくせっ毛は汗で皮膚にくっついている。その両手で巨大なハサミの持ち手を握り波動を扱っている。そのアーモンド型の赤い目が木の影から周りの様子を伺う。


 彼の名はルーイ・エドマンド。ワイアットと同じ人造聖戦士である。が、ワイアットに波動機の扱いを教えていた時のような余裕は今はない。波動靴でバランスを維持しながら身を隠すのが精一杯だ。


(今回ばかりはまずいかも。厄介なエアに目をつけられたな。クレアに応援頼んだけど、本当に来るかも分かんねぇし)


 彼が身を隠している大木。その近くでは奇妙なエアが周囲をウロウロしている。否、警戒しているのだろう。甲高い悲鳴に似た鳴き声を上げている。この鳴き声こそが、ワイアットが聞いた妙な物音の正体だ。


 しかしその鳴き声は普通の聖戦士なら聞き取ることすら出来ない。エイラはもちろん、ルーイですら。その証拠にルーイは耳を塞ぐ素振りすら見せず、ひたすら目を使ってエアの動きを警戒している。


 そんなルーイの足元、つまり大木の根元になるのだが。そこには赤く染まった武器が落ちている。それはすでにエアに喰われた他の聖戦士の所持品であった波動機だ。


 死んだ聖戦士の遺体はない。その肉も骨も全てをエアに喰われ、残ったのは血溜まりとわずかな遺品のみ。無残に引き裂かれた軍服の断片とカバンが、その悲惨さを物語る。


(こいつら、警戒してる時は鳴いてるんだっけ? ワットくらいしか聞こえねぇだろうけどさ。こんだけいたらまぁ、いくら俺でも厳しいかな)


 木の影から様子を伺うと、小さくため息を吐く。木の周りを警戒してるエアは今わかるだけで二十体。こうして隠れている間にもエアの数はどんどん増えていく。それにはこのエアの性質が関係しているのだが。



 ルーイが現在の状況に絶望してどれくらい経っただろう。森の中の状況に変化が起きた。二人の聖戦士が森の中にやってきたのだ。


(誰だ? あの髪色は、エイラだよな。でもってあの輪刀……ワットか? なんでワットがこんなとこに――)


 森の中に入ってきたのはエメラルドブルーの髪をした聖戦士と輪刀を持つ聖戦士。そんなの、どっちの聖戦士も当てはまる者なんて一人しかいない。エイラとワイアットだ。


 二人が森の中に入ってきたことに気付くや否や、ルーイはすぐさま木の上から飛び降りる。考えるより先に身体が、二人に合流することを選んだ。もちろん、再会を喜ぶ余裕なんてないのだが。




 一方、音を頼りに目的地である森に到着したワイアットとエイラ。ワイアットは森の中を移動するエアを指で示し、「あれが音を出してるんだ」と告げた。ワイアットが声を出すのとエイラが波動機である短槍を構えるのはほぼ同時。


「早く構えて! ここにいるあのエアを全滅させなきゃ――」

「同じエアが沢山増えて戦うのが大変になるね」


 エイラが声を出す。が、それを遮って続きの言葉を引き取ったのは――木の上から降りてきた聖戦士、ルーイ。ワイアット達が助けに来た聖戦士。


「一旦この大木の影に隠れて。ワットに説明しなきゃだし」


 ルーイはエアに姿を見られる前にワイアットとエイラを大木の影へと連れていった。わざわざ影に隠れたのには理由があって。それが帰れない理由にも繋がる。


 森の中にいたエアはコウモリに近い形をしている。体色は黒か青で、人の頭を丸呑み出来るほど大きな口を持つ。要するに巨大化したコウモリであるわけだが、通常のコウモリと違う特徴が一つだけある。それは――。


「よく聞いて。あいつらは火の玉を吐く。そして、獲物を見つけると仲間を呼びにいく性質がある。お陰様で今じゃもう五十体はいるんじゃねぇかな。亡くなった二人はこのエアに囲まれて、火の玉を一斉に浴びて死んだ。波動機はなんとか無事だけど、遺体はない。骨まで喰われたよ。仲間を呼びに行こうとするエアを真っ先に叩く必要がある。それと、あのエアは俺らの音が聞こえねぇ。だから物陰に隠れてれば少しは時間を稼げる。まぁ、一度獲物を見つけたら狩るまでその場を離れねぇんだけどな」


