第3話 千手観音はパラパラを踊る

1


和真は映画を観ることが唯一の楽しみだった。

市内のスポーツジムでインストラクターをしながら、週末はレンタルDVDショップへと足を運び、無作為に選んだ映画を2本ほど観て、仕事へ行き、また週末になると無作為に映画を借りる。

退屈な日々の仕事の鬱憤を晴らしてくれるのが、和真にとっては週末に借りる映画だけだった。

9月、まだまだ残暑が残る金曜日の夜、和真はレンタルDVDショップの旧作ベストコーナーの一角に立ち止まり、まだ自分が観ていない新たな一本を探していた。

さすがに1年半もこのローテーションで日々を過ごしていると、大抵の映画は観尽くしてしまい、名作と言われる数々の作品たちも最早役割を終えてしまっていて、和真に残された選択肢は、話題の最新作コーナーを吟味するか、食わず嫌いで観ていなかったファミリー向けの映画を借りるしか無くなっていた。

しかし最新作は基本的に一泊二日、レンタル料金も旧作と比べると倍以上に高い。

もし映画が面白くなかった場合のリスクを考えると、ファミリー向けの映画を選ぶしか道はなかった。

結果、「ナイト ミュージアム2」と「アダムス・ファミリー2」という無難なチョイスになってしまった。

帰り道、どうせならどちらかのシリーズに統一すれば良かったと少し後悔し、コンビニに寄って、簡単なおつまみと350mlの缶酎ハイを買ってから、レシートに記載されるTポイントを確認するために、6畳のアパートの豆電球を点けた。



2


和真が目を覚ますと、遮光カーテンの隙間から陽の光がわずかに差していた。

携帯で時刻を確認すると午後1時過ぎ。

昨日、映画を観た後に風呂も入らずに寝てしまっていて、部屋着のTシャツはうっすらと汗ばんでいた。

シャワーを浴びながら昨日の余韻に浸る。

2作とも娯楽作品だけあって、メッセージ性は皆無だったものの、両方の世界観にどっぷりと浸かって和真は満足していた。

特に「ナイト ミュージアム2」は面白かった。

ベン・スティラー演じる主人公ラリーが、古代エジプトの石版を巡って、博物館の展示物と争いを繰り広げるのだが、実はその石版の魔力で展示物たちは生命を与えられていて、味方の展示物たちと共に、世界征服を企む悪い展示物を食い止める攻防がスピーディで、映像美も素晴らしかったのだ。

風呂場から上がった和真は、バスタオルで身体を拭き、テレビ台の上に置かれているクルミ割り人形に目をやりながら、あぁ、あの魔法の石版があればこいつも動くのかな、と子供のようなことを考えていた。



3


太陽はまだまだ空高く上っている。

和真は洗濯物を干し終えた後、丁度、冷蔵庫の中の飲み水が切れかかっていたので、部屋着の半ズボンだけ、デニムジーンズに履き替えて、東戸塚のドン・キホーテへと自転車で向かった。



