23 Hey, my Buddy!(2)

「とりあえず、一つだけ約束しない?」


 朝食を机の上に運ぶなりエイラがそう話を切り出す。ワイアットは朝食のメインであるロースト肉をひとかじりすると小さく頷いた。そして急いでロースト肉を咀嚼そしゃくして飲み込む。


 地上都市での料理はその大半がエアを応用したもの。あとは聖戦士が外の世界から採集してきた植物が少々。聖戦士に優先的に食事が支給されるのだが、地上都市での料理の約九割は肉料理である。


 食器類はエアの骨を利用したものだし、飲み物は基本水のみ。地上都市の動力源にも聖戦士の波動を利用している。水源の確保も地上都市の維持も、エアの利用も、聖戦士無くしては出来ない。故に聖戦士の死亡数を減らすことは必要不可欠なことなのである。


 クレアの提案した「デュオ」というシステムは聖戦士を守るためのもの。二人いればエアへの警戒もしやすく、エアを倒しやすい。相性のいい者同士を組み合わせれば連携も取れるため、効率的な任務遂行が可能となる。


「絶対に死なないで。任務でも私を庇わないで。そして、死なないように行動して。お願い」

「いや、死ぬ時は死ぬから」

「死なないように気をつけてって意味よ。余力がある時だけ助け合いましょう。もう、この前みたいなのは嫌だから。わかった?」


 「死なないでほしい」というのがエイラの本音である。一ヶ月前に任務中にワイアットが意識不明で倒れ、その後三日間目覚めないという出来事があった。その事が尾を引いているらしい。


「わかった。改めて、これからよろしくね、エイラ」

「こちらこそ」


 エイラとワイアットは食堂で握手をかわす。エイラの今の態度は五ヶ月前までワイアットを嫌っていたとは思えないほど穏やかだった。




 十三時まであと数分という頃のこと。ワイアットとエイラは食堂から支部長室前へと場所を移動していた。エイラがクレアに呼ばれていたためだ。ワイアットはただの好奇心で付いてきただけ。


 二人が支部長室に入ろうと扉に手を伸ばした時だった。支部長室の扉が開き、中からルーイと名前の知らない三人の青年達が出てくる。四人はワイアットの姿を見て思わず動きを止めた。


『三人はレガリアにいる。いるけど、長期任務に行くことが多いから、会えるかは運次第だね』


 ワイアットの脳裏にルーイの言葉が過ぎる。思い出した記憶についてルーイに話した時の言葉だ。ワイアット、ルーイと共に来たという他の三人の人造聖戦士についてそう言っていた。


 今ワイアットの目の前にいる三人とは初対面だ。なのに何故だろう。不思議と初めて会った気がしなくて。ワイアットは、胸の奥の方がザワつくのを感じた。耐えきれずに声をかけようとするが……。


「ルー君、もしかして――」

「おい、時間がねーんだ。とっとと行くぞ」


 ワイアットの声は三人のうちの一人に言葉を遮られた。ツンツンとはねた紫色の髪をした青年だった。その青年の声に応じ、ルーイを含めた四人は支部長室から出ていってしまう。


 黒い軍服を着ていた。各々が鞄と波動機と腕時計型の方位磁針を身につけていた。波動靴を履いていた。おそらくルーイ達四人はこれからまた、任務でしばらくレガリアを離れるのだろう。ワイアットと話す余裕すらないのが、紫色の髪の青年の言葉でわかる。


 しかしその直後もワイアットはすぐには動けない。青年の声を前にどこかで聞いた気がした。素っ気ない態度をしていたが、その態度すらもが懐かしい。


「入っておいで、エイラ、ワイアット。特にエイラは、今から説明することを心して聞いてほしい」


 クレアは苦笑いを浮かべたまま言葉を紡ぐ。黒い軍帽の下で、金色の毛先が微かに揺れる。その青い瞳はワイアットでもエイラでもなく、閉められた扉の先を見つめていた。



 支部長室から出た四人の青年達は困ったように互いに顔を見合わせる。紫色の髪をした青年は両目を左手で覆うと咄嗟に天井を仰いだ。そうしないと涙が溢れそうだったからだ。


 ワイアットはルーイに何かを尋ねようとしていた。なのにそれを遮り、逃げるように支部長室から出て来た。そんな些細な行動すらも後悔してしまう。だがそうでもしなければボロが出そうだった。


「もう会えねーと思ってた。ワット、本当に生きてたんだな。本当に、この地獄に戻ってきちまったんだな」


 紫色の髪の青年が涙を堪えながら言葉を紡ぐ。他の三人の青年達はどう言葉を返したらいいのかわからなくて思わず俯く。偶然の再会に、涙を見せないように移動するのが精一杯だった。


 最初はクレアを含めた五人と話していた。任務を告げられ、帰ろうと扉を開ける。その先にいたのは、支部長室の扉をノックしようとするワイアットとエイラの姿。予期せぬ再会だったため、心の準備など出来ていない。


「本当に、聖戦士になったんだネ。あの輪刀は、間違えようがない。ワーちゃんの輪刀だ。本当に、帰ってきたんだネ」

「ワー君、ちゃんと動いてた。あの時から身体も成長してた。それだけで嬉しくて泣きそうさー。生きててぐれで、よがっだ」


 ルーイでも紫髪の青年でもない二人が涙ぐみながら言葉を紡ぐ。一度会ってさえおけば、次にワイアットに会った時に泣かないで済む。ワイアットが無事であることを実感出来る。そのためだけに、クレアが偶然の時間を作り出したような気がした。


 もちろん単なる偶然だ。エイラの話にワイアットが付いてくるかなんて分からない。さらに、四人が出てくるタイミングと二人の入室のタイミングが合うのも運。それでも、たった一瞬でも、ルーイ達四人には十分だ。


 ワイアットはもう一人の聖戦士エイラと共に行動していた。だがそれが任務出ないことは関係者には明らかだ。レガリアでは、任務に出るのであれば遅くても十二時半までに呼び出されるからだ。


 任務ではないのに一緒に支部長室を訪れる。それが何を意味するのか、ルーイ達四人はすぐに理解することが出来た。レガリアでの聖戦士のシステムの一つ、「デュオ」だ。


「それにしても、エイラがパートナーか。クレアも考えたね」

「ルーはワットのパートナー、知ってんのか?」

「先月、ワットが俺を思い出したって言っただろ? その時の任務でさ、あの子も一緒だったんだ。ほら、地上都市フィーロンから来た子だよ」

「わかんねーよ。俺は、どーでもいい奴のことまで覚える趣味はねーぞ。あの特徴的な外見は吐き気がする」

「実力なら、俺らの次くらいに優秀だよ。人を守る癖があって、すぐに代わりに怪我を負うけど。それに、ワットに聖戦士としての基礎を教えた子だ」

「ふーん。で、大丈夫なのか? ワットのこと知らねー奴がパートナーになるなんて」

「いいや、知ってるよ。シェリファが言ってた。正体は濁したけど、過去に戦っていたこととか記憶喪失ってこと、話したんだってさ。ワットの動きに合わせて動いてたし、相性って意味なら安心は出来る」

「ルーがそこまで言うなら安心出来るか。あとは…………あいつが幸せならそれでいい。もう、ワットは死なせねー。と同じ苦しみはごめんだ」


 ルーイと紫髪の青年がワイアットのパートナーについて意見を述べる。ルーイだけはエイラとの接点があり、その実力を買っているというのが表情を見ればわかる。四人は閉ざされた扉にちらりと目をやると、その場から去っていった。

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