 ルーイがコウモリの形をしたエアの注意すべき点を告げる。ワイアットは輪刀を構えると小さく、だが力強く頷いた。ルーイは大きく深呼吸をして森の様子を見た。



 辺り一面に木々の生えた森。どの木も深い緑色の葉を繁らせている。複数名が十分に隠れられるほどの太い幹は、今三人が隠れてる大木だけ。しかし他の木々の幹も、人一人が隠れられるだけの太さを持っている。


 三人のなすべき作業は大きく二つ。コウモリの群れを全て殺すこと。そして死んだ聖戦士の波動機を回収すること。ひとまず、これ以上コウモリを模したエアの数が増えないようにする必要はある。


「行ける?」

「うん」

「大丈夫だわ」


 ルーイの問いに即答するワイアットとエイラ。答えた次の瞬間、三人はほぼ同時に大木の影から出た。そしてさほど打ち合わせもしていないのに三人が上手い具合に散らばる。


 ワイアットは森の中をグルグルと徘徊しているエアを。ワイアットより戦い慣れているエイラとルーイは、仲間を呼びに行こうとするエアを。それぞれの波動機で攻撃しようとしているのだ。


 エイラはエア一体との間合いを詰めると短槍でその身体を縦に斬る。かと思えばすぐさま場所を移動。つい先程までシェリファのいた場所に、別のエアの火の玉が放たれた。


 その動きは素早く無駄が無い。なにより動きに迷いがない。このコウモリを模したエアと戦ったことがあるのだろう。心臓を破壊しなければ死なないはずのエアをたったの一撃で倒している。


 ルーイもエイラと同じようにエアとの間合いを詰めて攻撃。ルーイの巨大ハサミの刃がエアの身体に触れると、触れたところからエアの身体が凍りつく。どうやら波動で冷気を作り出しているらしい。


 そんな二人の光景を見たワイアットは、自分も負けじと輪刀を構える。強く足を踏み込むことで、波動靴で加速。そのまま頭上を飛び交うエアに向かって跳躍し、輪刀を振るった。


 エイラやルーイのように輪刀でコウモリの胴体を切り裂く。二人と同じように、一撃で倒せたと思い込んで油断した。ワイアットは地面に着地すると再び跳躍して別のエアの胴体を刃で裂く。それが悪夢の始まりと知らずに――。




 ルーイとエイラは手際よく一撃でエアを真っ二つに裂いている。心臓は身体の中央にあるらしく、胴体の部分を真ん中を狙って攻撃すれば心臓を破壊できる。


 ルーイとエイラの手際がいいのには理由がある。まずこの巨大コウモリのエアと過去に戦ったという経験。次に、波動機に冷気や雷といった波動をまとわせることによる攻撃の威力の強化。


 しかしワイアットは違う。ルーイとエイラの真似をしてエアを真っ二つにしようとしたのはいい。確実に心臓を捉えているのかを確認しなかった。確実に胴体が切れているかの確認を怠った。それが仇となる。


 一体目を倒したと思い込んで次の巨大コウモリに目を移す。そして、波動靴で強く地面を蹴って跳躍。一体目と同じように輪刀を振るい、着地した。


「危ない!」


 ワイアットが着地すると同時に、ルーイがその身体を突き飛ばす。何事かと振り返れば、つい先程までワイアットがいた場所に火の玉が放たれていた。


 ルーイに突き飛ばされなければワイアットは火の玉の餌食になっていただろう。しかも火の玉の出処は、ワイアットが仕留め損ねたらしい傷を負ったエア二体。それらは火の玉を吐いた後、口から白煙を出しながら空を飛んでいる。


 ワイアットは火の玉を吐いた二体のエアを見てすぐに、自らの失態に気付いた。ワイアットはまだ聖戦士として一ヶ月しか活動していない。さらに、今回はただの白い光をまとわせただけで、属性を扱ってはいなかった。


 ワイアットを突き飛ばしたルーイはというと、エアの放った火の玉を冷気をまとわせたハサミで攻撃。凍らせることで直撃を回避していた。


 自らの失態に気付いたワイアットはすぐさま言葉を紡ぐ。そして、輪刀の刃に風をまとわせた。風で切れ味を増した上で、もう一度巨大コウモリを模したエアを攻撃。今度こそ確実に仕留める。


「油断しちゃ駄目だ」


 ルーイはワイアットにそう言い残すと次のエアを倒すべくすぐに移動。残されたワイアットは冷静に周りを見る。約五十体と告げられていたエアの群れはいつの間にか四十体ほどに減っている。ルーイとエイラが二人だけでやったのだ。


 ワイアットがいなくても群れは減る。だからワイアットは、エア一体一体をゆっくりでいいから確実に仕留めることにした。それが足手まといにならないための最善の方法だから。

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