4


ドン・キホーテはついつい長居してしまう。

商品が複雑に陳列されていて、出口がわかりにくいことも原因のひとつだが、食品から衣類、貴金属類まで文字通り何でも揃っているから、ついつい一周したくなる。

和真もドン・キホーテ経営陣の狙い通り、本来の目的とは全く異なるパーティーグッズを手にとっていた。

暫くパーティーグッズを物色した後、ガラスケースの中にしまわれたブランド品コーナーを早足で通り過ぎようとして、和真の目が止まった。

和真は目をキラキラと輝かせて、黄色のジャンパーを着た店員を呼び止めた。

「これ、本物かなあ」

店員は仏頂面のまま答える。

「本物ですよ、残り1点となっております」

「ふうん」

「税抜きで4900円、現品限りなんですけど、どうされます?」

「本当に人形とか、動きます?」

「動きますよ、夜になると、ウチの商品のバルタン星人の人形とかがうるさいんですよ。夜中めちゃくちゃ笑うんですよ、正直気味が悪くて。」

「…じゃ、コレください」

「ありがとうございます」

そういうと店員はガラスケースを鍵を使って開け、和真を専用レジまで案内した。

和真が購入したのは、「ナイト ミュージアム2」で登場したものと全く同じ、魔法の石版だった。

しっかり飲料水も購入したあと、自転車のカゴには魔法の石版が入らなかったので、カゴには飲料水を入れて、石版を左脇に挟むような形で和真は自転車を漕いでいた。

和真の頭の中は、テレビ台の上のクルミ割り人形のことでいっぱいだった。

名前はあるのか、家族構成はどうなっているのか、どういう経緯で自分の下にやって来て、クルミを割ること以外に特技はあるのかなど、聞きたいことが山ほど溢れ出してきた。

マイブームや利き手、利き足も聞いておきたい。

それも、この魔法の石版の力が映画通りであれば、今夜になれば全てわかる。

そんな事を考えながら、ゆっくりと自転車を漕いでいると、後ろから大きな声で呼び止められた。

振り返ると、坊主頭の初老の男性が和装で立っていた。

和真が足を止めたこの場所は、丁度お寺の真ん前だった。

聞けば彼はこの寺の住職で、和真が抱えている石版に良くない念が込められているという。

「それをこっちに渡しなさい、供養してあげるから、君みたいな若者が待ってても命を削るようなものだから」

「いや、でも…」

「でもじゃない!いいかい、とりあえずコレは私の寺で預かっておく!君は…この御守りをあげるから、今日はとりあえず寄り道せずに帰りなさい!」

「…いや、寄り道くらい−」

「ダメだ!寄り道するな!真っ直ぐ帰れ!帰れよ!ホラ!帰れって!」

住職のあまりの剣幕に、和真はそれ以上反論すると、世間には自分の方が悪者に映る気がして、やめた。

大人しく石版を渡すと、自転車に乗って家の方向へ漕ぎ出した。

「帰れって!」

遠くの方で、まだ住職は怒鳴り声をあげている。

帰っているのに帰れと言われてもどうしようもない。

久しぶりに、大人に凄い剣幕で怒鳴られたショックと、石版を失ったショックが重なり、寺が見えなくなると和真は自転車から降りて、とぼとぼと自転車を押して力なく帰った。

寄り道は一応、しないでおいた。



5


家に帰ってからも、さっきの怒鳴り声が時々脳内で響きわたっていて、見ているバラエティ番組にも集中出来ずにいた。

時間も経っているからか、ショックよりも苛立ちの方が大きくなっていた。

和真は4900円を支払って石版を手に入れたのに、あの住職はそれを怒鳴り声ひとつで和真から奪い取ってしまったのだ。

-許せない、取り返してやる-

録画していたアナザースカイを一時停止にして、部屋の電気を消すと、和真は玄関を飛び出していった。

和真のいなくなった部屋には、左を向いてはにかんでいる今田耕司の静止画が、部屋を微かに照らしていた。



6


お寺の前に自転車を停めて、勇み足で階段を上ってゆく。

和真が携帯で時間を確認すると、夜の11時半過ぎ。

敷地内にはもう人の気配はない。

ここはそんなに大きな寺ではないので、さっきの怒鳴り住職もどこかへ帰ってしまったんだろう。

だが今の和真を誰かに見られるわけにはいかない。

確実に泥棒と勘違いされてしまう。

和真は本堂へと音を立てないよう移動して、そっと戸を開けた。

よかった。誰もいない。

和真は携帯のライト機能を使って、辺りを照らした。

その瞬間、和真は自分の目を疑った。

千手観音が、パラパラを踊っていたのだ。

和真は声をあげそうになって、ギリギリのところで我慢した。

千手観音は、和真に気づかないのか、それとも気づいているのかわからないが、パラパラを踊り続けている。

しかし和真は、千手観音の視界にバッチリ見つかる位置にいる。

お互い、無言で動かないまま(千手観音は動いていたが)、5分近く時間が経っていた。

和真は5分間、千手観音を見続けて気づいたことがあった。

踊りがヘタクソなのだ。

千本の腕が互いにスペースを潰しあい、タイミングもバラバラな為、踊りが全く美しくない。

エンターテイメントとしては不完全だ。

アメリカの、スーザン・ボイルなどを輩出したあの番組だと早々にブーイングの嵐だろう。

和真は小さい頃、母親に言われた言葉を思い出した。

-困っている人がいたら、手を差し伸べてあげなさい-

和真は千手観音にアドバイスを送ることにした。

「あのう」

ピタッ、と千本の腕が止まり、千手観音が和真を見つめる。

「全部の腕をバラバラに動かすからぶつかる訳であって、全部同じタイミングで動かせば、パラパラ、綺麗に踊れるんじゃないでしょうか。」

千手観音はしばらく天井を見つめた後、一歩ずつゆっくりと和真に近づいて行き、和真の真正面に立って、少し語気を荒げながらこう言った。

「いわれてみたら、たしかにそうだ。ありがとう」

そう言って、千本の手で和真の両手と握手をした。

その姿は、まさに花が咲く前のようだった。

握手を終えると、和真の手には、はっきりと五千円札が握られていた。

和真は、これが神対応か、と感心した。

再び踊り出した千手観音のパラパラは、アドバイスの甲斐あってか、先程よりは観れるようになっていた。

和真は、自分のアドバイスで少しずつ成長している千手観音に、我が子のような感情を抱いた。

そのまま千手観音に深く最敬礼をした和真は、寺を後にしようとしたのだが、物置の方から、人の気配を感じた。

-もしや、泥棒?-

不安に思った和真は、物置の扉をそっと開けた。

そこには、阿弥陀如来像が居たのだが、あろうことか、スマートフォンを使って、アダルトサイトを見ていた。

思いっきり目と目が合ってしまった和真と阿弥陀如来像。

バツの悪そうな顔をしている阿弥陀如来像に向かって、和真は呟いた。

「おまえ、煩悩まみれじゃん」

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